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23-2.新婚旅行(2)
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別荘には使用人が5人ほどいて、ひとまずみなと面通しをしてから湯あみを行った。おかげで、体も気持ちも少しほぐれ、湯からあがった後に軽くひと眠りしてしまったぐらいだ。
夕食は早速近海から採れた貝のソテーが出て、それはバネッサの口にあった。見たことも聞いたこともない貝に最初は尻込みしていたものの、良い香りに負けてしまった。一度食べれば少し弾力性がある食感で、濃厚な旨味が口の中に広がった。
一方のコンラートは好き嫌いはあるものの、初めてのものは特に何も考えず口に運ぶようだった。彼も早速「おいしいです!」と喜ぶ。
「ねぇ、コンラート。ここを買ったって聞いたけど」
「はい」
「っていうことは、ここに今後また来るってこと?」
「そうですねぇ。我々が来てもいいですし、誰かに貸してもいいですねぇ。そうだ。ハーニィ夫妻も旅行に行くとか言ってたから、ここを勧めてもいいかもしれない。ハーニィも海を見たことがないと言ってたんですよね」
彼らが住んでいる王城近辺は、海どころか湖も近くにはない。川は流れているため、淡水魚は取れるものの、あまり多くは流通していない。よって、魚というよりも大ぶりの貝をスライスしたものの方が「肉っぽい」と思われるのだろう。彼らが今日食べているものも、そういったものだ。
「なんにせよ、管理をするための使用人は雇い続けるつもりなので、どうするか考えないといけませんね……ああ、ごちそうさま。バネッサ、散歩に行きましょう」
コンラートの口から「散歩」という単語が出たことに驚くバネッサ。彼はとにかく出不精だ。いつも魔塔の中に軟禁されていたせいもあるだろうが、バネッサと出かける時も、喜ぶ時と喜ばない時がある。そして、一人で外に出ることなぞ、ほとんどない。仕事で視察に行く時も、ハーニィいわく「最後の最後までぐだぐだおっしゃっています」とのことなのだ。
そんな彼が散歩だなんて。何かきっと自分に見せたいものがあるのだなと思う。それと同時に「わたしのためなら、外に出てくれるんだわ。この人は」と感じて、胸の奥が熱くなる。
夕食を終えた二人は別荘を出て、足元に気をつけながら木々の間を抜けて降りていく。外は暗かったが、コンラートの魔法で炎を灯したランタンがある。高台の別荘を出てしばらくすると、彼らは砂浜にたどり着いた。
「バネッサ。空」
「えっ……」
それまで、暗い中を歩くため、足元ばかり気にしていた。コンラートにそう言われて空を見上げれば、満天の星空が広がる。そして、ランタンでうっすら映し出された波。ずっと絶え間なく聞こえ続ける、ざざん、ざざん、と言う波の音が、少しだけ怖い。
「ね、コンラート。あれはなあに」
遠い場所に立っている大きな何か。その上の方に、灯りが見える。
「あれは灯台って言うんですって」
いかにも「誰かから聞いた」ことを伝えるように、コンラートは「えーっと」と思い出しながらバネッサに説明をした。
「あの光を目指して、海に漁に行っていた者たちが帰って来るとかなんとか」
「ああ……目印になるってことね」
「はい。どうですか。あなたにとって初めてのものばかりで……ああ、でも新しいものって、疲れますよね。もしかして疲れた?」
「ううん。疲れは夕食の前にちょっと寝たから大丈夫だけど……今日一日で色んな事がありすぎて。でも、不思議ね。波の音を聞いていると、それらが全部どうでもよくなっちゃうみたい……」
コンラートの服を握って、バネッサは瞳を閉じる。耳の奥に届く波の音。そっと瞳を開けて空を見上げると、満天の星空。いつも、空に星が出る時刻に自分は娼館の中にいて、こんな風に空を見上げることなぞなかった。
