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1-3.始まりの日(3)
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バネッサは、現在21歳の娼婦だ。胸下まで伸ばした茶髪は艶やかで、ゆるやかに波打っている。ぱっちりとした瞳は碧眼。整った顔立ちのみならず、豊満な胸に細い腰、胸に比べれば少しだけ尻は小さいけれど、それでも女性らしい体つきだと客には褒めてもらえる。
物心ついた頃から、城下町の片隅で母一人子一人の生活をしていた。だが、彼女が10歳の時、母親は「今の父親」と恋に落ちて正式に結婚をした。正式に、と言ったって、平民の彼らにとっての「正式」なんてものは、互いと家族が「そう」だと思えばそうなるだけのものだ。
最初は義父もバネッサを可愛がってくれていた。だが、バネッサの母親が結婚直後に続けざまに子供を2人産むと義父の態度は激変した。気づけば、バネッサは母親を助けて家庭内のことをあれこれとやるだけの、まるで小間使いのような扱いになった。
義父から自分への愛情があまりないことをバネッサは感じていた。それでも、母親がいてくれたから、バネッサは耐えることが出来ていたのだ。
14歳になってすぐに、義父から「お前もそろそろ働かなければな。父さんの知り合いに、住み込みで働かせてくれる人がいる。そこに行って欲しい」と言われた。確かに自分も「この年ならばどこかで働けるはずだ」と思っていたため、仕方なくうなずいた。しかし、行ってみれば、なんとそこは公営の娼館だったのだ。彼女はそこで仕方なく、下っ端の雑用や使い走りを始め、数年を経て娼婦になった。
(それでも我慢して、毎月の給料の半分は送っていたのに……! まさか、娼館に『預け』ていた金にまで手を出すなんて……!)
基本的に給料は通貨でもらう。だが、バネッサは既に娼館の二番手と言われる立場にまでなっており、そうなると手渡しで受け取るには量が多すぎて難しい。それに、渡されてもバネッサも困るのだ。だから、娼館の金庫番に『預け』て貯めていた。しかし、先日その『預け』にまで、自分の義父が手を出してきたというわけだ。
「ああ、本当に腹が立つわ……!」
つい、声に出して罵ってしまう。心が苛立っているせいか早足になり、前のめりになりながらずかずかと道を進む。
――自分の職業に感謝するんだな!――
――そろそろ夜になるだろう。お前、仕事に行かなきゃいけないんじゃないのか――
一体どんな気持ちでそんな言葉を発したのだろうか。腹立たしい。そして、その腹立たしさをどうにか抑えようとすると、次は悲しみがやってくる。ああ、嫌だ。今更悲しむなんて。
目の縁に湧き上がってきた涙。それを、片手でぐいと拭う。
(よくないわ。この辺には、今のわたしを知っている人なんていないと思うけど、それでも、娼館の娼婦が泣いていると言われてしまっては……)
時間は夕方。仕事から帰る者、酒場に向かう者と、少数であったが外を歩く人々の姿が見える。バネッサは細い路地裏を見つけて、そこに慌てて飛び込んだ。涙が収まるまで、ほんの少しだけ静かにしていようと思ったからだ。
だが。
(えっ……?)
