しらさわ遥のあやかし紀行

つくねこだま

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東京 隠れた名店にて

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川沿いの桜に、柔らかな緑の葉が顔を出し始めた四月。
暖かな空気の中、少し冷たい風の筋が肩をなでていく東京の下町。
活気のある通りを抜け、小さな路地に入ると、ひっそりと佇む団子茶屋があった。

老舗の名店もいいが、こういった「人知れずある店」こそ興味をそそる。
知人の言の通り、愛想の良い女店主にみたらし団子と抹茶を頼む。
微かな茶の香に包まれ、ほの白い日差しに目を細めていると、
不意に店の奥から声がした。

「あら、あそこのお客さん、おかえりになった?」
「あ、そうね……」
「お代、いただきました?」
「あ、だいじょうぶよ。そういうお人だから。」

若い店員の言葉に、女店主が柔らかく笑って答える。
すぐに艶やかな餡の団子と香り高い抹茶が運ばれてきた。

「すみませんねぇ、騒々しくて。」

女店主が笑う。聞けば、その“お客”はときどき現れるのだという。
気づくと店の奥に座り、団子と抹茶を楽しみ、
いつの間にか姿を消す。
重厚な色の着物を着こなし、品のある老人。
この辺りでは、もう有名らしい。

抹茶に口をつけながら、思わず顔に「警察沙汰にならないのか」と出ていたのだろう。
女店主は、ふっと声をひそめて言った。


「――ぬらりひょん、というのだそうです。」


手が止まる。
口の中に、抹茶の苦みとは違う、不思議な渋みが広がった。
そうか、ここは東京の下町。

江戸の頃より、この地では、勝手に人の家に上がり込み、
茶を飲み、煙草をふかす老人がいたという。
あまりに身なりが立派なため、誰も疑わない。
そして、気づけばいない。ぬらりと現れ、ひょんと消える。
つかみどころのないその妖《あやかし》は、
いつしか「ぬらりひょん」と呼ばれるようになった。
人の家に上がり込むとはいえ、誰の気分も害さない。
それもまた、妖のなせる業か――あるいは、この地の人の好さか。


団子の深い甘みを、抹茶の一口で締めくくったとき、
ふと、冷たい風の筋を感じた。


―うまかったじゃろ。


そんな声が聞こえた気がして、思わず微笑みながら茶碗を置く。
「ええ、美味しかったです」
誰ともなしにつぶやいた声は、
柔らかな日差しに溶けていった。
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