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5-2.苛立つバネッサ(2)
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女主人にあれこれと言ってから部屋に戻ったものの、まだ心はいらだっていた。椅子に座って、下唇を噛み締める。女主人は、まるで自分はそこまでは知らないことだ、という顔をしていたが、本当は彼女も知っているはずだ。
それにしたってタイミングが悪すぎた。なぜならば、そろそろ「預け」から引き取らなければいけないと思っていた矢先だったからだ。
(表向きは自由に辞められるはずなのに……)
ここは「公営の」娼館だ。私営の娼館ならいざ知らず、公営の娼館ならば表向きは「辞めたい時に辞められる」ことになっている。あくまでも表向きは。だが、実際はほとんどが男客に身請けをしてもらって娼館を出ていくことになる。
あるいは、金を一定以上貯めてしまえば。自分で自分を身請け出来るほどの金額貯めて、その金額を娼館に払って出ていくこともある。きっと、娼館側はそれを恐れたのだと思う。バネッサは二番手の稼ぎ頭だから、本人から身請け金をもらうよりも、まだ所属して稼がせた方が良いと思っている。だから、女主人は知らないと言っているが、きっと金庫番に「そうしろ」と許可を出したのだ。要するに、娼館側が「わざと」家族に渡した。わかっている。今回は勉強になった。こればかりは自分の管理不足だ。非があったから仕方がない……と飲み込もうとする。
だからといって、最初から預けずに手元に持っているには金が多すぎる。娼館の別棟で彼女たちは住み込みで暮らしていたが、その部屋には鍵はかからない。そうなると、いつ誰が出入りをして物を盗むかも気が気でない。クローゼットや宝飾品を入れているケースには鍵がついているから、最初はクローゼットの中に入れていた。しかし、それにも限界がある。結局、ある程度は「預け」をしなければいけない。
かくして、娼館の女主人は「預け」をさせ、バネッサの貯蓄を管理し、どうにかやめられないように仕向けなければ、と機を伺っていた。そこに義父がやって来て、彼女が「預け」ている金に手をつけてしまったということだ。ああ、でも、自分が馬鹿だったのだ……彼女は深いため息をついた。
(でも、あの日コンラートを拾ったから……)
義父に対するイライラした気持ちは一時的に消えた。それより、彼の体が心配で、慌てて娼館に戻って来た。そして、そのまま彼と話をして彼に抱かれて。
(ああ、思い出しちゃう……あの人、本当に童貞だったのかしら? だって、すごく、すごく良かったわ……)
今日も、あの日と同じだ。つい先ほどまで義父のことでいらだっていたものの、コンラートのことを思い出せば、心がざわついてそちらに気が向いてしまう。
あんな男は初めてだった。何度も「初めての男性」の相手をして夜を過ごしたが、あんな最初から上手いなんて、嘘ではないかと思う。彼から「こんなに良いものだったんですね」と言われれば、そうか、本当にこれが初めてなのかと不思議に思えた。
(あれも全部魔法なのかしら?)