こんなに夜空は綺麗なのだ。こんなに星はたくさん瞬いているのだ。そして、自分が知らない場所で、水がこんなにたくさんあって、よくわからないが音をたててこちらに寄せて、そして白い波が消えるようにさーっと帰っていく。あるのに見えないもの。あるけれど知らないもの。いや、見たいとすら思ったことがないものたちばかりだ。
この、引きこもりで何もしない――語弊があるが実際そうなのだ――魔塔の主が、それらを自分に見せてくれる。それがあまりに不思議に思えて「どうして?」とつい呟いてしまった。
「えっ?」
「あっ、わたし……」
「今、何を言いました?」
「その……どうして、その、見たことがない場所に行こうと……? あなた、そんな好奇心がある人だったのね……?」
「ええ?」
心外だ、という顔をしてから、コンラートは大きく笑った。
「いや、いや、確かに。そのう、わたしもね。別に何も見なくてもいいんですけど……わたしはあなたに、初めてのことをたくさん教えてもらっているので……」
彼はそう言うが、そんなに自分は多くのことを教えただろうか、とバネッサは思う。身体の交わりは教えた。それから、人を殺さないようにとは、お願いをした。だが、それ以外に何かあっただろうか。そうだ。一緒に町中を歩いた。買い物をした。でも、どれも小さいことのような気がする。
「以前のわたしだったら、結婚式は何があっても断っていましたねぇ。国王が来るだとか魔塔の主としての立場だとか、そんなものはどうでもいいですし。それから、あなたのご家族を呼ぶこともしなかったと思います。でも、多分……それらは、いいこと、だったんじゃないかなって感じたりもして」
「……ええ。ええ、そうね。そうだと思うわ……」
それにはバネッサも賛同した。そうか。彼が言う「初めてのこと」は、ひとつひとつの事象のことだけではないのだ。何か心に繋がることがあって、どんどん彼にとっての「初めて」が生み出され続けているのだと腑に落ちたからだ。そして、それはとても良いことだと感じる。
これまでは、何をいっても「そういうものか」ぐらいでコンラートはあまり関心がない、だが、言われたらやる……それぐらいの感覚だったのに、確かにバネッサの家族を彼自身で呼んだのだと思えばそれは不思議ではあった。
なんとなく、彼は「そうした方がいいのかも」と思えるようになったのだ。それは、喜ばしいことだ。
夕食は早速近海から採れた貝のソテーが出て、それはバネッサの口にあった。見たことも聞いたこともない貝に最初は尻込みしていたものの、良い香りに負けてしまった。一度食べれば少し弾力性がある食感で、濃厚な旨味が口の中に広がった。
一方のコンラートは好き嫌いはあるものの、初めてのものは特に何も考えず口に運ぶようだった。彼も早速「おいしいです!」と喜ぶ。
「ねぇ、コンラート。ここを買ったって聞いたけど」
「はい」
「っていうことは、ここに今後また来るってこと?」
「そうですねぇ。我々が来てもいいですし、誰かに貸してもいいですねぇ。そうだ。ハーニィ夫妻も旅行に行くとか言ってたから、ここを勧めてもいいかもしれない。ハーニィも海を見たことがないと言ってたんですよね」
彼らが住んでいる王城近辺は、海どころか湖も近くにはない。川は流れているため、淡水魚は取れるものの、あまり多くは流通していない。よって、魚というよりも大ぶりの貝をスライスしたものの方が「肉っぽい」と思われるのだろう。彼らが今日食べているものも、そういったものだ。
「なんにせよ、管理をするための使用人は雇い続けるつもりなので、どうするか考えないといけませんね……ああ、ごちそうさま。バネッサ、散歩に行きましょう」
コンラートの口から「散歩」という単語が出たことに驚くバネッサ。彼はとにかく出不精だ。いつも魔塔の中に軟禁されていたせいもあるだろうが、バネッサと出かける時も、喜ぶ時と喜ばない時がある。そして、一人で外に出ることなぞ、ほとんどない。仕事で視察に行く時も、ハーニィいわく「最後の最後までぐだぐだおっしゃっています」とのことなのだ。
そんな彼が散歩だなんて。何かきっと自分に見せたいものがあるのだなと思う。それと同時に「わたしのためなら、外に出てくれるんだわ。この人は」と感じて、胸の奥が熱くなる。
夕食を終えた二人は別荘を出て、足元に気をつけながら木々の間を抜けて降りていく。外は暗かったが、コンラートの魔法で炎を灯したランタンがある。高台の別荘を出てしばらくすると、彼らは砂浜にたどり着いた。
「バネッサ。空」
「えっ……」
それまで、暗い中を歩くため、足元ばかり気にしていた。コンラートにそう言われて空を見上げれば、満天の星空が広がる。そして、ランタンでうっすら映し出された波。ずっと絶え間なく聞こえ続ける、ざざん、ざざん、と言う波の音が、少しだけ怖い。
「ね、コンラート。あれはなあに」
遠い場所に立っている大きな何か。その上の方に、灯りが見える。
「あれは灯台って言うんですって」
いかにも「誰かから聞いた」ことを伝えるように、コンラートは「えーっと」と思い出しながらバネッサに説明をした。
「あの光を目指して、海に漁に行っていた者たちが帰って来るとかなんとか」
「ああ……目印になるってことね」
「はい。どうですか。あなたにとって初めてのものばかりで……ああ、でも新しいものって、疲れますよね。もしかして疲れた?」
「ううん。疲れは夕食の前にちょっと寝たから大丈夫だけど……今日一日で色んな事がありすぎて。でも、不思議ね。波の音を聞いていると、それらが全部どうでもよくなっちゃうみたい……」
コンラートの服を握って、バネッサは瞳を閉じる。耳の奥に届く波の音。そっと瞳を開けて空を見上げると、満天の星空。いつも、空に星が出る時刻に自分は娼館の中にいて、こんな風に空を見上げることなぞなかった。
こんなに夜空は綺麗なのだ。こんなに星はたくさん瞬いているのだ。そして、自分が知らない場所で、水がこんなにたくさんあって、よくわからないが音をたててこちらに寄せて、そして白い波が消えるようにさーっと帰っていく。あるのに見えないもの。あるけれど知らないもの。いや、見たいとすら思ったことがないものたちばかりだ。
この、引きこもりで何もしない――語弊があるが実際そうなのだ――魔塔の主が、それらを自分に見せてくれる。それがあまりに不思議に思えて「どうして?」とつい呟いてしまった。
「えっ?」
「あっ、わたし……」
「今、何を言いました?」
「その……どうして、その、見たことがない場所に行こうと……? あなた、そんな好奇心がある人だったのね……?」
「ええ?」
心外だ、という顔をしてから、コンラートは大きく笑った。
「いや、いや、確かに。そのう、わたしもね。別に何も見なくてもいいんですけど……わたしはあなたに、初めてのことをたくさん教えてもらっているので……」
彼はそう言うが、そんなに自分は多くのことを教えただろうか、とバネッサは思う。身体の交わりは教えた。それから、人を殺さないようにとは、お願いをした。だが、それ以外に何かあっただろうか。そうだ。一緒に町中を歩いた。買い物をした。でも、どれも小さいことのような気がする。
「以前のわたしだったら、結婚式は何があっても断っていましたねぇ。国王が来るだとか魔塔の主としての立場だとか、そんなものはどうでもいいですし。それから、あなたのご家族を呼ぶこともしなかったと思います。でも、多分……それらは、いいこと、だったんじゃないかなって感じたりもして」
「……ええ。ええ、そうね。そうだと思うわ……」
それにはバネッサも賛同した。そうか。彼が言う「初めてのこと」は、ひとつひとつの事象のことだけではないのだ。何か心に繋がることがあって、どんどん彼にとっての「初めて」が生み出され続けているのだと腑に落ちたからだ。そして、それはとても良いことだと感じる。
これまでは、何をいっても「そういうものか」ぐらいでコンラートはあまり関心がない、だが、言われたらやる……それぐらいの感覚だったのに、確かにバネッサの家族を彼自身で呼んだのだと思えばそれは不思議ではあった。
なんとなく、彼は「そうした方がいいのかも」と思えるようになったのだ。それは、喜ばしいことだ。
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