世間知らずの魔塔主は優しい娼婦を溺愛する

今泉香耶

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14-3.忍び寄る影(3)

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 次にバネッサが目を開けると、そこは暗い廃墟の中だった。ぼろぼろになっている壁、穴があいている床。カビが生えたソファ、そして様々なものが散乱している。その冷たい床に彼女は横たわっていた。

「一体……」

 両手が後ろに回されて固定をされている。手枷をはめられているのだろうか……なんとか体を起こして周囲を見渡すバネッサ。

「やあ、お目覚めですね。バネッサさん」

「何……? あんたたち、何なの?」

 彼女が目覚めたのを知って、少し離れた場所から五人の男性が近づいて来る。彼らは一様ににやにやと嫌な笑みを浮かべて彼女を見下ろす。

「あなたには協力をしていただきたいと思いまして」

「何? どういうこと?」

「町はずれに、あなたの実家がありますね」

「……」

 答えるいわれはない、とバネッサは男たちを睨みつける。だが、それもまた肯定と変わらない。男たちは相変わらずにやにやと笑っているだけだ。

「あなたがわたしたちに協力してくだされば、何もしないと約束しましょう」

「しなかったら?」

「あなたのご両親、弟、妹の命を奪うまでです」

 家族構成もぴったり一致している。ならば、きっと本当にこの男たちは自分の実家を調べたのだろう。

「どういうこと……何に協力をしろっていうの……」

「何、簡単なことですよ。今、あなたのところに魔塔の主が通っているでしょう」

「……」

「彼に、これを飲ませていただきたい」

 そう言って、小さな瓶を差し出す男。勿論、バネッサは手枷をされているので、それを受け取ることなぞ出来やしない。

「あの男は魔塔の中でしか食事をほとんどとらないですからね。いやあ、あなたと外出をしたことを知ったので、次はいつ外出をするのか、酒場で毒を盛ろうかと思いましたが、それきりで。ですが、どうやらあなたが出した茶は飲むようではないですか」

「それを飲むとどうなるの?」

「深い昏睡状態になるだけです。ええ。そうしましたら、我々の仲間が魔塔の主を迎えに行きますので、引き渡していただければ」

 本当に「昏睡状態」になるのだろうか。バネッサは疑いの目で男を睨むが、へらへらとした笑みは変わらない。

「どうして? どうして彼を狙うの? 彼が何をしたの?」

「彼には当分昏睡状態に陥ってもらおうと思いまして。いや、命は奪いません。彼が我々に逆らわなければ」

「命を奪うとか奪わないとか、一体どういうことなの……?」

「なあに、少しの間眠ってもらって、現在魔塔の主の魔力で守られている場所を……」

「おい。話し過ぎだ。そこまで教えてやる必要はないだろう」

 話しそうになった男へ、一人の男が言葉を挟んで止める。

「あなたがきちんと彼にその薬が入った茶を飲ませるかどうか、監視をさせてもらいますから。それぐらいのことは、我々でも出来るのですよ」

「えっ……」

 一人の男がバネッサに近づいた。それから手のひらを彼女に向けて、ぶつぶつと何かを呟く。すると、何やらキィィンと耳鳴りが長く続いたので、バネッサは一瞬瞳を閉じた。

「何を、するの」

「監視をする、と言ったでしょう? 簡単なことです。今日薬を飲ませれば、あなたにつく監視は今日だけになりますし」

「監視? 一体どういうこと……」

「意味が分からないなら分からないで構いません。ですが、例えば、今晩あなたが彼に我々の話をしようとすれば……」

 監視がついているから、それもわかるのだ、と男は言う。

「ええ? わたしを見張るって言うか……じゃあ、わたしが着替えとかすれば、それも全部見えちゃうってこと!?」

 その訴えに、男たちは「ふはは」と笑う。いくら自分が娼婦だからといって、そんなことがまかり通ると思われるのは許せない。だが、男たちはそれをなんとも思っていないのだ。

「そうですね。何もかも。あなたが彼に薬を飲ませてくれれば、すぐにでもその術は解きますよ」

「酷いわ……! よくもそんなことを……」

「まあまあ、そんな睨まないでくださいよ。簡単なことでしょう? あなたは彼にこの薬を飲ませるだけ。その後のことはこちら側の話。ああ、いや、でもあの男がいなくなった後、我々があなたを買いに行くかもしれませんがね……?」

 一人の男がそう言うと、他の男は大きな声でゲラゲラと笑った。

「さあ、手を出しなさい。この瓶を受け取ったら、あなたを娼館に転移させてあげましょう」

 男がそう言えば、バネッサの両手は解放された。手枷をされていると思っていたが、どうやらそれが魔法だったのだと気付く。

 瓶を受け取らずに男を睨むバネッサ。だが、その抵抗は虚しく、一人の男が無理矢理バネッサの手に瓶を握らせようとする。

「嫌!」

 そう叫んで、瓶を床に叩きつけようとしたバネッサだったが、男が

「いいのか? そんなことをして」

と冷たく言い放つ。その声にびくりとなって男を見れば、彼は嫌な笑みを浮かべていた。

「あ……」

 その笑みにぞっとするバネッサ。先ほどまでの、彼女を嘲っているような笑みとは一転した、冷たい微笑み。それは、彼女に「家族を殺されたいのか」と言っているようだ。

 彼女が力なく肩を落とすと、男は「そうそう。さあ、この瓶を持っていけ」といって、無理矢理彼女の手に瓶を握らせた。
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