そんなことを考える自分は、なんと馬鹿みたいなのだろうか。おかしくなって「あはっ」と声を出して笑う。
(でも……もう一度、あの人に……)
抱かれたい。いや、だが、彼はこの娼館にもう来ないような気がする。結局最後まで、どこの誰なのかよくわからないままだったが、きっと高名な魔法使いなのだろうと思う。
(最後は完全に傷もふさがっていた。本当にそんなことがあるのね……それから、床に散らばった血の欠片も全部消えていたし。ベッドの上も綺麗だった。あの人、のんびりして見えるけど、そういうことは行き届いているのね)
だからセックスも行き届いているのだろうか。そんなことを思えば「また馬鹿みたいなこと考えて!」と口に出す。
と、そのとき、ノックの音が響いた。
「バネッサさん!」
娼館からの連絡役である、まだ幼い少女の声。「入っていいわよ」と言えば、そっとドアが開く。
「受付で呼ばれています。陽が高いですけど、お客様ですって」
「ええ? こんな時間に?」
大慌てでバネッサは姿見を覗き込む。まだ夜どころか夕方にすらなっていない。おかげで気が緩んでおり、すとんと被るだけの室内着のままだ。すると、少女は
「外出をご希望です。今から一晩、明朝までご所望ですが、行けますか?」
と、告げた。
「どなたかしら?」
「コンラートと名乗っていらっしゃいました」
「!」
バネッサはかあっと頬を紅潮させ「少しだけ待ってもらって!」と言いながら、クローゼットをバン、と開けた。少女は「わかりました」と告げて去って行く。
(彼のことを考えていたら、また来てくれるなんて……! 今から外に……? それから、朝まで……? どこに行くのかしら。ご飯……ああ、そうね、この時刻から朝までなら、ご飯も食べるわよね。えっと……)
娼館にいる娼婦の中でも、客の依頼で娼館の外に出られる者と出られない者がいる。バネッサは「出られる」側だったが、だからといって、多くの客が娼館の外で会いたがるわけではない。やってくる客の半分以上は、娼館に来ることを内緒にしている者たちだ。それに、外に行くということは、町中を歩いて、女性側が「おねだり」を出来るということで、通常以上に財力が必要になる。
それをコンラートはきっとわかっていないのだろうな、と思いながら、バネッサは外行きのワンピースを着て、髪を梳かした。化粧は、いつもは夜のことばかりを考えるが、そういうわけにもいかない。
(ああ、どうしよう。なんだか……)
また、彼に助けられたと思う。つい先ほどまで義父のこと、女主人のことに腹が立っていたというのに。彼のことを考えていたら、本当に彼が来てくれるなんて……そう高鳴る心を必死に抑えようと、深呼吸をする。
「これで、いいかしら……」
最後に、ヒールはまあまああるが歩きやすい靴に足を入れて、姿見で自分の格好を上から下まで、横、後ろ、と入念にチェックをした。うん、悪くない。そう思いながら、バネッサは受付に向かった。
それにしたってタイミングが悪すぎた。なぜならば、そろそろ「預け」から引き取らなければいけないと思っていた矢先だったからだ。
(表向きは自由に辞められるはずなのに……)
ここは「公営の」娼館だ。私営の娼館ならいざ知らず、公営の娼館ならば表向きは「辞めたい時に辞められる」ことになっている。あくまでも表向きは。だが、実際はほとんどが男客に身請けをしてもらって娼館を出ていくことになる。
あるいは、金を一定以上貯めてしまえば。自分で自分を身請け出来るほどの金額貯めて、その金額を娼館に払って出ていくこともある。きっと、娼館側はそれを恐れたのだと思う。バネッサは二番手の稼ぎ頭だから、本人から身請け金をもらうよりも、まだ所属して稼がせた方が良いと思っている。だから、女主人は知らないと言っているが、きっと金庫番に「そうしろ」と許可を出したのだ。要するに、娼館側が「わざと」家族に渡した。わかっている。今回は勉強になった。こればかりは自分の管理不足だ。非があったから仕方がない……と飲み込もうとする。
だからといって、最初から預けずに手元に持っているには金が多すぎる。娼館の別棟で彼女たちは住み込みで暮らしていたが、その部屋には鍵はかからない。そうなると、いつ誰が出入りをして物を盗むかも気が気でない。クローゼットや宝飾品を入れているケースには鍵がついているから、最初はクローゼットの中に入れていた。しかし、それにも限界がある。結局、ある程度は「預け」をしなければいけない。
かくして、娼館の女主人は「預け」をさせ、バネッサの貯蓄を管理し、どうにかやめられないように仕向けなければ、と機を伺っていた。そこに義父がやって来て、彼女が「預け」ている金に手をつけてしまったということだ。ああ、でも、自分が馬鹿だったのだ……彼女は深いため息をついた。
(でも、あの日コンラートを拾ったから……)
義父に対するイライラした気持ちは一時的に消えた。それより、彼の体が心配で、慌てて娼館に戻って来た。そして、そのまま彼と話をして彼に抱かれて。
(ああ、思い出しちゃう……あの人、本当に童貞だったのかしら? だって、すごく、すごく良かったわ……)
今日も、あの日と同じだ。つい先ほどまで義父のことでいらだっていたものの、コンラートのことを思い出せば、心がざわついてそちらに気が向いてしまう。
あんな男は初めてだった。何度も「初めての男性」の相手をして夜を過ごしたが、あんな最初から上手いなんて、嘘ではないかと思う。彼から「こんなに良いものだったんですね」と言われれば、そうか、本当にこれが初めてなのかと不思議に思えた。
(あれも全部魔法なのかしら?)
