世間知らずの魔塔主は優しい娼婦を溺愛する

今泉香耶

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24-1.甘い夜(1)

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「それでね、バネッサ。あなたを身請けして娼館から出して……わたしもまた、あなたに新しい生活をあげられたのかなぁって自分では思っていて……お互い、初めてのことをお互いに提供しあったのかなぁなんて」

「ええ、そうかもしれないわ」

「だったら、次は二人とも初めてのものを見たら、おもしろいんじゃないかなーって思っただけなんです。ね……バネッサ失礼しますよ」

「えっ?」

 突然コンラートはランタンを足元に置いて、バネッサを抱き上げる。

「きゃっ……」

「飛びますよ。あまり飛行は得意じゃないので、ほんの少しの間だけですけど」

「え、え、え?」

 そう言うと、コンラートは何かの呪文を詠唱した。すると、ふわりと体が宙に浮かぶ。

「わ、わ、わ、わぁっ……!」

 ざざん、ざざん、と暗い中で響き続ける波の音。その上を浮いたコンラートは滑るように移動をする。暗い海。遠くに灯台の灯り。そして満天の星空。その中で、コンラートとバネッサは淡い青白い光に包まれていた。

「見えないのは、不便なのでね」

「わたしたち、光っているのね?」

「はい。これもね、あまり長くは出来ないんですけれど……ほら、バネッサ。これだけ、離れました」

 そう言ってコンラートはそれまで自分たちがいた陸地のほうを向いた。光はあまり強くないが、なんとなく遠さはわかる。バネッサが彼の腕の中で「あんなに遠くなったのね」と驚くと、彼は次にぐるりと反対側を向く。

 暗い海はどこまでも続いていた。彼らを包む光は淡いため、海は遠くで闇に溶けていくように見えた。バネッサは少し怖くなったが、自分を抱き上げてくれているコンラートを信じて身を委ねる。彼の胸元に顔を寄せると、不思議と何も怖くなくなる気がした。

(そりゃそうよね。魔塔の主……この人は本当にすごい魔法使いなんですもの)

 コンラートはうきうきとしたように明るく笑う。

「ね。すごいですよね。どこまでいっても、水なんですよ」

 本当にすごい。すごすぎて、言葉に出来ないというのはこういうことなのだなとバネッサは思う。コンラートに抱かれて、遠くを見る。星が見えなくなった位置が、空と海の境目なのだろうか。わからない。

「ね、コンラート」

「はい?」

「……お母さんたちを呼んでくれて、ありがとう」

「お礼はもう聞きましたけど……?」

「そうね。でも、以前のあなただったら、きっと呼んでくれなかったでしょ。あなたは、たくさん変わろうとしてくれているんだわ。そのことに、お礼を言いたくて……ううん、変わらなくちゃいけないってことじゃないの。そうじゃなくて」

 潮風に吹かれながら、言葉を探すバネッサ。だが、コンラートはきょとんとした表情で彼女を見て、それから「あはっ」と笑う。

「わたしは別に何も変わっていませんよ。ただ、少しだけ知らないことを知った。それだけです。そう。昔の自分だったら知らないままだったであろうことを、ちょっと知っただけじゃないかなぁ。もちろん、それはあなたのおかげですし、知るのも悪くないと思ったのは事実です」

 そう言うと、コンラートはそっとバネッサにキスをした。また、深いキスになるだろうか、とバネッサは瞳を閉じて彼からの口づけを受け入れる。が、そのキスは深くなるどころか……。

「ん? あれ?」

 声をあげて、コンラートはバネッサの上唇をべろりと舐める。それから唇を離すと、自分の唇も舐めて驚く。

「しょっぱい! 一体どういうことなんだろう? ここの空気には塩分が含まれているのかな?」

と言っておもしろそうに何度も舐める。バネッサも自分の唇を軽く舐めてみた。確かに塩のような味がする。驚いてぱちぱちと瞬きをしていると、コンラートは目を見開いて呟いた。

「ありゃあ、味がしなくなっちゃった」

「……うふふ、ふふ、ふ」

 こんな時でも、コンラートはいつも通りだと思い、バネッサはたまらず笑い出した。すると、彼の顔がすうっと近づいてきて、もう一度バネッサの唇を奪う。

 まるで、言葉を飲み込むような深い闇の中で、互いだけがよく見えるようなかすかな光に包まれて唇を重ねる。

 遠く遠くどこまでも続く海と、どこまでも続く星空。それだけで「世界はとんでもなく広い」と感じられるのに、今、バネッサはコンラートしか見えず、コンラートしか感じられない。彼もきっとそうなのだろうか。いや、そうであって欲しいと思い、ぎゅっと彼の服を強く握って、自分の舌を求める彼の舌を熱く迎え入れた。

 ほんのわずかな、けれども深い口づけの後。唇を離したコンラートはにこにこと彼女を見下ろす。

「好きですよ、バネッサ」

 互いの視線が絡み合う。自分を見つめる優しげなコンラートの瞳。長い前髪の奥に見えるその赤い瞳。最初は少し怖いと思っていたが、今は違う。

「わたしもよ。コンラート」

 バネッサは瞳を閉じて、自分を愛してくれる魔法使いのキスをもう一度受け入れた。



「んっ、ん、ん……」

 部屋に戻るや否や、コンラートはバネッサの唇を再び貪り、彼女の体に手を這わせた。立ったまま、バルコニーに続く大きな窓に背をあてて、かすかにあえぐバネッサ。

 窓からはひんやりと冷たさを感じる。そこで、先ほどまで自分たちを淡く照らしていた光もが、海風から守るものだったことに気付く。

(この人、本当に……普段から、いろんなこと何も気づかないようで、でも、わたしにはすごく気遣いをしてくれるんだから……)

 その優しさが嬉しい。そして、それを優しいと言っても、彼はきっときょとんとしているのだろう。

「バネッサ、かわいい」

 そういって、彼はキスを沢山バネッサの体に落としていく。けれど、服を脱がせようとはしない。

「ね、ここ、すごくいやらしいですね」

 そういって、コンラートはバネッサの胸を服の上から揉みしだく。既に彼女の乳房の先は、これから与えられる快楽を漏らさず受け取ろうと反応して、硬くなっている。それが、服の上から見てわかるほどだ。

「すっごくいやらしい。でも可愛いから、このまま見ていたいな」

「やぁだ……」

 親指でそこをすりすりと撫でられれば、ぞくりとバネッサの背は反る。彼は「わあ」と言いながら、バネッサの乳房を隠す布を両手で左右に引っ張った。二つの胸の尖りが主張して布を持ち上げる。それを、コンラートは無邪気に見て喜んでいた。

 長年娼婦をやっていたけれど、そんな風に自分の胸を見られることなぞバネッサにはなかった。いつもならば、自分の胸を愛でるコンラートを「可愛いわね」と余裕をもっていられたが、これは恥ずかしい。頬を染めて「もう……」と所在なく呟くだけが精一杯だ。

「あっ、や、ん……」

 布の上から指の腹で擦られると、腰がひくひくとうねる。わずかに喉を逸らして甘い息を吐き出すバネッサ。

「可愛い、バネッサ。すごく可愛い」

「恥ずかしいわ……」

 コンラートは「ふふ」と笑うと、そっと唇を硬くなった胸の先端に近づけた。どきどきとバネッサの鼓動が高鳴る。彼の唇が、自分の恥ずかしいその場所を含むのだと思うと、ひゅっと息を吸い込んで、ぴたりと呼吸を止めてしまう。
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