魔界に行ったご令嬢~3分でお見合い即マーキング?~

今泉 香耶

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1.「魔界召集」に選ばれた公爵令嬢

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 リーエンの父親は公爵であり、この国の宰相補佐だ。多忙な彼の帰宅はいつも深夜近く。だが、その日、彼が馬車で王城から戻ってきたのは夕方頃だった。一体何があったのかと人々が訝しむ中、次女リーエンだけが彼の書斎に呼ばれたのだった。

「お父様……今、なんと……?」

「陛下からの勅命だ。明日の夕方、お前は魔界に差し出されることになった」

「わたしが……?」

「わかっているだろうが、断ることは出来ぬ。わたしも、まさか自分の娘の代に『魔界召集』が発されるとは思っていなかった……しかも、今日の明日のように急に発生するとは……」

 父親の悲壮な表情にリーエンは言葉を失った。
 嫌です、行きたくありません。そう言いたくても言えない、いや、言ってもどうにもならないことを彼女も知っている。
 彼女も『魔界召集』がどういうものなのか、知らないわけではない。普段は空間を隔て干渉をし合わないはずの魔界が、不定期に人間界へ『魔界召集』を命じることがあると。とはいえ、それは数百年に一度とも聞いており、どこか他人事で自分とは関係がないことだとずっと思っていたのだが――

「何も持っていくことは許されないとのことだ。お前は身一つで魔界に行くことになる……」

「何も……? お父様からいただいたドレスや、お母様の形見の指輪もですか」

「ああ」

「お姉様とお揃いの手鏡も、お兄様からいただいたお手紙も、何も持っていけないのですか」

「そうだ」

「そんな……」

 リーエンは父親の顔を見ることが出来ず俯き、床を呆然と見つめるだけ。思考が止まり、現実感を伴わず泣くことすら出来ない。

「すまない……お前を、魔族の嫁として差し出さねばならぬわたしのことを気が済むまで恨んでくれ……こればかりは覆すことが出来ないのだ……」

 父親はリーエンに頭を垂れる。わかっている。リーエンは自分が正しく愛されて育てられたことを知っている。自分の父が「国のために犠牲になってくれ」などと言って彼女を喜んで差し出すような人物ではないことを、娘である彼女は良くわかっていた。

 いいえ、お父様を恨むなんて、そんなことは出来ません……そう言おうとしたが、彼女の唇は半開きになったまま、声すら出ない。それほどまでに、彼女にとっても、いや、この世界の誰にとっても、青天の霹靂だったのだ。



 『魔界召集』とは、不定期に魔界から人間界が申し渡される、理不尽な命令のひとつ。
 申し渡されれば、人間界から「魔族の子供を孕ませる」ため魔界に転移させる女性を、国のトップが中心となって選出しなければいけない。

 申し渡しと同時に、魔界からの使者より転移石が渡される。必要な女性の数は、石の数。選ばれた者は転移石を渡され、時間になれば一瞬で人間界から消えることになる。

 そして、それは何の前触れもなく突然魔界から各国同時に申し出られ、たとえ戦争の最中だろうが、王族の葬儀の最中だろうが、すべてにおいて優先されるほどの命令なのだ。

 魔族は戯れで人間の女性を必要とするわけではない。
 魔力が大きすぎる高位魔族は、下位魔族と魔力の質が違い、その一族特有の魔力を持っている。魔力の質が違う者同士で婚姻を結ぶと、生まれる子供の魔力は変異し、両親どちらとも質が違う魔力を持った個体が生まれる。普通の魔族には何の問題もないことだが、高位魔族にもなるとそうはいかない。一族特有の魔力純度が高ければ高いほど強い個体となるため、当然魔力変異は最小限に留めるが望ましい。

 よって、自分と同じ質の魔力を持つ子供を産ませるために、魔力の質が違う相手と交わることはタブーとなる。では、同じ一族であれば良いのかといえばそうでもない。まったく同じ魔力の質を持つ者は、厳密には血族であっても存在しないからだ。その結果、一族直系の子供を作る時は、初めから魔力を所持しない人間の女を孕ませることが最良とされ、魔界召集が通例となった。

 各国が抗うことなく女性を送りこむのは、この世界では魔界からの「おめこぼし」を受けて人間界が保たれているからだ。魔力を持つ魔族達が人間界を侵略すれば、あっと言う間に決着がつくことを双方わかっている。魔族の長は「人間界は広すぎて統治する気もおきない」と言うが、いつ気まぐれを起こすかは誰にもわからない。よって、魔界召集は魔族からの「それだけに応じれば侵略しないでやってもよい」意思表示だし、人間側もそれに応じて「侵略しないでいただけていることに感謝しております」と返す以外選択肢はないのだ。

 かくして、国王からの勅命を受けたリーエンは、心の整理もつかないまま翌朝魔界へ転移されることになった。

(わたしが選ばれてしまったのは、わたしの体が強いからかしら……)

 魔族にも美的感覚はあるらしく、美しい女性が好まれると言われている。それゆえ、各国の貴族令嬢から選出されることがほとんどだ。余程その美しさが噂にでもならなければ、市井から選ばれることはない。身分が高ければ高いほど、美への投資が可能になるのだから妥当な話だろう。

 だが、リーエンは「そう悪くもないが、美貌を自慢出来るというほどでもない」という、自分でわかるほどに中途半端な容姿だ。唯一の彼女の自慢は美しいプラチナブロンドだが、顔立ちも「なかなか可愛らしい」程度だと自覚がある。何故ならば、彼女の近くには「誰が見ても美しい」と口を揃える姉がいるからだ。

 姉であるジェシカは華やかな顔立ちの美女で、今までも多くの貴族から求婚を受けていた。だが、体が弱く、よく寝込んでいる。魔界召集に選ばれるということは、交尾をして魔族の子孫を産むということで、それに耐えうる体が必要だ。ジェシカが選ばれず、リーエンが選ばれた理由はそれしか考えられない。

 姉を憎む気持ちはない。だが、健康すぎる自分が少しだけうらめしいと思う。

(子供の頃、旅の神官様に祝福を受けたからだと思うのだけど……今までは、元気すぎてお姉様に申し訳ないと思っていたのに、こんなことになるなんて)

 幼少の頃、若き神官らしき青年を助けた時に、お礼にと「この先あなたがありとあらゆる病魔を退けますように」とよくわからない祝福を受けた。それが仇になるような日が来るなんて、きっと祝福をした側ですら想像もしなかったことだろう。

 リーエンは、魔界から与えられた魔石を手にして約束の時間に自室で静かに待機をする。

 見送りは必要ない、一人にして欲しいと意地を張った彼女の言葉を家族はそのまま受け入れた。家族も屋敷の使用人も、彼女以上に取り乱していたし、ジェシカも号泣をしていた。だが、当の本人はまだどこかぼんやりしている。未だに現実味がない。だから、怒ることも悲しむこともうまく出来ないのだろうとリーエンはぼんやりと思っていた。

(ああ、今までわたしが持っていたすべてのもの、わたしと関わってくださったすべての人の縁もなくなって、恐ろしい魔界に行くなんて……一応「嫁ぐ」ことになるから、形ばかりはドレスを着て綺麗にしたけれど、これも魔族相手に意味があることなのか、何一つわからない……)

 無知ゆえに恐怖すらうまく湧いて来ない。自分は鈍いのだろうか、なんて思ったその時。

「あっ……」

 手に持っていた魔石が突然白い光を放ち、ついに彼女は人間界から魔界へと転移したのだった。
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