飛び込んだ路地裏は、先が行き止まりになっている。そして、その行き止まりに人が座り込んで壁にもたれていた。しかし、あまりにも角度がいびつで、今にも地面につきそうな様子。バネッサはそれが死体ではないかと思い、ひゅっ、と息を吸って止めた。だが、そんな彼女の耳に、微かに荒い呼吸音が届いた。
「ねえ……ね、お兄さん……かしら? どうしたの、大丈夫?」
酔っ払いにしては時間が早すぎる。義父のことを棚に上げながらおずおずと歩を進めるうちに、目に浮かんでいた涙はあっという間に消え去った。バネッサは怖がりつつも男に近づき、肩を軽く叩いた。フードを被っているせいで顔はよく見えないが、まあまあ若い気がする。が、何度か叩いた後、ぎょっとして手を引っ込めた。
「待って……ちょっと……酷い怪我じゃない……?」
足元に広がっている血に気付き、驚いて体を縮こまらせるバネッサ。とはいえ、まだ彼には息がある。
「死んじゃうの?」
「……死にません……」
無意識の問いかけに、弱弱しい返事が男性の口から紡ぎ出される。バネッサは驚いて「気が付いた!?」と声を荒げた。
物心ついた頃から、城下町の片隅で母一人子一人の生活をしていた。だが、彼女が10歳の時、母親は「今の父親」と恋に落ちて正式に結婚をした。正式に、と言ったって、平民の彼らにとっての「正式」なんてものは、互いと家族が「そう」だと思えばそうなるだけのものだ。
最初は義父もバネッサを可愛がってくれていた。だが、バネッサの母親が結婚直後に続けざまに子供を2人産むと義父の態度は激変した。気づけば、バネッサは母親を助けて家庭内のことをあれこれとやるだけの、まるで小間使いのような扱いになった。
義父から自分への愛情があまりないことをバネッサは感じていた。それでも、母親がいてくれたから、バネッサは耐えることが出来ていたのだ。
14歳になってすぐに、義父から「お前もそろそろ働かなければな。父さんの知り合いに、住み込みで働かせてくれる人がいる。そこに行って欲しい」と言われた。確かに自分も「この年ならばどこかで働けるはずだ」と思っていたため、仕方なくうなずいた。しかし、行ってみれば、なんとそこは公営の娼館だったのだ。彼女はそこで仕方なく、下っ端の雑用や使い走りを始め、数年を経て娼婦になった。
(それでも我慢して、毎月の給料の半分は送っていたのに……! まさか、娼館に『預け』ていた金にまで手を出すなんて……!)
基本的に給料は通貨でもらう。だが、バネッサは既に娼館の二番手と言われる立場にまでなっており、そうなると手渡しで受け取るには量が多すぎて難しい。それに、渡されてもバネッサも困るのだ。だから、娼館の金庫番に『預け』て貯めていた。しかし、先日その『預け』にまで、自分の義父が手を出してきたというわけだ。
「ああ、本当に腹が立つわ……!」
つい、声に出して罵ってしまう。心が苛立っているせいか早足になり、前のめりになりながらずかずかと道を進む。
――自分の職業に感謝するんだな!――
――そろそろ夜になるだろう。お前、仕事に行かなきゃいけないんじゃないのか――
一体どんな気持ちでそんな言葉を発したのだろうか。腹立たしい。そして、その腹立たしさをどうにか抑えようとすると、次は悲しみがやってくる。ああ、嫌だ。今更悲しむなんて。
目の縁に湧き上がってきた涙。それを、片手でぐいと拭う。
(よくないわ。この辺には、今のわたしを知っている人なんていないと思うけど、それでも、娼館の娼婦が泣いていると言われてしまっては……)
時間は夕方。仕事から帰る者、酒場に向かう者と、少数であったが外を歩く人々の姿が見える。バネッサは細い路地裏を見つけて、そこに慌てて飛び込んだ。涙が収まるまで、ほんの少しだけ静かにしていようと思ったからだ。
だが。
(えっ……?)
飛び込んだ路地裏は、先が行き止まりになっている。そして、その行き止まりに人が座り込んで壁にもたれていた。しかし、あまりにも角度がいびつで、今にも地面につきそうな様子。バネッサはそれが死体ではないかと思い、ひゅっ、と息を吸って止めた。だが、そんな彼女の耳に、微かに荒い呼吸音が届いた。
「ねえ……ね、お兄さん……かしら? どうしたの、大丈夫?」
酔っ払いにしては時間が早すぎる。義父のことを棚に上げながらおずおずと歩を進めるうちに、目に浮かんでいた涙はあっという間に消え去った。バネッサは怖がりつつも男に近づき、肩を軽く叩いた。フードを被っているせいで顔はよく見えないが、まあまあ若い気がする。が、何度か叩いた後、ぎょっとして手を引っ込めた。
「待って……ちょっと……酷い怪我じゃない……?」
足元に広がっている血に気付き、驚いて体を縮こまらせるバネッサ。とはいえ、まだ彼には息がある。
「死んじゃうの?」
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