世間知らずの魔塔主は優しい娼婦を溺愛する

今泉香耶

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2-3.娼館(3)

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 ここまで話してもこれか。一体この男の頭はどうなっているのか、とバネッサは怪訝な表情になった。だが、金貨を床にぶちまけたことを考えると、きっとこの男は少しばかり抜けているのだろうと思う。

(うーん、なんだかちょっと抜けたところがある人だし、ちょっと相手してあげて、ちょっとだけお金を上乗せしたって、助けたんだしバチは当たらない……? でもなぁ)

 とはいえ、どうにもバネッサはそういうことが出来ない性分だ。ひとまず、金のことは後で話そうと思い、彼女はそっと手を彼の太ももの上に乗せた。

「そうね。甘い一晩を過ごさせてあげたいけど……あなたは今、体に傷があって痛かったりするんじゃない? だから、あなたは横になっているだけでいいわ。わたしが上に乗って、夢を見させてあげてもいいわよ?」

 甘い誘いを向けたが、それにははっきりと、きっぱりと、言葉が返ってくる。

「いえ! 結構です!」

「け、結構?」

「あっ、違います。違う。その、要するにですね……あっ、では先払いを! これぐらいで良いんでしょうか?」

 そう言って、彼は金貨を彼女に10枚渡した。それは、彼女の三日間の稼ぎに等しい。が、さらに彼は袋から5枚取り出して、追加をする。

「これで足ります?」

「だから、多すぎるってば……」

「わたしがさっき結構ですと言ったのは」

 彼はバネッサの言葉を無視しつつ、彼女の目をじっと見ながら真剣な顔で告げた。

「わたしが動きたいからです」

「ええ?」

「そのう、実はわたし、そういうことを今まで経験したことがないので……なので、是非ともご指導の元、自分で動いてみたいんです」

「は?」

 滅茶苦茶だ。先ほどまで血を流してはぁはぁ息を荒げて苦しんでいた人物だとは思えない。それに、初めて? その年で? と、バネッサは困惑を隠しきれない。

「それは、今度にしたら? 今日はだって……」

「いえ! いえ、いえ、今日を逃したら、次はいつあなたに会えるかわかりません……その、わたしは実は、とある場所になんといいますか閉じ込められているといいますか、軟禁されているといいますか……帰らないといけないんですけれど……そこから長時間出られる機会があまりないのです」

「そ、そうなの?」

「はい」

 青年はぶんぶんと首を縦に振った。それから気付いたように

「そうだ。名前を。わたしはコンラートと言います。あなたの名をお聞きしても?」

と名乗る。

「バネッサよ」

「バネッサ。可愛らしい名前だ」

 そう言うと、コンラートはバネッサの手をぎゅっと握った。

「ね、もうこれで、今日はあなたを買ったことになりますよね? ね? いいですよね?」

 本当は、今日はわたしは休みで……それに、ここは娼館ではあるけれど、仕事をする部屋ではなくて、自分が寝る部屋で……。

 それらのことを告げようとしたが、じっとまっすぐ自分を見る彼のひたむきな目線に負けた。仕方なく、バネッサはうなずいた。

「でも、声は小声でね? ここ、娼館ではあるけど、わたしが寝泊りしている場所なのよ。だから、そういうことをするための部屋じゃないの。人が部屋の前を通るし、声も筒抜けになっちゃうし……」

「あっ、そうなんですね……えーーーっと、じゃあ」

 コンラートは自分の胸に手を当てた。それから「うん、いけそうだ」とつぶやいて、立ち上がった。

「一の角。二の角。三の角。四の角。そして、再び一の角……」

 つぶやきながら、部屋の角を指さし、それから天井の四隅を指さしていく。バネッサがぽかんとしていると

「そして、四の角と再びの四の角を結んで……」

 その後の呪文をバネッサはうまく聞き取れなかった。だが、それが「呪文」であることは理解が出来る。彼は、あっさりと「終わりましたよ」と言って笑った。

「な、なに?」

「はい。この部屋に結界を張ったので、声は外に漏れません。ははっ、魔力回復したと思ったら使ってしまって、これじゃ本当に困るな……ね? わたしの声だろうが、あなたの声だろうが……これで、好きなだけ出せますよ……」

 そう言いながら彼は前髪をかき上げた。どこかしら冷たい印象を与える赤い瞳が、じっとバネッサを見る。彼女はなんだか胸の奥が熱くなってどきどきして、うまく答えることが出来なかった。
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