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北海道 とある寂れた神社にて
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夏も間近な6月のはじめ。
根室本線の駅を降りると、爽やかな風が心地よい草の香りを運んできた。
風に誘われるように、駅から遠ざかる道を選ぶ。
舗装路を外れ、細かな砂利が敷かれた道に入る。
だんだんと駅前のにぎやかな雰囲気がとぎれとぎれになる。
曲がりくねった道の向こうに、小さな赤屋根の建物が見えてきた。
薄くすすけた紙垂(しで)、切れ切れの注連縄(しめなわ)。
忘れられたお社は物悲しく、しかしどこか温かみが感じられた。
フキが社の周りに敷き詰められたように生えている。
葉の淡い緑が、さやさやと衣擦れのように微かに響いた。
しばらく見つめるともなく見つめる。
何かが、語りかけてくるような気がした。
「ずっと、このままなんじゃよ…。」
ふいに、後ろからしゃがれた声。
見ると初老の男性が一人、たたずんでいた。
悲しげな眼差し、疲れたような両肩。言葉を発するのもやっと、といった感じだ。
「許しを請うために建てられた社だが、あるいは、もう…。」
独り言のようにつぶやく。
見れば、男の腕には、淡い色の刺青があった。
その模様は、どこか異国を思わせた。
「禁忌を犯す…その報いは、永遠に償えないのかも知れんな…。」
刺青を撫でながら深いため息。フキの群生が、小さくざわめく。
「…どうして、そのことを私に…?」
「いや…。」
フキのざわめきが止まる。
「あんたには、なぜだか話したくなった。それだけじゃ…。」
突然、強い風が吹きつける。
フキの葉が、数枚ちぎれて宙を舞う。
それは激しい怒りなのか。
初老の男性は少しよろめく。
「…赦して…くれぬか…。」
喉の奥から、嗚咽に近い声が漏れる。
社の前に、白いワンピースの少女が立っていた。
両手に大きなフキの葉を、まるで日傘のように携えている。
物悲し気にうるむ瞳を男性に向けている少女は、金色の長髪を風になびかせる。
「もう、充分でしょう。」
少女は小さく唇を動かした。
「…この地は、その名に一族の呪いを受け、充分に報いを受けました。」
男は、その顔に深く刻まれた皺を、涙で濡らし始めた。
刹那、再び強い風が吹き抜けていく。
淡い緑のフキの葉が、次々と舞い上がる。
風が過ぎると、少女は消え、社の様相が変わっていた。
砕かれた社の欠片。フキの葉の群生の中に、積み重なる木片。
そしてその中央には魚が数匹。
不器用に編まれたかごの中に納まっている。
男はかごに駆け寄ると、膝をついて静かに泣き続けた。
その腕の刺青は、何もなかったように消えていた。
…コロポックル。
信頼していた人間に姿を見られ、
やがて人目を避け続け、
恥辱と怒りでこの地を転々とすることとなった妖。
一族の悲しみは今、
一つの終息を迎えたのかもしれない。
根室本線の駅を降りると、爽やかな風が心地よい草の香りを運んできた。
風に誘われるように、駅から遠ざかる道を選ぶ。
舗装路を外れ、細かな砂利が敷かれた道に入る。
だんだんと駅前のにぎやかな雰囲気がとぎれとぎれになる。
曲がりくねった道の向こうに、小さな赤屋根の建物が見えてきた。
薄くすすけた紙垂(しで)、切れ切れの注連縄(しめなわ)。
忘れられたお社は物悲しく、しかしどこか温かみが感じられた。
フキが社の周りに敷き詰められたように生えている。
葉の淡い緑が、さやさやと衣擦れのように微かに響いた。
しばらく見つめるともなく見つめる。
何かが、語りかけてくるような気がした。
「ずっと、このままなんじゃよ…。」
ふいに、後ろからしゃがれた声。
見ると初老の男性が一人、たたずんでいた。
悲しげな眼差し、疲れたような両肩。言葉を発するのもやっと、といった感じだ。
「許しを請うために建てられた社だが、あるいは、もう…。」
独り言のようにつぶやく。
見れば、男の腕には、淡い色の刺青があった。
その模様は、どこか異国を思わせた。
「禁忌を犯す…その報いは、永遠に償えないのかも知れんな…。」
刺青を撫でながら深いため息。フキの群生が、小さくざわめく。
「…どうして、そのことを私に…?」
「いや…。」
フキのざわめきが止まる。
「あんたには、なぜだか話したくなった。それだけじゃ…。」
突然、強い風が吹きつける。
フキの葉が、数枚ちぎれて宙を舞う。
それは激しい怒りなのか。
初老の男性は少しよろめく。
「…赦して…くれぬか…。」
喉の奥から、嗚咽に近い声が漏れる。
社の前に、白いワンピースの少女が立っていた。
両手に大きなフキの葉を、まるで日傘のように携えている。
物悲し気にうるむ瞳を男性に向けている少女は、金色の長髪を風になびかせる。
「もう、充分でしょう。」
少女は小さく唇を動かした。
「…この地は、その名に一族の呪いを受け、充分に報いを受けました。」
男は、その顔に深く刻まれた皺を、涙で濡らし始めた。
刹那、再び強い風が吹き抜けていく。
淡い緑のフキの葉が、次々と舞い上がる。
風が過ぎると、少女は消え、社の様相が変わっていた。
砕かれた社の欠片。フキの葉の群生の中に、積み重なる木片。
そしてその中央には魚が数匹。
不器用に編まれたかごの中に納まっている。
男はかごに駆け寄ると、膝をついて静かに泣き続けた。
その腕の刺青は、何もなかったように消えていた。
…コロポックル。
信頼していた人間に姿を見られ、
やがて人目を避け続け、
恥辱と怒りでこの地を転々とすることとなった妖。
一族の悲しみは今、
一つの終息を迎えたのかもしれない。
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