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13.出立
しおりを挟む結局、アレスに追いつかれ、さらに思ってもみない事に告白され、なんやかんや両想いだったらしいという事が判明した時には、夜が近づいていた。
故郷の村は、アレスが魔物から取り戻した後も人が戻ることはなく(ど田舎だし交通も不便だし、何よりまた魔物に襲われるかもしれないので)、オレたちはとりあえず、一番近い村まで戻る事になった。
アレスの買った馬は、血統も良く速く走る馬で、オレが買った馬とは雲泥の差があるらしかった。だから追いつかれたのもしょうがないと頑張って納得しようと思うが、でもやっぱり、アレスがオレを追ってくるの早すぎると思う。
アレスと二人、並んで馬を速足で走らせる、オレの馬に合わせてくれるのだが、アレスはオレの真横でガン見しながら話していて、ちょっと、怖かった……。
それとなく、三人がどうしたか聞くと、一瞬眉を寄せたが、すぐに元の顔に戻って、ちょっと怒ったけど、もう怒ってないよ、と少しずれた事を言われた。アレスが女性に手を上げるとは考えにくいので、これはもう考えないようにした。
オレが朝焼けと共に出た村に戻れたのは、どっぷり日が暮れてからだった。
オレの事を覚えている村人は特におらず、アレスも、勇者になってずっと纏っていた代名詞のような白銀の鎧を脱いで、魔王を倒す為に下賜された立派な剣を外していたので、田舎の人達は勇者だと気づかなかったらしい。ここで騒ぎになっては困る、というのはアレスも一緒だったようで、少し嬉しかった。
すこし恥ずかしかったが、アレスと一緒の部屋を取り、久しぶりにゆっくり二人で話をした。あの三人が居ると、いや、他に人が居るとアレスはいつもとちょっと雰囲気が違うから、何だか昔に戻ったような気がして、嬉しかった。
ただ、抱きまぐらのように抱きしめられて、同じ布団に入ったので、心臓がドキドキしすぎて、うまく寝ることができなかった。それでも、ああ、これが、幸せというものなのかもしれない、とどこかで母さんの温もりを思い出して少しだけ泣きそうだった。
次の日、オレより先に起きていたアレスに寝顔を見られており、なんだか気恥ずかしかった。これだけ至近距離で見つめられて、恥ずかしくない奴なんているのか。
「おはよう、メル」
「おっ、おは、よう」
「朝からメルは可愛いね。まるで天使かなって思ったけど天使だったら飛んでいっちゃうから、メルが人間でよかった」
「なに言って」
チュッと、ごく自然な流れで、額にキスされた。甘やかな雰囲気というよりは、家族同士でする挨拶のように、自然なものだった。だが、オレの顔は真っ赤になってしまい、反論できなくなった。
「なっ、な、なにっ」
「何って、朝の挨拶だよ。母さんとかにされなかった?」
「さ、された、けど」
「一緒だよ。さ、起きてご飯食べようぜ」
朝の柔らかい光に照らされたアレスが眩しくて、それ以上何も言えなかった。オレももしかして、同じくらい満足そうな、幸せそうな顔で笑っているのかもと思うと、出てくる言葉全てが余計に思えた。
宿で朝食を取り、部屋に戻り、アレスは出かける支度をした。
オレは、アレスが戻るまで、この村で待つと約束した。
アレスがやられるなんて、全く思わない。アレスならやってくれる、魔王を倒し無事に戻って来る、その確信があったから、ここで待つことに反対はしなかった。
……しかし、いつもならすぐに支度を追えるアレスが、いつになくソワソワとしており一向に終わらせる気配が無かった。
「アレス、どうした? 何か、いる物があるなら、買ってくるけど」
「いやっ、その、えっと……」
オレが聞くと、何故かアレスは支度の手を止め、オレの前に来た。なぜか、もじもじとして頬を赤らめている。意味がわからなくて、ぽかんと間抜けに立っていると、意を決したようなアレスが、
「あのっ、しばらく会えなくなるし、その……キス、したいなって」
恋する乙女が恥じらいながら言うなら、とてつもなく萌えただろうが、相手は、アレスだった。オレよりでかい奴に見下ろされながら言われても、こちらとしては反応に困る一方だった……嫌じゃないから、余計に。
