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30.新たな婚約2
しおりを挟むメーベルト伯夫人の動きを、エルウィンには探る術がない。ただ、ルイーゼを見舞いに行った際にふと向けられる視線に、嫌なものを感じてはいた。
そんな中、いつものようにルイーゼの見舞いに訪れたエルウィンは、別邸の応接室で話し込むメーベルト伯夫人とマルグリートの会話を聞いてしまった。
「ルイーゼ様に新しい縁談を?!」
「ええ。それがあの子のためなのです。今のままでは、あの子は平民に呪い殺されてしまうわ! 番い様に仇為す想いを抱く娘が悪いのでしょうが、わたくしの娘なのです。許されるのであれば、どのような手段でも用いますわ。夫は何を考えているのか、理想論ばかりで手をこまねいているようなので」
メーベルト伯夫人は続ける。
「わたくしはおかしいかしら。わたくしには、『番い』は惹かれ合っているようにしか見えないのです。冷静に考えれば、彼はルイーゼに執着しているようにも見えるのに、次の瞬間には気のせいなのではないかと思えてくる」
メーベルト伯夫人がそう思うのも無理はない。
龍神に愛されてているソフィアの意志に従うことが、種族維持本能ではあるのだ。
「娘も、貴族の娘として後戻りができないと分かれば、諦めるでしょう。娘は面食いなようですが、彼ならば、娘も満足することでしょう」
「……奥様?」
マルグリートは心配そうにメーベルト伯夫人へ問いかけるが、夫人は彼女の質問の意図を分かっていながら名言を避ける。
ルイーゼは新しい婚約者と引き合わされ、後戻りも出来ず諦めなければならないような事態に陥る――それが何を意味するのか、エルウィンの背筋に嫌な汗が伝う。
――いや、考えすぎだ。実の母親が、そんなことを…………。
話は終わりだと、応接室を出ようとするメーベルト伯夫人とかち合わないよう、エルウィンは慌てて姿を隠した。
夫人が立ち去った後、部屋に残されたマルグリートはエルウィンがそこで立ち聞きをしているのを知っていた。夫人は気づいていなかっただろうが。
そもそも、二人がここであのような話をする羽目になったのは、夫人がマルグリートからエルウィンにルイーゼから離れるように説得してもらうためでもあった。
娘には新しい縁談が用意されている。ソフィアに呪われ殺されたらたまらない。
母親として、分かる部分もある。だが、その方法は行き過ぎているのではないか。マルグリートは不安を覚えていた。夫人の、あの強行は番いの効力によるものではないのだろうか。
「エルウィン様、落ちついてくださいね?」
マルグリートは嫌な話を聞いて、エルウィンがやけを起こしてしまうのではないかと思ってしまったのだ。
冷静に考えているつもりだったのに、エルウィンはやはり動揺していたらしい。
あれほど周囲に気を配っていたというのに、ソフィアに気づかれてしまったのだから。
「エルウィン様!?」
「ええ、お前に会いに来たようですね。よかったですね、ソフィア」
「……はい!」
滅多にない義母であるメーベルト伯夫人からの温かい言葉に、ソフィアは瞳を潤ませて喜んだ。
エルウィンは鬱々とした心持ちで、ソフィアが待ち受ける本邸へと訪れる羽目になってしまったのだ。
「貴女はお役目があるのでしょう? エルウィン様はわたしが送り届けるから、貴女は帰って良いわよ!」
ソフィアは気遣いと牽制を半分ずつに、マルグリートを屋敷から追い出すことに成功した。
エルウィンもマルグリートも、お互い気がかりなことが残りつつも、今この場でソフィアに盾突くことの悪影響を知らないわけではないから。
「お姉様にはもう新しい婚約者がいるんですよ! エルウィン様、わたし達も早く結婚しましょう?」
「……っ」
「その程度だったんですよ、お姉様のエルウィン様への想いなんて! わたしは違いますよ? エルウィン様が好きです! エルウィン様だけを愛しています! わたしは絶対に裏切りません! エルウィン様! エルウィン様?」
「一人にしてくれないか」
「そんなこと言わな――」
エルウィンはソフィアを冷たく遇いたかった。
けれど、そんなことをすればルイーゼにどのような被害が降りかかるか分からない。傍に居たい。彼女の支えになりたい。
もう、彼女とは心を確かめ合っている。
ルイーゼを守るためには、ソフィアを殺すしかない。
しかし、今や龍神の奇跡を持つと教会のお墨付きすらある彼女を殺せば、ルイーゼと幸せになることは、できなくなるだろう。
ジェヒューの話によると、新しい婚約が整ってから、ルイーゼの体調は回復してきているらしい。自分との婚約が整い、ソフィアの精神が安定しているからだろう。
幸せに……なれるはず、だったのに。
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