呪われし森の魔女は夕闇の騎士を救う

今泉香耶

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11-1.未だ残る痕(1)

「おっ、おい!?」

「ディア・ニーセル・ゴディア・カルテ……リアース・カートル・ヌンス・アリティンク!」

 すると、エーリエは文言を変えつつ、手からその石を湖に投げる。ボチャン、と水面に波紋が広がった。それが、湖の底についたのだろうか。ボン、と耳慣れない音がして、湖の底から突然水面を通過して、空にと白い光の帯が一瞬上がる。

「「!」」

 ノエルの手の平ほどの大きさの光の帯は、湖の水面側からどんどん薄れていって、空気に溶けたように消えていく。

 やがて、しん、と静まり返って何もなかったかのように、湖は元の姿に戻った。なんてことだ。こんな解呪があるのか、とノエルは驚く。

 ノエルは知らなかったが、解呪をして「呪いの気」を石に吸い取らせ、呪いがそこから再び漏れないようにと羽根で石をくるんで水底に投げる。そうすると、水圧で呪いが漏れることを防ぐ――あくまでもたとえの問題なので実際漏れることはほぼないのだが――のだ。そして、光の帯は、それの成功を解呪師に伝える狼煙のようなものらしい。

 実は、この森の湖は「そういうこと」に適した湖なのだと言う。湖の底には、解呪の石は勿論のこと、他にも魔法を唱える際に必要とされた媒体や、使い切ったものを供養するために沈められている。広い湖だが、その底には多くの魔力の残滓が漂い、そして、それらは湖の水で浄化する。そんなことをエーリエの4代ほど前の魔女の日記で読んだらしい。なので、湖畔に家を建てたという経緯がある。解呪は魔女の仕事でもないが。

「……ふう、ふう……」

 エーリエは膝を折って体を前に丸めて、息を荒くついている。そこへ、ノエルは声をかけた。

「エーリエ……湖に投げるなら、どうして最初から外でやらなかったんだ……?」

「ええっ!? あっ、そっ、そうです、そうですね!? いえ、違います、薬草が燃えると書いてあったので、燃えたら大変だと思ってですね……ああ、何にせよ、無事に……」

 まだ涙が浮かぶ目をこすって、後ろを振り返るエーリエ。すると、彼女はぴたりと動きを止めて、何度も瞬きをする。

「あ……」

「エーリエ?」

「あ、あ、あ……! わ、わたし……わたし、見える……見えます……! ノエル様のお顔が見えますっ……」

「!」

 そう言われたノエルは自分が仮面を外していることに気付いて、顔を背けて手で隠した。

「そう、そうか。も、もう見ないでくれ」

「どうしてですか? まあ、まあ、ノエル様、そんなお顔をなさっていたのですね。その、わたしは人の顔というものを初めて見ましたが……ああ、目がお二つ。鼻が一つ。口が一つ。本当に動物たちとおなじなんですね! それになんだか、えっと……なんだかよくわかりませんが、何か素敵なお顔のような気がします!」

 エーリエは興奮気味にそうまくし立てた。それから自分の目を閉じて、まぶたを撫で、鼻を撫で、唇を撫でる。彼女は今までそうやって「人の顔」を認識することしか出来なかったのだ。

 が、一向に顔をこちらに向けないノエルを見て、エーリエは「ノエル様?」と声をかけた。

「何もおかしいことはないと思うのですが……」

「いや……君は、今初めて人の顔を見たのだからわからないのかもしれないが……普通の人間は、顔にわたしのような赤い線のような……亀裂のような……蜘蛛の巣のような痣はないのだ……」

「ええ? あら? ちょっと、もう一度見せてください!」

「あっ、こら!」

 エーリエはいささか強引にノエルの手をとって彼の顔を見上げた。こんな強引なことをするのも、人の顔が見えることになっていささか気分が高揚しているからだろう。

「あら……?」

 エーリエは、きょとんとした表情だ。彼は「もういいだろう」と言って、大きな手で顔の上側を隠しながら後ずさった。

「赤い線……? 何も、ありませんが……」

「今は手で隠しているから……」

「いいえ、いいえ、先ほど、きちんとお顔を拝見しましたが……赤い線? 亀裂のような……? 何もありませんよ……? あざ……?」

 エーリエは心底困惑した表情でノエルを見る。どうやら彼女の言葉は嘘ではないようだ。ノエルは少しずつ落ち着いてきて、彼女に「鏡はあるだろうか」と尋ねた。

 二人は家に戻り、エーリエは彼をもうひとつの部屋に案内をした。そこは、エーリエが眠っている部屋らしく、起きてそこで着替えるようで姿見があった。ノエルは、その鏡に映る自分の顔を見て、大いに驚く。

「どういうことだ……わたしの……呪いの痕も消えている……?」

「ねっ、何もありませんよね? ノエル様が気にしていらしたのは、呪いの痕だったんでしょうか? もしかしたら、痕じゃなくて呪いが残っていたのかもしれません。一緒に解呪されたんですね」

 エーリエはそう言いながら、ひょい、とノエルの横から姿見を覗き込む。彼女は、自分の呪いが解呪されたことに心が湧きたっていて、自分の母親が解呪した「男の子」がノエルだとは思いもしない様子だった。

「まあ、わたし、こんな顔をしていたのですね。なるほど、なるほど……本当ですね。ノエル様がおっしゃってくださったように、菫色の目をしていたんですねぇ……」

 しきりに頷いて、エーリエは鏡面が曇るほど顔を近づけた。どうやら、自分の瞳を観察しているようだ。

「凄いです。人間の目というものは、白い部分があって、それから中央が色づいているんですね? うわぁ、よく見るとなんだか気持ちが悪いです。わあ、わあ、そのう、もしかしてわたし、これ……ええっと、これは、まつ毛ですね。まつ毛! 名前は知っているんです。ええ、名前だけ……そして、その上にあるこれ……これは、なんですか? あっ、眉と言うのですね……あまり気にしたことがなかったけれど、確かに、ここに毛が生えていましたね……これは細いでしょうか? ノエル様と比べて……何か食べ物が足りないのかしら……」

「食べ物ではない」

 ノエルは呑気な彼女の言動がおかしかったようで、声もなく笑った。

「わたしは男性だからか、少し眉が太いだけだ。君は、女性らしい可愛らしい顔立ちなので、それぐらいの眉でまったくおかしくない」

「可愛らしい……?」

「い、一般的に、見て、だ……」

 つい。つい口にしてしまったその言葉。ノエルは慌てて、よくわからない言い訳をする。だが、エーリエはそれを素直に信じて、鏡を覗いて感心しながら尋ねた。

「一般的に見て、可愛らしい……? ああ、人の顔を、可愛い、とか、可愛くない、とか判断なさるんですね? そのう、よくわからないのですが、ノエル様のお顔は、可愛いのでしょうか……?」

「わたしが、可愛い!?」

「はっ、はい……あっ、何かわたし、おかしいことを言いました……?」
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