そんなことを考える自分は、なんと馬鹿みたいなのだろうか。おかしくなって「あはっ」と声を出して笑う。
(でも……もう一度、あの人に……)
抱かれたい。いや、だが、彼はこの娼館にもう来ないような気がする。結局最後まで、どこの誰なのかよくわからないままだったが、きっと高名な魔法使いなのだろうと思う。
(最後は完全に傷もふさがっていた。本当にそんなことがあるのね……それから、床に散らばった血の欠片も全部消えていたし。ベッドの上も綺麗だった。あの人、のんびりして見えるけど、そういうことは行き届いているのね)
だからセックスも行き届いているのだろうか。そんなことを思えば「また馬鹿みたいなこと考えて!」と口に出す。
と、そのとき、ノックの音が響いた。
「バネッサさん!」
娼館からの連絡役である、まだ幼い少女の声。「入っていいわよ」と言えば、そっとドアが開く。
「受付で呼ばれています。陽が高いですけど、お客様ですって」
「ええ? こんな時間に?」
大慌てでバネッサは姿見を覗き込む。まだ夜どころか夕方にすらなっていない。おかげで気が緩んでおり、すとんと被るだけの室内着のままだ。すると、少女は
「外出をご希望です。今から一晩、明朝までご所望ですが、行けますか?」
と、告げた。
「どなたかしら?」
「コンラートと名乗っていらっしゃいました」
「!」
バネッサはかあっと頬を紅潮させ「少しだけ待ってもらって!」と言いながら、クローゼットをバン、と開けた。少女は「わかりました」と告げて去って行く。
(彼のことを考えていたら、また来てくれるなんて……! 今から外に……? それから、朝まで……? どこに行くのかしら。ご飯……ああ、そうね、この時刻から朝までなら、ご飯も食べるわよね。えっと……)
娼館にいる娼婦の中でも、客の依頼で娼館の外に出られる者と出られない者がいる。バネッサは「出られる」側だったが、だからといって、多くの客が娼館の外で会いたがるわけではない。やってくる客の半分以上は、娼館に来ることを内緒にしている者たちだ。それに、外に行くということは、町中を歩いて、女性側が「おねだり」を出来るということで、通常以上に財力が必要になる。
それをコンラートはきっとわかっていないのだろうな、と思いながら、バネッサは外行きのワンピースを着て、髪を梳かした。化粧は、いつもは夜のことばかりを考えるが、そういうわけにもいかない。
(ああ、どうしよう。なんだか……)
また、彼に助けられたと思う。つい先ほどまで義父のこと、女主人のことに腹が立っていたというのに。彼のことを考えていたら、本当に彼が来てくれるなんて……そう高鳴る心を必死に抑えようと、深呼吸をする。
「これで、いいかしら……」
最後に、ヒールはまあまああるが歩きやすい靴に足を入れて、姿見で自分の格好を上から下まで、横、後ろ、と入念にチェックをした。うん、悪くない。そう思いながら、バネッサは受付に向かった。
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