君を信じてもいい世界なら

清塚かい

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第2章

18、芽吹き

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「いいよ~!その調子だよ~っ、頑張れフォクスくん!あとちょっと!」

 季節が変わり汗が滲む季節になった。頭を隠しているマントもそろそろキツく感じる。日光が燦々と注ぐ駐屯所の訓練場では、チルが両手をブンブンと大きく振り、歩行の練習をしているフォクスに声援を送っていた。

 村での一件以降、フォクスへどこか1歩引いた態度をとっていたチルが変わり、名前の呼び方といい、友とは言えずともこうして応援をする仲になっていた。

「あと、······もう少しでっ──!」

 ゴール地点まであと一歩というところで、フォクスは地面の僅かな段差に躓いてしまった。身構えた瞬間、フォクスのお腹に太い腕が回った。

「気をつけろ」

 黒の鎧を纏ったヴォルクだ。仕事終わりであるはずの彼は、疲れを微塵を感じさせない様子で片腕でフォクスを支えている。
 礼を言おうとフォクスが口を開けようとした声は、チルの声でかき消されてしまう。

「ちょっとちょっと、手助けは禁止だって!」

 小走りに2人の元に来たチルは、フォクスを立たせているヴォルクに指差しした。

 実を言うと、隊舎に戻ってから再度過保護が再発したヴォルクは団長のカルフによって『過保護禁止令』が出されていた。

 初めて聞いた時は聞き間違いかと思ったそれは、予想以上に怪我人が絶えず人員不足に陥った団の状況を見て、カルフ団長がヴォルク個人に出した異例の条令だ。
 簡単に纏めると、保護対象であるフォクスに必要以上構わず、何かした部下にも直接手を下すなという内容だった。

「······チッ」
「···え、ちょっとまって今舌打ちした?いいのオレにそんな態度取って、団長に言ったら世話係も外せるんだからな!」
「それよりも、こいつが先に居なくなるのが先だろ」

 ヴォルクはフォクスの足元にあるゴール地点──チルが地面に引いていた線に目を落とした。その線を数センチ超え所にフォクスは立っていた。転びかけたが、訓練場の端からここまでを自力で歩けていたのだ。

 驚いたフォクスとチルはパッと目を合わした。

「で、出来ました!私ついに歩けるようになりましたよ!」
「すごいよフォクスくん!毎日練習した成果だよ、おめでとう~!」

 ウェーイとチルにハイタッチをされたフォクスは、達成感と開放感で糸目を上げて喜びを顕にした。
 足の包帯が取れたフォクスは、この訓練場を自力で歩ききると保護対象から外されるのが決まっていたのだ。

「んー、嬉しいけどフォクスくんが家に帰っちゃうのちょっと悲しいな~。たぶんあんま会えなくなっちゃうしね」
「えぇ、そうですね」

 「そういえばキーロとイトネが会いたいって言ってたから今度遊びに来てよ~」と誘うチルを尻目に、フォクスはヴォルクへ視線を移していた。
 少し伸びた黒い前髪が、彼の目を覆っている。無意識に伸びかけていた手を途中で止めた。

 隊舎での生活は過保護なヴォルクと過ごした記憶で埋まっている。最初はチルに助けを求めたほど混乱と困惑にまみれていたが、あの日ヴォルクと話しをしたあたりから、自分の心情に少しだけ変化を感じていた。

 あんなに鬱陶しく思っていた過保護は、フォクスの怪我が無くなるにつれなりを潜めていた。元来無口気味のヴォルクは、世話が無くなるほど一緒にいるのに話す機会が少なくなってしまった。お喋り好きなチルとは、返事をしなくとも何倍も話しているのに。

 今では1人で入っているお風呂はゆっくり湯船に浸かっているとほんの少し、本当に少しだけ、自分の世話に真剣な彼を見れなくなったことを、どこか寂しいと思う自分がいたのに気づいてしまったのだ。

