婚約破棄されたので聖獣育てて田舎に帰ったら、なぜか世界の中心になっていました

かしおり

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第一幕:失墜と再生の序章

5-4:聖女の檄、魂の叫び

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 斥候の若者がもたらした絶望的な報告は、シルヴァ村の広場を恐怖の底へと突き落とした。
 「魔物の大群が村へ向かっている」――その言葉は、領民たちの顔から血の気を奪い、楽しいはずだった祭りの雰囲気は完全に消え去った。
 泣き出す子供、茫然自失となる老人、そして武器を持たぬことを悔やむ若者たち。
 誰もが、これから訪れるであろう悲劇を予感し、なすすべもなく震えていた。

 アメリア・ヴァルディアもまた、その報告に内心では激しく動揺していた。
 これほどの規模の魔物の襲来は、彼女にとっても全くの想定外だった。
 しかし、彼女は決してその恐怖を表には出さなかった。
 自分がここで怯えれば、領民たちの心は完全に折れてしまうだろう。
 彼女は、ヴァルディア領の領主代行として、そして聖獣ヴィルのパートナーとして、今こそ民を導き、守り抜かなければならないのだ。

 アメリアは、深呼吸を一つすると、広場の中央、先ほどまで祭りの舞台として使われていた小さな壇上へと、静かに、しかし確かな足取りで歩みを進めた。
 その手には、何も武器は持っていない。
 しかし、彼女のヴァイオレットの瞳には、どんな鋼の剣よりも強い、揺るぎない決意の光が宿っていた。
 聖獣ヴィルもまた、アメリアの覚悟を感じ取ったのか、彼女の足元にぴったりと寄り添い、低い唸り声を上げて魔物の来る方向を睨みつけている。

 壇上に立ったアメリアは、恐怖に震える領民たち一人一人の顔を見渡し、そして、静かに、しかし全ての者の心に届くような、凛とした声で語り始めた。

「皆様、どうか顔を上げてください。…確かに、私たちは今、大きな危機に直面しています。恐ろしい魔物の群れが、私たちの故郷を、私たちの穏やかな日常を、踏みにじろうとしています」

 その言葉は、厳しい現実を隠すことなく告げるものだった。
 しかし、不思議と絶望感を与えるものではなく、むしろ、これから何が起ころうとしているのかを、はっきりと認識させる力強さがあった。

「怖いでしょう。不安でしょう。逃げ出したいと思うのも、無理からぬことかもしれません。しかし…!」

 アメリアは、そこで一度言葉を切り、声を一段と張り上げた。
 その声は、もはやただの侯爵令嬢のものではなく、民を導く指導者の、魂からの叫びだった。

「しかし、私たちは、ここで諦めるわけにはいきません! 私たちは、このヴァルディアの地で、ようやく希望の光を見出したばかりではありませんか! この手で土を耕し、この手で家を建て、そしてこの手で、ささやかながらも幸せな未来を築き上げようとしてきたではありませんか!」

 アメリアの言葉は、領民たちの心に眠っていた、ささやかな誇りと、そして生きる意志を呼び覚ますかのように響き渡る。
 そうだ、自分たちは、この地で懸命に生きてきたのだ。
 何度も絶望しそうになりながらも、決して諦めなかったではないか。

「この芽吹き祭も、皆様が力を合わせて作り上げた、私たちの絆の証です! この美しい村を、私たちの子供たちの笑顔を、そして、私たちが愛するこのヴァルディアの地を、どうして魔物なんかに好き勝手にさせていいものでしょうか!」

 アメリアの瞳からは、涙が溢れそうになっていた。
 しかし、それは決して弱さの涙ではない。
 愛するものを守りたいという、燃えるような情熱の涙だった。

「私は、逃げません! このヴァルディアの地を、そしてここに生きる全ての民を、この身に代えても守り抜きます! 私の隣には、聖獣ヴィルがいます。そして、勇気ある騎士ディランと、頼もしい自警団の仲間たちがいます! でも、それだけでは足りません! どうか、皆様の力を、私に貸してください! 共に戦い、この危機を乗り越えましょう!」

 アメリアは、両手を広げ、領民たちに訴えかけた。
 その姿は、まるで神話に登場する戦乙女のように、気高く、そして美しかった。
 彼女の魂からの叫びは、恐怖に凍り付いていた領民たちの心を、確かに溶かし始めていた。

 最初に反応したのは、自警団の若者たちだった。
 彼らは、アメリアの言葉に呼応するように、手にしていた槍や剣を力強く掲げ、雄叫びを上げた。
 続いて、村の男たちが、農具や棍棒を手に立ち上がる。
 そして、女性たちも、子供たちを守るために、石や棒を手に取り、戦う意志を示した。

「アメリア様…!」
「俺たちも、戦います!」
「この村は、俺たちの手で守るんだ!」

 広場は、先ほどまでの絶望的な雰囲気とは打って変わり、魔物に立ち向かおうとする、熱い決意と団結力に満ち溢れていた。
 アメリアの言葉は、彼らの心に眠っていた勇気を呼び覚まし、そして一つの大きな力へと変えたのだ。

 ディランは、そんなアメリアの姿と、そして領民たちの変化を、深い感動と共に見つめていた。
 彼女は、もはや守られるだけの存在ではない。
 人々を導き、奮い立たせる、真のリーダーへと成長したのだ。
 その事実は、ディランに大きな誇りを与え、そして彼自身の戦う意志をさらに燃え上がらせた。

 アメリアは、領民たちの力強い眼差しを受け止め、そして力強く頷いた。
「ありがとう、皆様! 必ず、この試練を乗り越えましょう!」
 その声は、ヴァルディア領の空に、希望の狼煙となって高らかに響き渡った。
 迫り来る魔物の大群を前に、辺境の民は、若き聖女と共に、今まさに運命の戦いへと身を投じようとしていた。
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