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さいごの訪問は歓迎された
しおりを挟む約束の日。
今日、慧が訪れる事は、もちろん龍士郎にも伝わっている。龍士郎から許可が得られたので、来たと言っても過言ではない。
慧は、龍士郎の家の扉の前で、大きな深呼吸を何度かした。
そして、初めてここに立った時の事を思い出していた。
はじめての家、はじめての依頼人というのは、少なからず緊張するものだ。
だから、あの時ももちろん緊張していた。
だが、出てきた龍士郎には拒否されて、慧も意固地になって反論してしまった。
思えばあの時も、もっと強硬な手段で追い返す事もできたはずなのに、結局、龍士郎は中に入れてくれた。優しい、人なのだ。
ふーっと、もう一度大きく息を吐き、インターフォンを鳴らした。
「……誰」
聞こえてきたのは、初対面を思いだすような、不機嫌で少しだけ疲れた龍士郎の、声。
久しぶりの龍士郎の声に胸がぐっと詰まったが、慧は、あえてハキハキと喋った。
「こんにちは。アロー家事代行サービスです。最終日のお仕事を」
慧がそこまで言った時、インターフォン越しにでもハッキリと息を飲む音が聞こえ、ついで中からドタバタと音がして、ガッと扉が開いた。
そのあまりの展開の速さに、慧が目を真ん丸にしていると、扉を開けた龍士郎と、目が合った。
向こうも驚いているようだ。その顔に、ありありと浮かぶクマとやつれ。
だが、身だしなみはちゃんとしていたようで、最初のようなボサボサ髪や伸び放題のヒゲといった、不清潔な感じはなかった。
「あ、えっと」
「龍士郎、さま」
お互い、気まずいようで、言葉が出て来ない。
先に口を開いたのは、龍士郎だった。
「来て、くれたんだ」
「最後の仕事が、残ってますから」
「真面目だね」
ふと、龍士郎は苦笑した。それにつられ、慧も少しだけ頬を緩めた。
こうしていても何にもならない、とようやく気付き、龍士郎はどうぞ、と慧を中に招き、慧も素直にその言葉に従い中に入っていった。
中は、綺麗なままだった。まるで使われてないように、最後に掃除をしたそのままのよう。
慧は、今までと同じく仕事道具を置き、掃除を始めた。
だが、今までの頑張りで大掃除は終わっているので、通常の、それも汚れがほとんどない部屋を掃除していき、今日の予定のいた仕事はすぐに終わってしまった。
残るは、あの一部屋のみ。
龍士郎は、慧が仕事をしている最中は、ずっとリビングのダイニングテーブルにノートPCを置き、慧を邪魔しないように、見守るように仕事をしていた。
最後が最後だ、心配と迷惑をかけてしまった。だが、それを謝り、礼を言うのは、また後だ。
慧は意を決して龍士郎に近寄った。
「龍士郎さま」
「うん」
龍士郎は、今までちゃんと仕事をしていたかのような顔をしながら、顔を上げた。
慧は、しっかり龍士郎の目を見た。もう、嫌な動悸とは思わない。
「龍士郎さまのお部屋に、入れてくれますか」
慧に何を言われたかわからないように、龍士郎は首を傾げた。慧は、ゆっくり、噛みしめるように言葉を発した。
「私は、コマンドを受けてます。あの中に、入れません」
龍士郎は、ハッとしたようだった。
慧が来た初日に言った、あの言葉。
『オレの部屋には絶対入るな。これは命令だ』
あの時は、まさか慧がsubだと思いもよらず、何も考えずに発した言葉だった。のだが、慧は、それを律儀に守っていたというのだ。
subとして、domからの入るなという、命令を。
「……慧くんは、それで良いの?」
コマンドを解除する、という事は、裏返せばsubであると認めているという事。
龍士郎は、慧がクリニックにかかった後、switchだという報告を受けている。容易に切り替えができないタイプだという事も。
同じdomになれば、そんな命令は無視できる。だけど慧は、あえて解除して欲しいと言ってるのだ。
それはつまり、あなたの前ではsubでいる、と言っているということ。
龍士郎が確認の為に慧を見つめると、慧は少し恥ずかし気に、コクリと頷いた。
その様子を見た龍士郎は、少し考えこんだが、
「……わかった。慧くん、オレの部屋に、入って良いよ」
そう言った。
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