世間知らずの魔塔主は優しい娼婦を溺愛する

今泉香耶

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19-1.新しい家(1)

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「おはよう、ハーニィ」

「おはようございます」

 何がおはようだ、と言いそうになったが、ハーニィはなんとかそれを留めて、事務的に挨拶を返した。

 ハーニィはあれから三人を魔塔の牢獄に監禁して、それからコンラートに連絡をいれようとした。すると、完全にコンラートの気配はブロックをされており、連絡をハーニィからは出来ない状況になっていた。ずるすぎる。

 だというのに、次には一方的に「バネッサの実家の前に二人捉えといたからよろしく!」と伝言が飛んでくる。真夜中なのに。若干腹は立ったが、コンラートがそういう無茶ぶりをする時は、きちんとそれなりの報酬を与えてくれると彼は知っている。一応昨晩の無茶ぶりは、まだハーニィが対応出来る範囲内だったので、よしとしよう……ということにしたようだった。

「昨日の五人は?」

「牢に入れてあります。まだ、特に尋問も何もしていないままですが」

「そうか。これ、解析して出どころを突き止めて。それから、あの五人は異教徒の上から依頼をされたと言っていたけど、その辺もはっきり」

 そう言って、瓶をハーニィに手渡すコンラート。

「これは?」

「毒なのか、ただ眠らせる薬なのか、ちょっとわからないんだけど。研究室に回して」

「わかりました」

「それから、引っ越すから」

「は……?」

 突然の引っ越し宣言。ハーニィは眉をしかめたが、その直後

「えっ、まさか、身請けが成立したんですか!?」

 とつい叫ぶ。

「まさか、って何。ハーニィ、その『まさか』ってのは」

「いえ、だって、まさか、あなたが身請けを……」

 正直な話、ハーニィはコンラートが身請けを言い出してもバネッサが首を縦に振らないと思っていた。もちろん、バネッサのひととなりなど、ハーニィにはわからない。ただ、その辺の娼婦に騙されて金をむしりとられているんだろう。可哀想に……その程度に思っていた。だから、家を買う話も最初は華麗にスルーをしていたのだ。

 だが、コンラートからわざわざ遠隔の伝言を受けたため――カサンドラとの会話中のアレだ――仕方なく。本当に仕方なく、家を用意した。無駄になるのではないか、いや、絶対に無駄になる。そう思いながら。

 しかし、どうやら無駄にはならなかったようだ。ハーニィは目を大きく見開いた。

「ここを出るんですか。あなた、ここに通えるんですか?」

「ええ~、ハーニィはわたしのことをなんだと思っているわけ?」

 コンラートは唇を軽く突き出した。

「家の寝室とここを、魔法陣で繋ぐから大丈夫だよ……ここで起きてベッドから降りるのとそう変わらないでしょ」
 それはそうだ、とハーニィは「んっ」と咳ばらいを軽くすると「確かにそうですね、失礼いたしました」と返す。

「で、ハーニィが用意してくれた家はどこ」

 ハーニィはコンラートの脳内にある地図の「画」だとか「角」だとかで家の場所を教えた。が、教えた先から、コンラートは「駄目だ」と言って立ち上がる。

「主?」

「眠いやぁ~~、眠い。駄目だ。今日は寝る。午後起きる」

 眠いのは自分もなんですが……とハーニィは言いたかったが、ぐっと飲み込んで「そうですか」とだけ返した。

「夕方、バネッサ連れて家を見に行くからさ、ハーニィも付き合ってよ……あっ、そうだ」

 コンラートはベッドの前に積まれている書物を跨いだ状態で、ハーニィを振り返る。

「ぜつりんって何?」

「……」

 ハーニィは深いため息をついた。

「一体、どういうシチュエーションでその単語を?」

「うーんと? めちゃくちゃセックスした後」

「……主に、非常に優れているさまを表現する言葉ですが……その、中でもとりわけですね……性的な持久力が並外れていることを指す場合もありますね……」

「あっ、そういうことかぁ~! さすが、ハーニィ。なるほど、わたしはぜつりんなんだって」

 そう言うと、書物を乗り越えてコンラートはベッドに横になった。横になってしまうと、もう書物に隠れてその姿もほとんど見えない。

「おやすみ~! 薬の解析よろしくね」

 その呑気さにハーニィは深いため息をつきながら「そんな情報はいらなかった……わたしも寝させてもらいますね……」と呟いた。それへ、コンラートは特に何も言葉を返さなかった。



 その日の夕方、コンラートは娼館にバネッサを迎えに行った。すると、バネッサは少しよろけながら姿を現す。

「バネッサ!?」

「ご、ごめんなさい……その、少し腰が……」

「ええ~? ちょっと待ってください。治します。治しますから」

 そう言ってコンラートは呪文を唱える。バネッサは「少しよくなったみたい。ありがとう」と礼を言った。

 今朝、コンラートに「一時間ぐらい」と言われた通り、あの後、バネッサはあまりの疲労で本当に動けなくなった。もう寝るしかない。こんなに疲れたのは生まれて初めてかもしれない……そんな勢いで、泥のように眠った。寝返りをうつこともなく、ただただベッドの上で意識を失ったように、昼過ぎまで眠っていた。

 そして、起きたら体の節々が痛み、疲労とは別意味で動けなくなっていた。ようやく、少し体を動かせるようになって、出かける準備を始めたのが一時間前のことだ。

「今日も可愛らしい服ですね。うん。可愛い。とても可愛いです。そのコートもいい」

「ええっ……あ、ありがとう……」

 単に、あまり体が動かないため上からかぶるワンピースを選んだだけだったのだが、その上に羽織った白い外套もコンラートは褒める。バネッサは頬をわずかに染めて

「不思議ね。服を褒められることも慣れているのに、あなたに言われるとなんだか照れくさいわ……」

と言った。

「照れているあなたも可愛いですね」

「もう……」

 彼は冗談ではなく本気で言っている。それを知っているので、バネッサはわざとむくれた表情で彼の腕にしがみつき、それ以上の言葉を遮った。

「今日は、案内人がいるんです」

「案内人?」

 娼館を出ると、そこには灰色の外套を着たハーニィが立っている。コンラートが「バネッサ、これは、わたしの……なんだっけ?」と言い出したので、ハーニィは呆れたように「部下です」と告げた。
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