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14-1.忍び寄る影(1)
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翌日、バネッサは町に足を運んだ。最近は朝が近い夜のうちに眠って昼前に起きる生活が続いているせいで、時間に少し余裕が出来た。仕事を休まなくても、昼に予約が入っていなければ一,二時間は外出をすることが許される。
歩きながら考えるのはコンラートのことばかり。そんな自分を「色ボケしている」と思いつつも、やはり止められない。
(それにしても……本当に、彼と約束をしていてよかった……)
昨晩のことを思い出す。カミオを彼が殺さないでいてくれたことで、本当に安心をした。きっと、あそこでカミオを殺してしまっても、彼は許されるのだろうとバネッサはなんとなく思う。魔塔の主だ。王城、神殿、魔塔の三つの勢力がこの地にはあり、形ばかり「王に従う」ことになっていても、本来はそのどれもある程度同等なのだ。
となれば、コンラートは国王とそんなに立場が変わらない、と考えてもいいはずだ。そうなれば、確かに彼が人を殺そうが、きっと許されそうな気がする。いや、そうだ。きっと。今までだって、多分そうだったのだ。
――褒めてください。約束を守りました――
そう言って笑うコンラート。彼は、人を簡単に殺してはいけないというバネッサとの約束を守っただけで「何故それをしてはいけないのか」についてはまだ考えは及んでいないように思う。本当はそれが大切なのだが……とバネッサは小さくため息をついた。
(でも、わたしも)
自分も約束をした。自分たちは、お互いに足りない部分を補うように、それぞれの約束をした。それは、不自由に思えるけれど、なんとなく喜ばしいことだと彼女は感じる。
(だって。確かにそうなのよ。いくら自分が後悔をしていないとはいったって、今までは……今までは、わたしが傷ついてもそれを悲しむ人なんていなかったけど。今は)
コンラートがいる。そう素直に思えてしまう自分の気持ちに気付いて、バネッサは頬を紅潮させた。
「わたしって……本当に馬鹿ね……」
ああ、自分は馬鹿だ。彼が自分を身請けする意味がわからないだとか、自分にはそうしてもらえる価値がないだとか、そんなことを言っていた。けれども、こんな時にこんな形で思い知らされる。自分はもう、彼が自分を好きでいてくれることを疑っていないのだろう。
彼はいつでも自分に本当の言葉を投げかけてくれていた。そのことだって理解をしている。あんなにどこかズレているのに、自分を好きだと語る彼はいつもまっすぐだ……考えれば考えるほど、コンラートのことで頭が満たされる。
バネッサはますます頬を赤らめ、立ち止まって両手で軽く頬をぱたぱたと叩く。それから、目の前にある高級食材を取り扱う店のドアを開けた。
「いらっしゃい。見ていっておくれ!」
昨晩の礼として、コンラートに美味しいお茶をいれてあげよう。そう思いながら、茶が入った瓶が並ぶ棚を見る。さすが高級食材の店だ。普通の店ならば、まず茶なんて売っていない。売っていても、麻袋などに雑に入っていてスコップでガサガサと取り出すだけなのに。そう思いつつ、瓶の前に書かれた文字を読んだ。
彼女は文字を読むことはそう得意ではなかったが、娼館に来てから一通り覚えさせられた。私営ではなく公営だからこそ、娼婦の質をあげなければいけないからだ。そう思えば、自分は娼館で多くのことを学んだのだと思う。
(公営なのに、子供を直接買うなんてことが出来たのもあの娼館だけでしょうね。そう思えば、うちの親もまあ考えた末なかなかいい場所を選んだものだわ)
