君を信じてもいい世界なら

清塚かい

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第2章

19、雨宿り

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 翌日。ついに帰省することになった日の空には、今にも雨が降りそうなほど、黒くどんよりとした雲に覆われていた。

「ここまでで大丈夫です」
「まだ着いていないだろ」

 トボトボと歩くフォクスの隣には、いつものように黒の鎧を纏ったヴォルクが歩いていた。
 初めの頃、フォクス片手で抱えて異常な速さで駐屯場に連れてきていた彼は、その時と違いゆっくりとした歩幅だ。考えるまでもなく、フォクスに合わせてくれているのだろう。

「お前を家まで送迎するのが仕事だ」

 気を使った発言はヴォルクにバッサリと断られ、フォクスは少し気まずい気持ちのまま歩みを進めた。元来2人とも積極的に話すタイプではない。チルが見たらヤキモキしそうな空気だ。

「···あ、雨」

 下を見ながら歩いていると、地面にポツポツと水玉模様ができた。その模様は瞬きをするうちに増え、あっという間に地面全体を同じ色に染める。稀に見る大雨だ。

 完治したばかりでまだ走るのが不慣れなフォクスは、オロオロしているうちにヴォルクに抱えられ、近くの木の下に避難される。青々と茂っている木の葉っぱは、かなりの量の雨を弾き上手く屋根代わりになってくれていた。

「濡れるだろ。それ以上前に出るな」

 雨の様子を見ようとするフォクスを止めたヴォルクは、幹に凭れて立っている。建物も周りにない環境だ。雨が止むまでここにいるつもりらしい。
 男2人が入るには狭い木の中、必然的にフォクスはヴォルクと肩が触れる距離で立った。ヴォルクと触れた肩部分に、じわりと湿った感覚がする。

「···!なんでそんな濡れているんですか!?」

 フォクスも多少は濡れているが、隣のヴォルクはそれを上廻るほどびしょ濡れになっていた。いつの日かフォクスが桶をぶつけたくらいの濡れ具合だ。マントで視界が遮られていたフォクスは普通に驚いた。

「そのうち乾くから気にするな」
 「無理ですよ。それ、私を庇って濡れましたよね」
「······」

 無言の肯定にフォクスはため息を吐いた。ヴォルクはフォクスが濡れないように、自分を盾にしながら抱えて避難していたのだ。
 怪我が治り始めた頃あたりから、当初のような過保護が鳴りを潜めていたヴォルク。ちょっとした手助けはよくされたが、自分を顧みない彼のやり方は久々だった。

「······動かないでください」

 フォクスは自身のマントを脱いで、ヴォルクの頭にかけた。動揺で僅かに揺れた肩に気づかないフォクスは、背伸びをしてワシワシとヴォルクの頭を拭いている。
 本当は外で耳を出すのは嫌だが、きっと雨で見えないだろうと自分で納得させた。

「もういい。お前の服が濡れるだろ」
「どうせもうすぐ家です。これこそ乾けばいいだけですから···それに、お別れ際に病気されるのは目覚め悪いですし」

 そう続けたフォクスの目に、自分の手を掴み損ねたようなポーズで固まっているヴォルクが映った。

“お前は人に触れられるのが苦手だろう”

 それを見抜いているヴォルクは、こんな場でもフォクスに気を使って手を止めるのを躊躇っていた。雨から逃げる時には抱えていたのに変な拘りだ。

「···別にあなたなら、触ってもいいですよ」

 雨音に紛れるほどの小声は、ヴォルクに聞こえたのだろうか。

 確かにフォクスは人に触られるのが苦手だ。軽く握手やハイタッチするならともかく、体の大きい相手に覆われるのは怖い。盗賊に襲われた時も内心怖くて仕方なかった。
 背の高いヴォルクもそれに含まれていたが、毎日毎日うんざりするほどお世話をされて慣れてしまった。顔に似合わず自分を労ってくる彼の優しい手に、慣れてしまったのだ。

 きっと私が嫌がることはしない。だから止めたければ触ってもいい。そんな意味を込めた言葉は、喉を通ると予想以上に小さく響いたのだった。

 変わった様子のないヴォルクに、聞こえなかったのかとフォクスは顔を下に向けた。自分がよく分からない。自分らしくないことを言ってしまったと、恥ずかしい気持ちになった。
 
「触ってもいいのか」

 雨音に隠れて聞こえた声に、フォクスは一瞬自分の幻聴かと思った。
 パッと見上げた先には、フォクスが拭いているマントで隠れている顔と、僅かに引き結ばれた形のいい口が覗いていた。目が見えないのに、布越しにしっかりとフォクスを見ているように感じて、ヴォルクの頭を拭いていたフォクスは、その体制のまま手を止めてしまう。

 そんな手を覆うように、ヴォルクの一回り大きな手で握られる。

「俺が、お前に、触れてもいいのか」

 一言一句、確認するかように聞いてくるヴォルクはいつも通りだ。いや、分からない。いつもの無機質な声とは違い、言葉の節々に手と同じ熱さを感じるのは気のせいだろうか。

──こんなに体温の高い人でしたっけ。

 フォクスは無意識に唾を飲んだ。

 握られた手が動くのと同時に、ヴォルクに被さっていたマントが少しズレた。
 雨を止めている新緑に勝る、宝石のような翠玉は目の前のフォクスだけを捉えている。

「お前は────」

 ヴォルクが何かを言おうとした瞬間、辺り一面に眩い光と轟音が響いた。激しい落雷が近くに落ちたのだ。衝撃音でフォクスの尾が、驚いた猫のように逆だっている。

 ヴォルクに頭を抱かれて守られているフォクスは、彼の腕の間から、雨に隠れて何やらそう遠くない場所で煙が立っているのが見えたのだ。

「燃えている」

 ヴォルクの硬い声に、悪い予感がフツフツと湧き上がる。

「私の家···」

 フォクスはそう口にした瞬間、濡れるのも構わず地面を蹴って走った。嫌な予感は的中するものだ。
 落雷に直撃されたフォクスの家は、見るも無残な姿で燃え盛っていた。

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