──今も、彼に何を言って欲しいのかは分からないが、何かを言ってくれるのを待っている自分がいる。フォクスは手でフード引き、目を隠した。

「···帰るのが楽しみです」

 ずっとそれを願っていたはずなのに、その言葉を口に出すのがやけに重く感じた。それを振り切るように、フォクスは荷物の整理をしてきますと隊舎へと向かったのだった。


 訓練場に残ったチルは、同じく残った同僚に肘をぶつけた。

「行って欲しくないなら、何か引き止める一言くらい言えよ」

 さっきからオレにだけ殺気漏れ出て怖いんですけど~と冗談交じりに言うが、まったくノリに乗ってくれないヴォルクはムスッと黙ったままだ。

「最初ら辺の勢いはどうしたんだよ。あの調子のお前だったら無理難題言ってでも引き止めただろ」
「あれは仕事を全うしただけだ」
「···へぇ仕事ねぇ?」

 チルは嫁と似た意地悪そうな笑みを浮かべた。

 何を言われても動じない男が周りが引くほどほどフォクスくんに過保護になったり、ちょっと絡んだ奴らを片っ端からボッコボコにしたり、オレが悪いけど宙吊りにして、夫婦で盛り上がってた所に乗り込んできて、フォクスくんを隊舎に戻したいからって無理やりオレを連れてったのに?

 もう一戦行けそうだった恨みが残っていたチルは、わざと棘のある言葉を吐いた。

「···まぁこれが適切な距離って感じでいいんじゃんか。どうせお前とフォクスくんは、オレとキーロみたいに?恋人でも夫婦でも、お前で言うと番でもないんだし??ただの世話役だもん──もがっ!」
「何が言いたい」

 チルの口はでかい手によって塞がれた。体格が違いすぎて顔が全部掴まれている。

「もがもがもがが、もがががも(何でもないです、すみません)」

 チルは村に行く前に過ぎっていた自分の予想に、なんでこの可能性が無いって決めつけたんだと自分に後悔をしていた。
 こんな事ならフォクスくんを試すんじゃなくて、こいつをもっと別の方法でからかうチャンスだったのにと。どっちにしろ宙吊りにされそうだけど。

「もががっ···──ぷは!!息できないわ!窒息したらどうしてくれんの」
「殉職扱いしてやる」
「お前に殺されるのに!?」

 ふざけんなと怒るチルを片足で蹴り飛ばしたヴォルクは、フォクスを追うように隊舎に向かった。

 初恋に戸惑っているガキがとヴォルクに中指をたてたチルは、あっと言い忘れていたことを言った。
 
「フォクスくんなんだけど、やっぱいくら調べても身元わかんなかった」

 チルはチンチラの特性を活かして、偵察するのを得意だ。
 敵の情勢や地理を調べたり、時には今回みたいに対象の過去を徹底的に詮索する仕事をしていた。人間はどんなに過去を隠していても、どこかしらに過去の情報が残っているものだ。チルが調べると9割は身元が割れる。残りの1割は──。

「あの子、番の意味もよくわかってなかったよ」

 目を見開いたヴォルクがチルの方を向いた。

 そんなの予想できないだろう。獣人にとって番を知らない人はいないんだから。
 どんなに興味のない子供でも知っている常識。それをフォクスくんは知らなかった。知らなかったからヴォルクの行動を過保護以上の意味に見えなかったのだろう。番を知っている身···というか察しの良い奴から見ると、ヴォルクの行動は初恋を拗らせた男が下手な方法で求愛をしているようにしかみえなかった。

 思えば結婚の年齢もどこかぎこちなかったから、それも知らなかったのかもしれない。

 経験上チルが身元を特定できなかった1割には、まるで対象が存在していないかのように、痕跡そのものが何かの力によって消されている。騎士団の力を使ってでも消せない力。

「別にヴォルクがこれで終わるつもりならそれでいいけど、フォクスくんの立場が予想よりやばいかもってのは覚えといてよ」

 これを聞いてどうすんのかは自分で決めろよと告げたチルに、ヴォルクはゆっくりと頷きフォクスの後を追ったのだった。



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