考えた末に選んだのだろう。彼女の義父はそういうことだけは頭が回る。私営の娼館よりも公営の娼館。しかし、最も良い待遇の公営娼館であればその辺の平民を購入する、などということはしていない。そして、私営は安く買い叩かれる。彼女は義父を許そうとは思っていなかったが、反面、今の娼館を選んでくれたことは、いくらかの感謝をしていた。
だから、毎月金を支払っていたのに……そう思いながら、茶入った瓶を一つずつ手に取って眺める。
(でも、それもあと少し……わたしが受ければ、彼はわたしを身請けしてくれる……)
身請けをしてもらったらどうなるんだろう。彼ははっきりとは言っていなかったが、自分も魔塔に行くことになるのだろうか。それとも、別の場所で暮らすのだろうか。
そして、自分は何をするんだろう。彼と結婚? いや、自分はそんな身分ではないし、きっとそんなことになったら彼はいつか後悔をするのではないかとも思う。
(でも、彼は……)
彼は、本当に嘘はついていないのだと思う。自分に恋を「しているかもしれない」と思っている。好きかもしれないと言っていた。思い込み過ぎずに、どこかしらまだ客観的に言う彼のその様子は好きだとバネッサは思う。
「これにしようかしら」
少し甘い香りのお茶。本当は、今日茶を買うなんて無駄なことだ。何故なら、本当に彼が身請けをしてくれるなら、彼女はほどなくあの娼館から出ていくのだし。今購入しても、無駄に荷物を増やすことになるだけだ。
だが、心が落ち着かない。本当に彼は身請けをしてくれるのか。今でもまだそれが夢のようで、現実感がない。そして、それを選ぶのが自分の方だなんて。
(わたしは彼のことが好きだけれど……身請けをしてもらえるような……)
そんな人間ではない。何度も何度も繰り返した問答がすぐに浮かび上がって来る。だが、それをどうにか振り払おうとするバネッサ。
(ううん、そういうことじゃない。いいのよ。身請けしてくれるって言うなら、それに甘えてしまえば……あと数年いればそりゃあ、またお金は貯まるけれど)
けれど、時間は戻らない。彼女は娼館にそれなりに愛着はあったが、だからといってそこで働いていることに誇りを持っているわけでもなかった。それに、コンラートに身請けをしてもらえるならば、もしかしたら。
(もしかしたら、家族ともう会わずに済むかもしれない……)
歩きながら考えるのはコンラートのことばかり。そんな自分を「色ボケしている」と思いつつも、やはり止められない。
(それにしても……本当に、彼と約束をしていてよかった……)
昨晩のことを思い出す。カミオを彼が殺さないでいてくれたことで、本当に安心をした。きっと、あそこでカミオを殺してしまっても、彼は許されるのだろうとバネッサはなんとなく思う。魔塔の主だ。王城、神殿、魔塔の三つの勢力がこの地にはあり、形ばかり「王に従う」ことになっていても、本来はそのどれもある程度同等なのだ。
となれば、コンラートは国王とそんなに立場が変わらない、と考えてもいいはずだ。そうなれば、確かに彼が人を殺そうが、きっと許されそうな気がする。いや、そうだ。きっと。今までだって、多分そうだったのだ。
――褒めてください。約束を守りました――
そう言って笑うコンラート。彼は、人を簡単に殺してはいけないというバネッサとの約束を守っただけで「何故それをしてはいけないのか」についてはまだ考えは及んでいないように思う。本当はそれが大切なのだが……とバネッサは小さくため息をついた。
(でも、わたしも)
自分も約束をした。自分たちは、お互いに足りない部分を補うように、それぞれの約束をした。それは、不自由に思えるけれど、なんとなく喜ばしいことだと彼女は感じる。
(だって。確かにそうなのよ。いくら自分が後悔をしていないとはいったって、今までは……今までは、わたしが傷ついてもそれを悲しむ人なんていなかったけど。今は)
コンラートがいる。そう素直に思えてしまう自分の気持ちに気付いて、バネッサは頬を紅潮させた。
「わたしって……本当に馬鹿ね……」
