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帰路①
しおりを挟む殿下はいつの間にか側まで来ていて、怪訝な顔で私を覗き込んでいる。
「さっきよりも酷い顔色だが……あの女、知り合いか?」
「いいえ……ご心配おかけして申し訳ありません」
私は下を向いたまま、先ほどまで座っていたソファへ引き返した。
おそらく殿下もクロエ嬢の顔を確認したはず。
その上で『あの女』と呼んだということは、おそらく二人はまだ出会っていない。
それよりも、なぜクロエ嬢がアデール様のお屋敷へ?
二人に接点があったなんて、巻き戻る前も聞いたことがない。
もしかして、私が知らなかっただけ?
本当は、二人は以前から知り合いだった?
ううん、そんなはずはない。
だってアデール様は、私という婚約者がいるのにもかかわらず、殿下の側に侍ろうとするクロエ嬢のことをよく思ってはいなかった。
殿下がクロエ嬢を拒否しないため、表立って非難することはなかったが、私と二人だけの時はかなり辛辣な言葉も口にしていた。
だとしたらアデール様に会いにきたクロエ嬢の目的とは?
もしかして、私と懇意にしているアデール様に、婚約者辞退の真相を聞きに来た?
それとも、婚約者の有力候補であるアデール様の意志を確認に?
駄目だ。考えれば考えるほどわからなくなっていく。
あんなことがあったから、クロエ嬢のことを疑いの目でしか見れない。
もしかしたら、単純にアデール様との仲を深めたいだけかもしれないのに。
アデール様に聞けたらいいが、迷惑をかけているこの状況で、しかも他人の人付き合いに口を挟むようなことはしたくなかった。
しばらくするとアデール様は、侍女とともにドレスと化粧道具一式を抱えて戻ってきた。
『遅くなってごめんなさいね』と息を切らす姿に、ありがたく思うのと同時に申し訳なくて、ますますなにも言えなくなってしまう。
アデール様とともにやってきた侍女が、私の乱れた髪を丁寧に梳り、汚れを落としていく。
その横で、アデール様は私の顔にできた擦り傷に、軟膏を指先に取り、優しく塗ってくれた。
「我が家の薬師特製の軟膏よ。とってもよく効くの。……でも、見た目ほど傷が深くなくて本当に良かった」
「ありがとうございます」
触れるか触れないかの力加減で塗ってくれているのは、傷口が痛まぬよう気を遣ってくれているのだろう。
「殿下、このあとはどうされるおつもりですか?」
「エルベ侯爵家へ送って行く。少し話もあるのでな」
「どんなお話ですの?」
アデール様の問いかけに、殿下は答えなかった。
「ねえ、リリティス様。今日はこのまま我が家に泊まっていただいても大丈夫よ。お身体もつらいでしょう?」
アデール様の心遣いを嬉しいと思えなかったのは初めてだった。
今は早くこの場から離れたくて仕方がない。
「ご迷惑をおかけした上に、せっかくのご提案をお断りするのは心苦しいのですが……」
今はただ、屋敷に戻って心を落ちつけたい。
アデール様はそんな私の言葉を黙って受け入れてくれた。
*
殿下は、公爵邸の馬車で送らせるというアデール様の申し出を断った。
なにを考えているのだとアデール様は怒っていたが、殿下は有無を言わさず私を抱きかかえると、再びオルフェの背に乗り、さっさと出発してしまった。
「馬車をお使いになった方が良かったのではありませんか」
オルフェも、休息を取ったとはいえきついだろう。
さらに言うと私もなかなかつらい。
「オルフェなら心配いらない。これは骨格に恵まれていてな。多少のことではびくともしない」
馬の骨格は遺伝的要素が強いと言われているが、確かにオルフェは他の馬に比べると身体も大きいし、筋肉のつき方も違う。
「それでも大変よね」
前を向くオルフェの首をそっと撫でると、心なしかスピードが上がったような気がする。
「現金な奴め。馬で帰れば多少目立つだろうが……場合によってはそれを逆手に取れることもあるだろう」
「逆手に?」
「まあ、こればかりは起こってみないことにはわからぬ」
私は疲労困憊で、殿下の言うことにいちいち反応するのも億劫になっていた。
「そういえばあの客人……デヴォンと言ったか?」
唐突な問いかけに、落ちついたはずの心臓が急激に脈打つ。
あの時、うっかり呟いたクロエ嬢の名前を、殿下の耳が拾ってしまったようだ。
「あの女……随分と雰囲気がそっくりだな」
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