私を溺愛している婚約者を聖女(妹)が奪おうとしてくるのですが、何をしても無駄だと思います

***あかしえ

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31.伯爵夫人としての顔

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「聞いてないわよ! 一体どういうこと?!」

 ルイーゼの怒りに満ちた叫び声が、メーベルト伯長男ジェヒュー・メーベルト別邸の、決して狭くはない客間に響き渡る。
 彼女の悲鳴を聞くのは彼女にドレスを着付けている五、六人のメイド達だけ。日頃からあれこれお世話になっている彼女達に無体を強いるのはルイーゼの望むところではない。

 ――だからってこのまま黙って顔合わせをさせられるつもりはないわっ!

 メーベルト伯夫人の手腕によって、ルイーゼには何一つ知らされることなく、新しい婚約者との顔合わせの場がセッティングされていたと知ったのはついさっき。ランチの終わりとともに母親からそう告げられた。相手は隣国の王家の血統に連なるもの――と、ルイーゼは聞かされた。
 ソフィアと父はメーベルト邸に滞在中で、今日のランチは母とルイーゼの二人きり。メーベルト家・長男の別邸、しかもメーベルト家の当主がこの場にいない……ということもあり、今回の顔合わせは正式なものではない。

 ――お母様もそれはよく分かっているはず……。それなのに今日この時に顔合わせをさせる意味なんてあるのかしら? ――なんて思っていたのよ! お母様ったら!!!

「お嬢様動かないでください!」
「動くに決まってるでしょ?!」

 メーベルト伯夫人が今日のために見立て、ルイーゼに内密に用意していたドレスは、実際に着るまで分からなかったが胸元が大きく開いた……とても扇情的なデザインの赤いドレスだった。
 自分の赤い髪には映えると言えば映えるデザイン。
 主張しすぎない品の良い刺繍が施されたこのドレスは……スカート部が上品であればあるほど、胸元が強調されていくようでルイーゼは薄ら寒くなってきた。普段は胸を潰すタイプのドレスを着ているので目立たないが、そこそこ激しい主張を見せている。

「冗談じゃないわよこんな慎ましさの欠片もないドレス!!! 誰よこんなドレス選んだの! チェンジよチェンジ!!」

 使用人に食ってかかるが彼女たちは聞く耳を持たないが。母――メーベルト伯夫人の命令を優先するのは当然のことだ。
 母が何故こんなドレスを選んだのか、それを考えると頭が痛くなってくる。こんな格好で行ったら、相手だってこちらが乗り気だと勘違いするかもしれない。後々面倒なことになるのは目に見えてる。

 ――新しい婚約者ですって?! 私の婚約者は今も昔も一人だけよ!

 ルイーゼは憤慨していた。高位貴族と婚約者としての顔合わせをしたなんてエルウィンに知られたら……と思うといても立ってもいられなかった。エルウィンはいつだって口には出さない。口に出さないだけで、気にしていないわけではないし傷ついていないわけでは断じてない。
 むしろ彼は、人一倍傷つきやすい性格をしているのではないかとさえ、ルイーゼは思っていた。毎度毎度、ソフィアの猛攻を必死に躱そうとしているエルウィンを、ルイーゼは信じている。

 しかし同時に、母親の予想以上の頑固さと内政の巧みさには感心してもいる。この巧みさえを、別方面に活かして欲しかった。
 その母は今、急ピッチで客人を出迎えるための準備にかかりきりになっている……はずだ。
 
 父がいようがいまいが、来客が来てもいいように邸内を調えるのは伯爵夫人である母の仕事だ。そして通常であれば、数日前から邸内を使用人総出で調えるものだが、今回はルイーゼに勘付かせないようにするため、極力作業を先延ばしにしてきた。

 奮戦虚しく、ルイーゼの着付けは完了した。大きく開いたデコルテには、それにふさわしい豪華なネックレスがつけられる。

「準備は出来ましたか、ルイーゼ」
 部屋の扉を開けて母が落ち着いた足取りで室内に入ってきた。
「お母様も準備は万端のようですね」
 ルイーゼは精一杯の嫌味を言ってみせたが、そんな口撃が通じるような人ではないことはルイーゼが一番よく分かっている。

「お客様がお待ちです早くいらっしゃい」
「え……もういらしてるのですか?!」
「当たり前でしょう。貴女の大声が聞こえなくてよかったわ」
 ルイーゼはメイドたちとの攻防に気を取られていて、来客者が奏でる物音に気づかなかった。



 
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