ああ、自分は馬鹿だ。彼が自分を身請けする意味がわからないだとか、自分にはそうしてもらえる価値がないだとか、そんなことを言っていた。けれども、こんな時にこんな形で思い知らされる。自分はもう、彼が自分を好きでいてくれることを疑っていないのだろう。
彼はいつでも自分に本当の言葉を投げかけてくれていた。そのことだって理解をしている。あんなにどこかズレているのに、自分を好きだと語る彼はいつもまっすぐだ……考えれば考えるほど、コンラートのことで頭が満たされる。
バネッサはますます頬を赤らめ、立ち止まって両手で軽く頬をぱたぱたと叩く。それから、目の前にある高級食材を取り扱う店のドアを開けた。
「いらっしゃい。見ていっておくれ!」
昨晩の礼として、コンラートに美味しいお茶をいれてあげよう。そう思いながら、茶が入った瓶が並ぶ棚を見る。さすが高級食材の店だ。普通の店ならば、まず茶なんて売っていない。売っていても、麻袋などに雑に入っていてスコップでガサガサと取り出すだけなのに。そう思いつつ、瓶の前に書かれた文字を読んだ。
彼女は文字を読むことはそう得意ではなかったが、娼館に来てから一通り覚えさせられた。私営ではなく公営だからこそ、娼婦の質をあげなければいけないからだ。そう思えば、自分は娼館で多くのことを学んだのだと思う。
(公営なのに、子供を直接買うなんてことが出来たのもあの娼館だけでしょうね。そう思えば、うちの親もまあ考えた末なかなかいい場所を選んだものだわ)
考えた末に選んだのだろう。彼女の義父はそういうことだけは頭が回る。私営の娼館よりも公営の娼館。しかし、最も良い待遇の公営娼館であればその辺の平民を購入する、などということはしていない。そして、私営は安く買い叩かれる。彼女は義父を許そうとは思っていなかったが、反面、今の娼館を選んでくれたことは、いくらかの感謝をしていた。
だから、毎月金を支払っていたのに……そう思いながら、茶入った瓶を一つずつ手に取って眺める。
(でも、それもあと少し……わたしが受ければ、彼はわたしを身請けしてくれる……)
身請けをしてもらったらどうなるんだろう。彼ははっきりとは言っていなかったが、自分も魔塔に行くことになるのだろうか。それとも、別の場所で暮らすのだろうか。
そして、自分は何をするんだろう。彼と結婚? いや、自分はそんな身分ではないし、きっとそんなことになったら彼はいつか後悔をするのではないかとも思う。
(でも、彼は……)
彼は、本当に嘘はついていないのだと思う。自分に恋を「しているかもしれない」と思っている。好きかもしれないと言っていた。思い込み過ぎずに、どこかしらまだ客観的に言う彼のその様子は好きだとバネッサは思う。
「これにしようかしら」
少し甘い香りのお茶。本当は、今日茶を買うなんて無駄なことだ。何故なら、本当に彼が身請けをしてくれるなら、彼女はほどなくあの娼館から出ていくのだし。今購入しても、無駄に荷物を増やすことになるだけだ。
だが、心が落ち着かない。本当に彼は身請けをしてくれるのか。今でもまだそれが夢のようで、現実感がない。そして、それを選ぶのが自分の方だなんて。
(わたしは彼のことが好きだけれど……身請けをしてもらえるような……)
そんな人間ではない。何度も何度も繰り返した問答がすぐに浮かび上がって来る。だが、それをどうにか振り払おうとするバネッサ。
(ううん、そういうことじゃない。いいのよ。身請けしてくれるって言うなら、それに甘えてしまえば……あと数年いればそりゃあ、またお金は貯まるけれど)
けれど、時間は戻らない。彼女は娼館にそれなりに愛着はあったが、だからといってそこで働いていることに誇りを持っているわけでもなかった。それに、コンラートに身請けをしてもらえるならば、もしかしたら。
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