7 / 74
2-3.娼館(3)
しおりを挟む
ここまで話してもこれか。一体この男の頭はどうなっているのか、とバネッサは怪訝な表情になった。だが、金貨を床にぶちまけたことを考えると、きっとこの男は少しばかり抜けているのだろうと思う。
(うーん、なんだかちょっと抜けたところがある人だし、ちょっと相手してあげて、ちょっとだけお金を上乗せしたって、助けたんだしバチは当たらない……? でもなぁ)
とはいえ、どうにもバネッサはそういうことが出来ない性分だ。ひとまず、金のことは後で話そうと思い、彼女はそっと手を彼の太ももの上に乗せた。
「そうね。甘い一晩を過ごさせてあげたいけど……あなたは今、体に傷があって痛かったりするんじゃない? だから、あなたは横になっているだけでいいわ。わたしが上に乗って、夢を見させてあげてもいいわよ?」
甘い誘いを向けたが、それにははっきりと、きっぱりと、言葉が返ってくる。
「いえ! 結構です!」
「け、結構?」
「あっ、違います。違う。その、要するにですね……あっ、では先払いを! これぐらいで良いんでしょうか?」
そう言って、彼は金貨を彼女に10枚渡した。それは、彼女の三日間の稼ぎに等しい。が、さらに彼は袋から5枚取り出して、追加をする。
「これで足ります?」
「だから、多すぎるってば……」
「わたしがさっき結構ですと言ったのは」
彼はバネッサの言葉を無視しつつ、彼女の目をじっと見ながら真剣な顔で告げた。
「わたしが動きたいからです」
「ええ?」
「そのう、実はわたし、そういうことを今まで経験したことがないので……なので、是非ともご指導の元、自分で動いてみたいんです」
「は?」
滅茶苦茶だ。先ほどまで血を流してはぁはぁ息を荒げて苦しんでいた人物だとは思えない。それに、初めて? その年で? と、バネッサは困惑を隠しきれない。
「それは、今度にしたら? 今日はだって……」
「いえ! いえ、いえ、今日を逃したら、次はいつあなたに会えるかわかりません……その、わたしは実は、とある場所になんといいますか閉じ込められているといいますか、軟禁されているといいますか……帰らないといけないんですけれど……そこから長時間出られる機会があまりないのです」
「そ、そうなの?」
「はい」
青年はぶんぶんと首を縦に振った。それから気付いたように
「そうだ。名前を。わたしはコンラートと言います。あなたの名をお聞きしても?」
と名乗る。
「バネッサよ」
「バネッサ。可愛らしい名前だ」
そう言うと、コンラートはバネッサの手をぎゅっと握った。
「ね、もうこれで、今日はあなたを買ったことになりますよね? ね? いいですよね?」
本当は、今日はわたしは休みで……それに、ここは娼館ではあるけれど、仕事をする部屋ではなくて、自分が寝る部屋で……。
それらのことを告げようとしたが、じっとまっすぐ自分を見る彼のひたむきな目線に負けた。仕方なく、バネッサはうなずいた。
「でも、声は小声でね? ここ、娼館ではあるけど、わたしが寝泊りしている場所なのよ。だから、そういうことをするための部屋じゃないの。人が部屋の前を通るし、声も筒抜けになっちゃうし……」
「あっ、そうなんですね……えーーーっと、じゃあ」
コンラートは自分の胸に手を当てた。それから「うん、いけそうだ」とつぶやいて、立ち上がった。
「一の角。二の角。三の角。四の角。そして、再び一の角……」
つぶやきながら、部屋の角を指さし、それから天井の四隅を指さしていく。バネッサがぽかんとしていると
「そして、四の角と再びの四の角を結んで……」
その後の呪文をバネッサはうまく聞き取れなかった。だが、それが「呪文」であることは理解が出来る。彼は、あっさりと「終わりましたよ」と言って笑った。
「な、なに?」
「はい。この部屋に結界を張ったので、声は外に漏れません。ははっ、魔力回復したと思ったら使ってしまって、これじゃ本当に困るな……ね? わたしの声だろうが、あなたの声だろうが……これで、好きなだけ出せますよ……」
そう言いながら彼は前髪をかき上げた。どこかしら冷たい印象を与える赤い瞳が、じっとバネッサを見る。彼女はなんだか胸の奥が熱くなってどきどきして、うまく答えることが出来なかった。
(うーん、なんだかちょっと抜けたところがある人だし、ちょっと相手してあげて、ちょっとだけお金を上乗せしたって、助けたんだしバチは当たらない……? でもなぁ)
とはいえ、どうにもバネッサはそういうことが出来ない性分だ。ひとまず、金のことは後で話そうと思い、彼女はそっと手を彼の太ももの上に乗せた。
「そうね。甘い一晩を過ごさせてあげたいけど……あなたは今、体に傷があって痛かったりするんじゃない? だから、あなたは横になっているだけでいいわ。わたしが上に乗って、夢を見させてあげてもいいわよ?」
甘い誘いを向けたが、それにははっきりと、きっぱりと、言葉が返ってくる。
「いえ! 結構です!」
「け、結構?」
「あっ、違います。違う。その、要するにですね……あっ、では先払いを! これぐらいで良いんでしょうか?」
そう言って、彼は金貨を彼女に10枚渡した。それは、彼女の三日間の稼ぎに等しい。が、さらに彼は袋から5枚取り出して、追加をする。
「これで足ります?」
「だから、多すぎるってば……」
「わたしがさっき結構ですと言ったのは」
彼はバネッサの言葉を無視しつつ、彼女の目をじっと見ながら真剣な顔で告げた。
