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10-2.コンラートの過去(2)
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◆◆◆◆◆◆◆
コンラートはある意味では被害者だ。人が体内に保持できる魔力には上限があると言われていたが、彼はそんなことは意味がないとばかり、潤沢な魔力を保持して生まれてきてしまった。おかげで、子供の頃はずいぶんな頻度で発熱をして、体が弱い子供だと言われて親に疎まれていたらしい。
子供の頃の記憶というものは、ところどころ案外鮮明なもの。だが、彼が「子供だった頃」を思い出せば、いつも同じ風景。薄汚れた天井。ひびが入った壁。そして、ほんの時々だけ彼の様子を見に来る、やせこけた母親の顔。
「本当に、この子は熱ばかり……呪われているのかしら……お医者様に折角見てもらっても、何もない健康体だとおっしゃるし……ああ、もう、嫌……」
熱い。苦しい。それから。
ああ、母さんは僕が熱を出してすぐに倒れるから、もう嫌になったんだ。そっか……。
大人になった今ならばわかる。大人は案外、子供が思うほど「大人ではない」と。だが、残念ながらコンラートはそれを知らなかった。ああ、自分を産んでくれたはずの母親が、自分の面倒を見るのが嫌だというなら、自分はどうしたらいいんだろう……彼は、熱にうなされながら、そんなことを繰り返し考えていた。考えても答えは出ない。だが、答えが出ないことを考えなければいけないという現実を彼は受け入れ、何度だろうが考え続けた。けれど、当然答えが出るわけもない。
「どうせ、いつも通り寝ていればいつかは熱も下がるだろう。もう慣れっこだろうが。放っておけ」
そして父親の声。
(ああ、以前は……)
熱が下がったらあそこに連れて行ってやる、なんて約束を父親としたのはいつだっただろうか。けれど、一週間も寝こんでようやく回復をした頃、父親はその約束を守ってくれなかった。もちろん、彼も「まさか一週間も寝ているとは思っていなかった」わけで、仕事の都合などもあったのだろうが……。
それから、彼の枕元には水と乾いたパンが置かれ、放置された。いや、寝ている時にきっと母親は来て、水とパンを補充してくれたのだとは思う。思う、というのはあまりコンラートには記憶がなく、高熱の時に水を飲んでいたかどうかも定かではなかったからだ。
眠っている間に来てくれていたのでは、と思うのは、彼の勝手な想像、「そうだったらいい」という想像だった。
だが、いつ目覚めても、部屋には一人。もうその記憶しかない。もっと小さい頃は母親がついていてくれたのだろうか……それすら、彼の記憶には残っていない。ただ、ぽつんと一人ぼっちの部屋。それも「他の子供に何かを移しちゃ困るから」という理由で与えられた、小さな薄汚れた部屋。
ようやく熱が少し下がって部屋から出れば、どうやら夜遅い時間だったようだ。隣の部屋で、暗い中両親が会話をしているのをコンラートは聞いてしまった。
「もう嫌よ。あの子、ずっと寝ているばかりで……元気な時間の方が短いんですもの」
「放っておけばいい。もしかしたら、もっと育てば治るかもしれないし、今のところは死ぬわけじゃないしな。まあ、食事をしないから体はがりがりだが……」
「そうよ。元気な時に外に出ると、近所の人たちにあの子をいじめているのかって聞かれるんだもの。嫌になるわ……」
その言葉を聞いて、そうか、自分はそんなに食事もしないから、体が貧相なのかと彼は初めて理解をした。だが、熱を出してうなされている間は食事をすることも出来ない。
「もうしばらくしても治らないようだったら、可哀相だがちょっと遠い親戚のところに連れていくとか……ううん、無理か。移動をするにもあの体じゃ……それに、受け入れてもらえないな……」
「あのまま大きくなったら、何も出来ないのにこっちが面倒を見なくちゃいけなくなるわ」
「食い扶持は稼いでもらわないといけないが、それも出来ないんじゃなぁ……本当にまいったな……」
コンラートはそのまま静かに部屋に戻り、もう一度ベッドに上がって布団に潜り込んだ。目を閉じて寝ようとしたが、二人の会話がぐるぐると脳内を回る。
そうか。もうお母さんは自分のことが嫌なんだ。自分をここから追い出したいんだ……熱が下がったとしても、またいつか再び熱を出すかもしれない。そうしたら、誰も自分を歓迎してくれないのだ……コンラートは、ついに「自分はどうしたらいいんだろう」と考えた。
今はどうにも出来ない。しかし、どうにかして、ここから自分はいなくならなくてはいけない。幼いコンラートはそう思った。どこに。どうやって。方法はうまく思いつかなかったけれど、苦しい息を吐き出しながら、彼はただ「自分はこの家から消えなくてはいけないんだ」と強く思った。
彼がそんなことを考えつつ寝込んでいたのは、八歳までのことだった。たまたま彼が住んでいた村に通りがかった、先代の魔塔の主が彼を見初めたのだ。彼を魔塔に連れていく代わりに、と金をコンラートの親に払った。大金を支払われた家族が大喜びをしている様子をコンラートは覚えている。そうか、いらないと思われていた自分と引き換えに、そんなに金をもらえたならそれは喜ぶに違いない。そう思いながら、彼の心は冷え切っていた。
嘘でもいいから、家を出る時に何か言葉をかけてくれないだろうか……彼は期待をした。それは、彼の家族が彼に別れを告げ、体をいたわるようなことを言ってくれる……ということではなく、本当に家族が自分をどう思っていたのかを知れる、という意味での期待だ。
その期待は「裏切られなかった」。彼の両親は、彼に「この方の言うことをよく聞くんだよ」とだけ言って、後は魔塔の主にぺこぺこと頭を下げるだけだった。言うことを聞くんだよ。たったそれだけだった。ああ、そういう人たちだったのだ。すっかり心が冷めていた彼は、それに返事をしなかった。
コンラートはある意味では被害者だ。人が体内に保持できる魔力には上限があると言われていたが、彼はそんなことは意味がないとばかり、潤沢な魔力を保持して生まれてきてしまった。おかげで、子供の頃はずいぶんな頻度で発熱をして、体が弱い子供だと言われて親に疎まれていたらしい。
子供の頃の記憶というものは、ところどころ案外鮮明なもの。だが、彼が「子供だった頃」を思い出せば、いつも同じ風景。薄汚れた天井。ひびが入った壁。そして、ほんの時々だけ彼の様子を見に来る、やせこけた母親の顔。
「本当に、この子は熱ばかり……呪われているのかしら……お医者様に折角見てもらっても、何もない健康体だとおっしゃるし……ああ、もう、嫌……」
熱い。苦しい。それから。
ああ、母さんは僕が熱を出してすぐに倒れるから、もう嫌になったんだ。そっか……。
大人になった今ならばわかる。大人は案外、子供が思うほど「大人ではない」と。だが、残念ながらコンラートはそれを知らなかった。ああ、自分を産んでくれたはずの母親が、自分の面倒を見るのが嫌だというなら、自分はどうしたらいいんだろう……彼は、熱にうなされながら、そんなことを繰り返し考えていた。考えても答えは出ない。だが、答えが出ないことを考えなければいけないという現実を彼は受け入れ、何度だろうが考え続けた。けれど、当然答えが出るわけもない。
「どうせ、いつも通り寝ていればいつかは熱も下がるだろう。もう慣れっこだろうが。放っておけ」
そして父親の声。
(ああ、以前は……)
熱が下がったらあそこに連れて行ってやる、なんて約束を父親としたのはいつだっただろうか。けれど、一週間も寝こんでようやく回復をした頃、父親はその約束を守ってくれなかった。もちろん、彼も「まさか一週間も寝ているとは思っていなかった」わけで、仕事の都合などもあったのだろうが……。
