世間知らずの魔塔主は優しい娼婦を溺愛する

今泉香耶

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23-1.新婚旅行(1)

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「コンラート、ありがとう」

「いいえ。じゃあ、わたしたちも行きましょう」

「えっ?」

 コンラートは何かの文言を唱えた。どうやらそれは、家の施錠のようなものらしい。らしいというのは「それっぽい」文言だとバネッサがなんとなく思っただけだからだ。

「えっと……」

「荷物はもう袋にいれてますよね?」

「え、ええ」

「それは、もう『あっち』に送っています」

「ええ!?」

 いつの間に、と言おうとしたが、バネッサの体をコンラートはぐいと引き寄せる。

「もう一度転移します。今度は少し遠いですよ」

 そう言うがいなや、彼はさっさと呪文を唱えた。バネッサは遠くへの転移にあまり慣れないため、コンラートの胸に顔を埋めて、ぎゅっと耐えた。が、彼女のそれはあまり意味がなく、あまりにあっさりと転移を終えてしまい「終わりましたよ」と言われて拍子抜けをする。

「えっ……こ、ここ、は?」

「ここは、今日からあなたと泊まる別荘ですよ」

 突然見知らぬ部屋に転移をして、バネッサは困惑する。

「別荘……?」

「そうです。結婚式の後にお休みをいただけるって聞いていたので、大慌てで別荘を買いました!」

 あまりにナチュラルにカジュアルにそう言うものだから、バネッサはぽかんと口を開けてしまう。

 ぐるりと室内を見るバネッサ。高い天井を支える緩やかなアーチが、部屋全体にやさしい奥行きを与えていた。白に近い淡い黄土色の壁、床は深みのある白っぽい木材で統一されており、大きな絨毯が敷いてある。

 同じく白いソファにガラス張りのローテーブル。それらのものたちは、みな見るからに「結構な値段のもの」にバネッサの目には映った。

「バネッサ、こっちに来てください」

「え?」

 何か、音が聞こえる。ざざ、ざざ、と聞き覚えがない音だ。コンラートは大きな両開きの窓を開けた。どうやらこの部屋は二階のようで、バルコニーがあるようだった。一体何の音だろうかと思いながらバネッサはコンラートの後をついていく。

「まあ……! これは、なあに……? 湖、にしては、大きい……すごく大きいわ、コンラート!」

 目の前に広がる青。それは、空がまるで地面に落ちているかのようにバネッサの目に映った。そこにあるのは、湖でも川でもない、似ているけれどまったく違う何かだ。水面が動いて砂があるこちらに向かっており、その動いた端は白い。水なのに白い、そのことに驚いて、バネッサの目は釘付けになってしまう。

 ざん、ざざん、と音が繰り返される。水が動いてそんな音をたてるなんてこと、今まで知らなかった。バネッサは驚いて、コンラートに身を寄せて彼の服を掴んだ。

「なぁに……綺麗だけど、何かちょっとだけ怖いわ……でも、この音はなんだか落ち着くわね……」

「これ、うみっていうんですって」

「うみ」

「あなたと旅行に行こうと思って、どこがいいかなーって思ったんですけど……まず、二人が見たことがないものを見たいと思って。この家を買うのに一度見に来たからわたしはもう二度目なんだけど、それにしてもすごいですね、これ」

 バネッサの肩を抱くコンラート。彼らがいる別荘は少し小高い位置に立っており、砂浜に面していた。周囲は森のように木々が覆っているが、海に面している木々は少し反っている。

「すごいわ……うみ。うみって言うのね……? これはどれぐらいの大きさなの?」

「とても大きいです。とてもとても。国いくつ分と言えないほど」

「そんなに大きいの? あの、こっち側にやってくる水? あれはどうしてこっちにやってくるの……?」

「さあ。どうしてでしょうね?」

 絶え間なく質問をするバネッサを面白く思ったのか、コンラートは笑った。

「海の音を聞いて、海に出る船を見て、それからね。夜になれば離れたところの灯台の火が入るんですって。ここから少し離れたところに町があって、海でとれたものがたくさん売ってるって聞きました。色々なお店が出ていて、その場で食べられるって話です」

「海でとれたもの……水の中にいるから、お魚、みたいなもの?」

「そうだと思います。わたしもそれは詳しくないんですけど」

「そう、なのね」

「ね、まず夕食を食べて、ゆっくりして、それからちょっと外を歩いてみませんか」

 彼の誘いに乗らないわけがない。バネッサは首をぶんぶんと縦にふってから「楽しみだわ」と言う。彼女のそんな過剰な反応は珍しい。いささか興奮をしている、とバネッサ自身わかるほどだ。

「じゃあ、まず着替えましょうか。うーん、でもその前にもう一度見せて……綺麗すぎるあなたをもう少し堪能したいなぁ……」

 そう言うと、コンラートはバネッサの額に、頬にキスをして、嬉しそうに笑うのだった。
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