「わたしが動きたいからです」
「ええ?」
「そのう、実はわたし、そういうことを今まで経験したことがないので……なので、是非ともご指導の元、自分で動いてみたいんです」
「は?」
滅茶苦茶だ。先ほどまで血を流してはぁはぁ息を荒げて苦しんでいた人物だとは思えない。それに、初めて? その年で? と、バネッサは困惑を隠しきれない。
「それは、今度にしたら? 今日はだって……」
「いえ! いえ、いえ、今日を逃したら、次はいつあなたに会えるかわかりません……その、わたしは実は、とある場所になんといいますか閉じ込められているといいますか、軟禁されているといいますか……帰らないといけないんですけれど……そこから長時間出られる機会があまりないのです」
「そ、そうなの?」
「はい」
青年はぶんぶんと首を縦に振った。それから気付いたように
「そうだ。名前を。わたしはコンラートと言います。あなたの名をお聞きしても?」
と名乗る。
「バネッサよ」
「バネッサ。可愛らしい名前だ」
そう言うと、コンラートはバネッサの手をぎゅっと握った。
「ね、もうこれで、今日はあなたを買ったことになりますよね? ね? いいですよね?」
本当は、今日はわたしは休みで……それに、ここは娼館ではあるけれど、仕事をする部屋ではなくて、自分が寝る部屋で……。
それらのことを告げようとしたが、じっとまっすぐ自分を見る彼のひたむきな目線に負けた。仕方なく、バネッサはうなずいた。
「でも、声は小声でね? ここ、娼館ではあるけど、わたしが寝泊りしている場所なのよ。だから、そういうことをするための部屋じゃないの。人が部屋の前を通るし、声も筒抜けになっちゃうし……」
「あっ、そうなんですね……えーーーっと、じゃあ」
コンラートは自分の胸に手を当てた。それから「うん、いけそうだ」とつぶやいて、立ち上がった。
「一の角。二の角。三の角。四の角。そして、再び一の角……」
つぶやきながら、部屋の角を指さし、それから天井の四隅を指さしていく。バネッサがぽかんとしていると
「そして、四の角と再びの四の角を結んで……」
その後の呪文をバネッサはうまく聞き取れなかった。だが、それが「呪文」であることは理解が出来る。彼は、あっさりと「終わりましたよ」と言って笑った。
「な、なに?」
「はい。この部屋に結界を張ったので、声は外に漏れません。ははっ、魔力回復したと思ったら使ってしまって、これじゃ本当に困るな……ね? わたしの声だろうが、あなたの声だろうが……これで、好きなだけ出せますよ……」
そう言いながら彼は前髪をかき上げた。どこかしら冷たい印象を与える赤い瞳が、じっとバネッサを見る。彼女はなんだか胸の奥が熱くなってどきどきして、うまく答えることが出来なかった。
32
あなたにおすすめの小説
ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~
Ayari(橋本彩里)
恋愛
隣人である小野寺翔は完璧な美貌、甘いマスク、高身長、高所得者、社交的で周囲にほぼ敵なしのハイスペック。
そんな男性の隣に住むことになりやたらと絡まれ、何かを含む甘い眼差しを向けられることに。
極めつけは微妙なネジの外れ具合。
それはどうやら私、藤宮千幸に対してのみ発揮されているみたいで。
なんて、はた迷惑なっ!
過去作を改稿。変甘です!
イラストは友人kouma.作です♪
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~
双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。
なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。
※小説家になろうでも掲載中。
※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~
世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。
──え……この方、誰?
相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。
けれど私は、自分の名前すら思い出せない。
訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。
「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」
……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!?
しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。
もしかして、そのせいで私は命を狙われている?
公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。
全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね!
※本作品はR18表現があります、ご注意ください。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる