クズは聖女に用などない!

***あかしえ

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第一部

14話

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 とかく面倒事というものは、重なりやすくできているようです。

 ウェルス卿から頂いたドレスを、背中を縫うために部屋に吊しておいたのですが、少々目を離した隙に侵入していたらしい聖女様に盗まれました。証人はマクマです。……まあ、実質居ないようなものです。

 父が顔で選んだ接客メイドは、コーベル公爵とガーヌ公爵の区別がついていない上に、先日ウェルス卿が訪問されてから注意散漫となっていた始末ですし、縁で押しつけられた執事は、傲慢で無教養……。
 ……父は実は子爵家を潰したがっているのでしょうか?!

 ですが一瞬、これは好都合なのではないかと思ってしまった自分がいます。折角頂いたドレスですが、別の公爵家ご令嬢に奪われてしまいました。盛大に遺憾の意を表明させて頂きたいと存じます――ということで、終わりにしたことでしょう。

 ……コーベル嬢が逆ハーを築きつつあることを知らなければ……!

 ミントの話では、二人には常軌を逸した穢れが見られるとのこと。
 聖女様は未だ神聖魔術が使えない有様で、前回の浄化実習では、私の人払いの術に耐えることができたのは、ジャン様のみという体たらく……。
 流石の私も、危機感を抱きます。

 聖女様は私のドレスを盗んでどうされるおつもりなのでしょう? 彼女も、今は公爵家の養女なのですから、ドレスなどいくらでも手に入るでしょうに。



 ともかく、ウェルス卿に事の次第を告げなければ……と、思いながら中庭に面している玄関廊を通っていたところ、ジャン様をお見かけしましたので、相談してみることにしました。

「――どういうことですか、それは?!」
 ジャン様は驚愕の表情を浮かべています。ですが、相談していた際の驚きポイントと申しますか、それらを鑑みるにウェルス卿が私にエスコートの申し出をされたことからご存じなかったようですね。「どうしてそんな……」と、若干青い顔をされております。彼にとってのウェルス卿は、どのような存在なのでしょうか?

「ドレスの件はいいんです。私も気乗りしない催しなので……」
「本当……ですか?」
「ええ」
 ドレスを台無しにされた私に思うところがあるのか、ジャン様の顔は曇ったままです。彼の落ち度ではないのに、そのような顔はして欲しいものではありません。

「それで、この件を口実に、ご辞退申し上げようかと」
 自分では妙案だと思っていたのですが、思い詰めたような顔をされているジャン様を見る限り、これは愚策だったようですね。
 まさか贈り物を無くすなんて死刑! ……なんて言い出す気は……ないですよね? いくらなんでも………………。
「兄ならば、その程度の事柄は問題になりません。何なら気に入らなかったから、捨てたのだと言ったとしても、顔色一つ変えず、翌日新しいドレスを送ってくるでしょう」

 ……その発想が無かったのは、我が家が貧乏子爵家だからでしょうか。それにしても困りましたね、このままではまた同じようなデザインのドレスが送られてくる羽目に……そんなことになれば、ますますご辞退申し上げにくく――――!

「ウェルス卿は、私を夜会に引きずり出す事で何のメリットがあるというのでしょうか?」
 こんな状況に追い込まれ、愚痴の一つや二つ、言いたくなります。
 ……おや? ジャン様の様子が、少々変です。元気がないと申しますか……?

「兄の考えは……俺には分かりません。俺だけではないでしょう。姉上も、分かってはいないのだと思います。ガーヌ嬢関連の騒動についても、兄が問題視している箇所と、姉や両親が問題視している箇所は別のようですし……」

 ――やはり、寝不足なのでしょうか?
 考えてみたら、ジャン様はよく私の様子を心配して下さいますが、私ってば…………これは、マクマに屑呼ばわりされてしまうのも納得ですね。

 ――今は中庭には人が居ませんね……。

「ジャン様、最近寝不足ですか?」
「……はい?」
 脈絡の無い話を始めてしまったため、当然のことながら、ジャン様は驚かれてしまいました。
「こんなところで立ち話も何なので、座りましょう!」
 ……と、些か強引な手段ではありますが、ガゼボにジャン様を連れ出してゆっくりしてもらうことにしました。この間のようにジャン様が夢現であったなら、速攻で神聖魔術を用い、癒やすことができるのに。
 手持ちのお菓子もないし……………………ん?

