クズは聖女に用などない!

***あかしえ

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第一部

42話 【ジャン】その1

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 その子を初めて目にしたのは、姉上の八回目の誕生会でのことだった。
 いつもの姉上のご友人達とは毛色の違う、よく言えば素朴で落ち着く、悪く言えば野暮ったい、そんな子だった。

 その当時、俺は姉上のご友人が苦手だった。顕示欲の強い自己愛の塊のような彼女達が。どうして姉はあのような方々とばかり連むのか、と不満だった。
 今にして思えば――年相応な自意識過剰さと、始まったばかりの貴族義務の教育によるものだったのだろう。

 父に連れられて来たその子は、自分が歓迎されていないことを分かっていた。分かっていなかったのは、上機嫌な彼女の父親だけだっただろう。
 所在なさげな様子で、完璧な所作を行う姉上に拙い挨拶をする羽目になっていた彼女に、ほんの少しだけ同情した。

 ――それだけだった。それだけの、はずだった。何事もなければ。



 、来客の挨拶に付き合わされた俺は、一通りの挨拶が終わると早々に自室に引っ込み、窓から入ってくる中庭の喧噪を傍耳かたみみに読書をしていた。
 ――尋常ならざる悲鳴が聞こえてくるまでは。

 慌てて中庭を注視すると、が中庭になぜかたった一人で取り残されているのが見えた。
 何をしているのかと考えるより先に、答え火の玉が降ってきた。
 ――沢山の火球があの子を襲っている?!
 バルコニーを見上れば、一人の女が見た事もない醜悪な顔と醜い声で、高らかに笑っていた。

「おほほほほっ!」

 ――は、誰だ?
 それは青天の霹靂だった。あの時まで、俺の中で姉は、美しく気高く崇高で淑女の中の淑女、理想的な将来の王妃そのものだったのだから。

 慌てて中庭へと続く柱廊を走りながら、目的地へ向かう。
 ――目の前にある異様な光景に吐き気がした。アレが血の繋がった実の姉だなんて思いたくもない。

「きゃああっ! いやあぁっ!!! 父さまぁっ! 母さまぁ!!!」

 一階へ下りると少女の絶叫がダイレクトに聞こえてくる。
 非日常の恐怖さえ感じる。少女が、その命を守ろうと襲い来る火の玉を避けるため、一階の柱廊へ逃げ込もうとする度に――――が邪魔をしている??!

「ここは、貴女のような下位貴族が、立ち入ることの許されたエリアではないのよ?」
「こっちもダメよ」
「あっちで遊んできたらいかが?」
「子供は元気ねぇ?」
「おほほほ」
「やあぁっ! 入れてぇ! 怖いよぉ!!! 助けてぇ!!! いやああぁぁぁ!!!」

 ――なんと……なんということを…………っ!!!


「――君! こっちへ!」
 俺は目の前の邪魔な大人を二人蹴り出して、空いたスペースへ彼女を誘導しようとした。けれど――――――――――――間に合わなかった。


「ぎゃあああああっ!!!」

 コントロールを失ったのかわざとなのか、姉が作り出した炎は彼女の背中に命中し、その小さな体をあっという間に覆い尽くした!
 すぐさま駆け寄り、火を消すため自分の上着で彼女の体を叩くが……火が消えない! くそっ!

 消えるまでその動作を続けていると……傍観を決め込んでいた周囲の大人達が、先程俺が蹴り出した醜悪な大人達が、皆、ようやく救助にあたり始めた。

 ――はじめたからだ……!



 治癒師が応急処置を済ませ、専門の施設へ彼女を移送し終えたのを見送っても、俺は少しも安堵できなかった。本当は自分もついて行きたかった。
 バルコニーから姉のものすごい泣き声が聞こえてきたが、俺はもう、気にも止めなかった。大人達は、血相を変えて姉上の様子を窺いに行ったようだけれど。

 彼女の意識が戻ったと聞いて慌てて会いに行った。けれど、俺にまとわりついてきたのは、意味の分からない姉上のミニチュアのような少女だった。

 ようやく会うことができた彼女は、当然俺のことなんか覚えてなかった。だから初めの内は興味本位でやってきた姉上の手下だと思われて、相手にもしてもらえなかった。




 ◇


「モニカ嬢の聖女認定、並びにフレデリック殿下とのご婚約が決まったよ」
 常日頃から、飄々として何を考えているのか全く読み取ることのできなかった兄が、珍しくこちらを気遣いながら、窺うようにそう告げた。

 ――彼女と出会った当初は、取り付く島も無かった。だけど――。

 無表情だけれど、ちゃんと返事をしてくれるようになった。
 不審者を見るような目つきだけれど……こちらを振り返ってくれるようになった。
 何か今ひとつ伝わっていないけれど……隣にいるのを許してくれるようになった。

 最近は何の気まぐれか、姉上に自分から関わっていくような真似をし始めていたから、少し強引に関わるようにしたら、受け入れてくれた。
 俺を俺として、認識してくれるようになった。

 自分には何の力もないから、力を持つ者が彼女を守ってくれるのなら、きっとその方がいい。
 彼女はきっと、幸せになれるはずだ。




 ――なのになんで、なんで、そんなことになっているのですか!! 


 ずっとずっと、俺が守りたかった。
 ずっとずっと、俺が側にいたかった……!!







 ――――――――――――――――俺を、選んで下さい。貴女が、好きです。









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