それから、彼の枕元には水と乾いたパンが置かれ、放置された。いや、寝ている時にきっと母親は来て、水とパンを補充してくれたのだとは思う。思う、というのはあまりコンラートには記憶がなく、高熱の時に水を飲んでいたかどうかも定かではなかったからだ。
眠っている間に来てくれていたのでは、と思うのは、彼の勝手な想像、「そうだったらいい」という想像だった。
だが、いつ目覚めても、部屋には一人。もうその記憶しかない。もっと小さい頃は母親がついていてくれたのだろうか……それすら、彼の記憶には残っていない。ただ、ぽつんと一人ぼっちの部屋。それも「他の子供に何かを移しちゃ困るから」という理由で与えられた、小さな薄汚れた部屋。
ようやく熱が少し下がって部屋から出れば、どうやら夜遅い時間だったようだ。隣の部屋で、暗い中両親が会話をしているのをコンラートは聞いてしまった。
「もう嫌よ。あの子、ずっと寝ているばかりで……元気な時間の方が短いんですもの」
「放っておけばいい。もしかしたら、もっと育てば治るかもしれないし、今のところは死ぬわけじゃないしな。まあ、食事をしないから体はがりがりだが……」
「そうよ。元気な時に外に出ると、近所の人たちにあの子をいじめているのかって聞かれるんだもの。嫌になるわ……」
その言葉を聞いて、そうか、自分はそんなに食事もしないから、体が貧相なのかと彼は初めて理解をした。だが、熱を出してうなされている間は食事をすることも出来ない。
「もうしばらくしても治らないようだったら、可哀相だがちょっと遠い親戚のところに連れていくとか……ううん、無理か。移動をするにもあの体じゃ……それに、受け入れてもらえないな……」
「あのまま大きくなったら、何も出来ないのにこっちが面倒を見なくちゃいけなくなるわ」
「食い扶持は稼いでもらわないといけないが、それも出来ないんじゃなぁ……本当にまいったな……」
コンラートはそのまま静かに部屋に戻り、もう一度ベッドに上がって布団に潜り込んだ。目を閉じて寝ようとしたが、二人の会話がぐるぐると脳内を回る。
そうか。もうお母さんは自分のことが嫌なんだ。自分をここから追い出したいんだ……熱が下がったとしても、またいつか再び熱を出すかもしれない。そうしたら、誰も自分を歓迎してくれないのだ……コンラートは、ついに「自分はどうしたらいいんだろう」と考えた。
今はどうにも出来ない。しかし、どうにかして、ここから自分はいなくならなくてはいけない。幼いコンラートはそう思った。どこに。どうやって。方法はうまく思いつかなかったけれど、苦しい息を吐き出しながら、彼はただ「自分はこの家から消えなくてはいけないんだ」と強く思った。
彼がそんなことを考えつつ寝込んでいたのは、八歳までのことだった。たまたま彼が住んでいた村に通りがかった、先代の魔塔の主が彼を見初めたのだ。彼を魔塔に連れていく代わりに、と金をコンラートの親に払った。大金を支払われた家族が大喜びをしている様子をコンラートは覚えている。そうか、いらないと思われていた自分と引き換えに、そんなに金をもらえたならそれは喜ぶに違いない。そう思いながら、彼の心は冷え切っていた。
嘘でもいいから、家を出る時に何か言葉をかけてくれないだろうか……彼は期待をした。それは、彼の家族が彼に別れを告げ、体をいたわるようなことを言ってくれる……ということではなく、本当に家族が自分をどう思っていたのかを知れる、という意味での期待だ。
その期待は「裏切られなかった」。彼の両親は、彼に「この方の言うことをよく聞くんだよ」とだけ言って、後は魔塔の主にぺこぺこと頭を下げるだけだった。言うことを聞くんだよ。たったそれだけだった。ああ、そういう人たちだったのだ。すっかり心が冷めていた彼は、それに返事をしなかった。
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