君を信じてもいい世界なら

清塚かい

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第1章

3、狐の身分

 き、気まずい。

 フォクスは死神に見間違えた騎士─ヴォルクに背負われて森を降りていた。

 前を歩く小柄の騎士─チルと言う青年は見た目にそぐわず力持ちなのか、背中に女性を背負い、前は男の子を抱っこしている。男の子は母親に会えたことと、騎士にかまって貰えてることが嬉しく、キャッキャと楽しそうな声をあげていた。
 前を歩く3人の微笑ましい光景を他所に、一言も喋らずに黙々と山を降っているヴォルクにフォクスは小さくため息を零した。警戒されるにしても、少しだけでもこの重苦しい空気から逃れたかったからだ。

※※※※※※

 ヴォルク達が所属する“斥候騎士団”は、貴族や王族を警護する“中央騎士団”とは違い、辺境地の巡回や盗賊掃討、情報収集などの任務を主に任されている騎士団だ。

 今回はこの地域の領主から、「平民に変装した妻と1人息子が誘拐された」と報せがあり、斥候騎士団が派遣された。
 フォクスがいた幌馬車にたどり着いたのはこの2人だけで、他の騎士達はそれぞれ手分けして被害者達の保護にあたっているそうだ。

 そう、驚くことに女性と男の子は本当に領主の家の者だったのだ。

 これが“嘘から出たまこと”と、言うことでしょうか。

 剣を当てられながらの事情聴取は、正直言うともうダメかと思った。
 本物の盗賊は皆息絶え、逃げた人達は男の子以外どこに行ったのか検討もつかず、フォクスの発言のみでは信ぴょう性が足りなかったのだ。

 だが、男の子の「きつねさんが逃げてって言ってくれたの」との鶴の一言でフォクスの首の皮は繋がったのだった。

「もうすぐ村に着くが、最初に診療所に行かなくていいのか」
「···は、あ···えっと、私でしょうか?それなら問題ありません」

 前の3人を眺めていたフォクスは、不意に話しかけられて動揺してしまった。

 背負われてから一言も話していなかったので、私以外の人に言ってる可能性も考えて答えたが、ヴォルクには「お前しかいないだろう」と不審そうな目で見られた。

 フォクスの右足は予想以上に重傷だったらしく、歩くどころか立つのも難しい状態だった。もしかすると足の腱が切れているかもしれない。

 ヴォルクによって簡易的に包帯を巻いて応急処置はされたが、しばらくは一人で薬草取りは無理そうだ。

 本音を言えば背負われているのも気まずいし、さっさと家に帰りたい。だが、騎士側も怪しげな人物よりも、優先順位的に領主の家に妻と息子を届けたいのだろう。

 そう思考していたフォクスはハッとしてヴォルクに話しかけた。

「あの、もしかしてこのまま私も領主様の所に行くのでしょうか」
「なぜそんなことを聞く」
「いやその。もしお目にかかる場合、私がいない方がいいと思いまして」

 フォクスがそう言うとヴォルクは怪しげな顔をした。

「···まず前提として、現場にいた以上、領主への報告に際してお前にも証言してもらう必要がある。他の被害者も見つかり次第、同様に対応をする予定だ。何か不都合な事でもあるのか?」
「それは······ないですけど」 

 この人は本当にわからないのだろうか。
 フォクスはダメ元で聞いたようなものだからと諦め、ずり落ちていたフードを静かに被り直した。

「おとうしゃ~ん!!」
「坊や!無事だったかぁ!!」

 しばらくすると村の入口で、涙目の領主が護衛と共に妻と子供を出迎えた。
 
 やや小太りな領主は、走ってきた息子をふかふかのお腹で受け止め、続いてチルから後ろにいた護衛に支えられた妻を抱きしめた。
 妻も子も大きな怪我はないと聞き、領主はよくやったと騎士2人をいたわり、ふとヴォルクの後ろに背負われたままのフォクスに目をやった。

「彼はどうしたんだ?」

 少しでも目立たないようにヴォルクに引っ付いていたが意味がなかったみたいだ。

「···あなた。この方が私と坊やを助けてくれたのですよ。そのおかげで足に怪我をしてしまって、騎士様に背負われているのです」

 領主の妻は少し気まずそうな顔で夫に耳打ちをした。

「そうだよぉ!悪いやつをボンって殴ってねぇ、僕とねぇおかあしゃんを助けてくれたんだよ!!」

 母親に続き意気揚々と話す坊ちゃんのセリフに「とんでもございません···」とフォクスは小声で答えた。

「私は目くらまし程度ですので···。盗賊を退けたのはこちらの騎士様ですので、お礼ならどうかこの方達へお願いします」

 フォクスはこっちを関わるなの意図を込めたのだが、領主達には逆に謙虚な恩人だと好感を抱かれてしまう。

「身分とかはこの際気にしなくてもいい!私たち家族の恩人なんだ。ぜひ顔を見せてくれ。領主として礼を言いたいんだ」

 嬉しそうな領主の隣にいる女性は、俯きがちにフォクスを不安そうな顔で見ていた──恩人だけれども、彼女は貴族として対処できない事態に困っている様子だ。

 平民だからとか、怪我をしているからとても見せれる顔ではないと言っても意味はなかった。

 これ以上断るとこっちの分が悪いですね······。

 領主のキラキラした目と共に、先程から断る度にヴォルクから鋭い気配が滲んで来ている身としては、我関せずと坊ちゃんと遊んでいるチルを羨ましく感じる。

 当たり前だ、辺鄙な村の領主とはいえ貴族の願いに平民は断れる立場ではないから。
 背負われている状態で話しているのも不敬だというのに、ここまでの行為を許しているこの領主は、とても懐の広い方なのだろう。

 フォクスは一息吐いてから、腹を括ってフードを落とす。
 特徴的な毛先だけが黒い橙色の耳と、辛うじて結ばれたボサボサの髪がみんなの前に露わになった。

「狐···」

 漏れた領主の声に続き、カチリと護衛が鍔を押す静かな音が響く。

 予想通りの反応にフォクスの口角は自然と上がり、狐らしい糸目の笑顔を披露して見せた。


「このような身ですから、お気持ちだけで十分ですよ」


 ごめんなさい──そんな女性の小さな声は、一体誰に言ったのだろう。




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