「この菓子、先程までありましたっけ?」
 ジャン様がテーブルの上にいつの間にか出現していたお菓子に、疑問の声を上げます。――こんなことをするのは……と周囲を見回すと、机の下から「エヘン!」と言わんばかりに顔を覗かせたミントと目が合いました。
 気の利くミントには、惜しみない拍手を送りたい気持ちです。マクマにも見習わせてやりたいです。というか、ミントが普通の精霊なのに、マクマが精霊とは世も末ですね。

「天からの差し入れです! さあ、食べて嫌なことは忘れてしまいましょう!」
「嫌な事って……貴女にとって、兄上に誘われたことは嫌なことですか?」
「当然です。あの方はジャン様とは違いますし――」
「――えっ……」
「あれっ? いえその……だってあの人は…………」



 ――ジャン様から――――――――――――――――――――。




 ああ、どうやら私は、ジャン様と夜会に出たかったようです。




「モニカ嬢?」
「いえ………………何でもありません。そう言えば、ジャン様はもうパートナーをお決めになったのですか?」

 彼に誘われたがっているご令嬢は多いです。実際、今日も遠回しにアピールを散々受けていたようです。コーベル嬢への厭顔いといがおから、世間的には聖女様の逆ハーメンバーと思われているにも関わらず、彼はモテモテのままです。解せません。他の方々は総スカン状態だというのに。

「俺は、先を越されてしまったようなので」
「そう……ですか。その方は………………馬鹿ですね」
「え?」
「馬鹿です」
「……そんなことは、ありませんよ」
 ミントが持ってきてくれたお菓子は、とても美味しく、食べていると少しだけ嫌なことを忘れさせてくれます。

 このまま夜会のことも綺麗さっぱり忘れることができ――れ――――――……。


『わーっ!! ストップストップ! モニカストップーっ!!!』
 出し抜けに人の後頭部を蹴るという暴挙に出たのは、例によって例の如くマクマでした!
「いったぁっ!」
「どうしました?!」
 ジャン様に問題なしの身振り手振りをしながら、マクマを捕獲しその所業について問い詰めてみました。
『危ないんだよ! 本当の本当に本気で強く願ったりしたら、危ないんだよ!』
 ――どういう意味?
『えっと……だから……その…………』
の側にいるから、その影響を受けて尋常でないほど魔力が高まっているので、危険なのです!』
 マクマがオロオロし始めると、それをフォローするかのようにミントが現れました。やはりマクマとミントは役割を入れ替えた方が……。

 『また失礼なこと考えてるーっ!!』といじけて暴れるマクマを、『落ち着いて下さいーっ!!』とミントが宥めすかしつつ二人で遊び始めていましたが。
『でも、本当なのです! モニカ様が本当の本気モードでお願いごとをすると、神聖魔術が発動してしまう場合があるのです!』
「え、なんで? 今までそんなこと無かったのに」
『今まで無かったのは、感情が強く揺さぶられるようなことが無かったからです』
「そんなことな――」


「どうしたんですか、モニカ嬢!!!」
「わっ!」
 精霊達とのやり取りに熱中し過ぎていたところ、ジャン様に唐突に腕を強く引かれました。気付いた時には目の前に、激しい焦燥を浮かべているジャン様のお顔がありました。

 ――な、何事?! ……ああ、ジャン様には精霊が見えないのでしたね。ということは……愚痴やら暗い話を散々した後で、いきなり虚空を見つめて意味不明な独り言を言い始めた私は…………精神状態を心配されているのでしょうね…………。

「す、すみません……も、もう大丈夫ですので……」
 私の様子はそんなに不審だったでしょうか。ジャン様は未だに心配そうな面持ちで、手を放す気配がありません。

 ……そうでした。ジャン様は、昔から優しい人でした。だから、でしょうか? 聖女様の取り巻きと思われていても、他の人達のように蔑まれ遠巻きにされることもなく……。時折、トラブルの仲裁役を頼まれていたのも……知っていました。全部全部、あまり考えないようにしていたのですが……。

「…………兄の誘いが、それほど嫌ですか?」
「いえ、大丈夫です! 我慢しますか――」


「ならその夜……貴女を連れ去る許可を頂いても?」




 …………これってまさか……ミントが言っていた、『私が強く望むとおかしな魔術が発動する』……のせい?!







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