「だ、ダメ? 頬でもいいから」
照れならがら言われて、オレもなんだか恥ずかしくなってきてしまい、目を逸らしてしまった。で、でも、頬くらいなら、挨拶みたいなものだし、大丈夫、な気がする。
オレは数瞬悩んだが、目をそらしたまま、コクリと小さく頷いた。
すると、すっと長くてごつごつした指が目に入り、オレの頬に添わされた。少しだけ汗ばんでいて、アレスも緊張しているのだと知れた。
そして、大きく深呼吸した音が聞こえ、顔が近づいた気配がして……頬に何か触れた。それが、アレスのものだと意識しすぎて、目が合わせられない。
「へへっ。なあ、メルも、して」
「へっ」
驚いてついアレスを見上げると、顔を真っ赤にしたまま、綺麗な顔で嬉しそうにはにかんでいた。子供っぽいその表情に、期待した空色の瞳に、抗えない。
アレスは、まるで疑いもせず、少し屈んでオレと同じ目線になり、先ほどのオレと同じように少しだけ斜めを向いた。
傷一つない、綺麗な白い頬が今は真っ赤なバラのように色づいている。
いまだに恥ずかしいが、オレは、吸い寄せられるようにその頬に顔を近づけ……口づけた。しっとりして滑らかな感触に、もっと、と思ってしまい余計恥ずかしかった。
「っ、メル、オレ、今すっごい幸せ」
目が合う。オレも同じ気持ちだって、通じただろうか。
「お、オレもっ」
お前と顔を見合わせて笑いあえる、こんな事が、本当に幸せだなんて、想像もしなかった。
アレスが、オレを諦めないでくれて、本当に良かった。
そっと抱きしめると、アレスは一瞬驚いたように固まったが、すぐに腕をまわしてオレを抱きしめてくれた。硬い、鎧の感触。
「無事に、帰ってこいよ」
「もちろん! 寂しい思いさせて、ごめんな。速攻で倒して、すぐに帰ってくるから。待ってて、メル」
アレスの腕の中で、オレは小さく頷いた。
結局、二人ともなんだか浮足立ったまま村の出口まで行き、別れがたかったが、アレスは何度も何度も振り返り、村を出て行った。オレは、アレスの後ろ姿を、見えなくなるまで、見えなくなっても、ずっと、見送っていた。
信じている。だけど、心配なものは、心配なのだ。
無事を祈る事しかできないけれど、せめて、この祈りが届きますように。
無事に帰ってきますように。
そう、願いながら、先ほどまでアレスと別れを惜しんだ部屋に戻ってきた。
ら。
「えっ? あれ、これ、剣……アレスの剣んん?!」
そう。部屋のクローゼットの中に、アレスが下賜された立派な剣が、無造作にたてかけられていたのだ。
最初は、わざとかと思った。
だけど、魔王を倒す為に必要なこの世に一本しかない伝説の剣を、わざわざ置いていくだろうか。こんなど田舎の安い部屋に。
……あいつ、これ、忘れて行ったのか?!
確かに、オレ達は二人とも別れに気を取られ、注意力が散漫だった。認めよう。アレスが格好良すぎて隅々ちゃんとまで見てなかった。
平常のオレなら、剣が無い事ぐらいとっくに気づいていただろう。しまったと思っても、もう、遅い。
自分まで浮かれてしまった事に、後悔する。
だが、後悔していても、何も事態は変わらない。
アレスの馬は、早い。オレの馬で行くなら、すぐにでも出ないと、間に合わないだろう。
でも、もう、戦いは怖くて……。
すこし心が震えた。
だけど、
「……駄目だ。コレが無いと、魔王は倒せないって、エレが言ってた。届けに、行こう!」
決意は、すぐに固まった。
忘れものを、届けるだけだ。戦うわけじゃない。
コレがない事で、アレスが苦戦したり負けたりする方が、嫌だ!
オレは、すぐに荷物をまとめ、剣をボロ布でくるみ価値が低いもののように見せて、抱えた。盗賊に狙われたら守り切れる自信が無いからだ。
オレは、宿屋に金を支払い、意を決して愛馬を走らせた。
これまでは、オレが追われる側だった。
だけど、今度は、オレがアレスを追いかける番だ。
オレは、一生懸命、愛馬を走らせた。
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