しらさわ遥のあやかし紀行

つくねこだま

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秋田 風の強い岬にて

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北国の冬。
覚悟はしていたが、瞬きするたびに、睫毛が小さく震える。
男鹿半島の海沿いの町。
今宵は大晦日。
このあたりでは、家々から子供たちの泣き声が響くことだろう。

凍るような空気の中、水平線に沈む夕焼けを心に留めていると、
不意に誰かに呼ばれたような気がした。
灯台の影に隠れるように、小さな祠が一つ。
近づくと、突如炎が燃え上がった。
赤々と燃える火の塊が二つ、祠を照らすように宙に舞う。

「鬼火…?」

祠の前には、その炎に照らされて、何かが立っていた。
藁の蓑をつけた屈強な者が二人。
その顔には、赤と青の面をつけていた。
鬼のそれ。
こちらに気づいたのか、赤い面の者が振り返る。

「おめ、なまげでねぇが…?」

低く、くぐもった、強く、重い声。
青面あおおもての者も、こちらを向いた。

「おめ、悪ぃごと、すでねぇが…?」

責めるでも、威圧でもない。しかし、心に響く声。
揺らめく鬼火に照らされた二人の―男は、
今宵子供たちを戒めに行くものとは違う、いや、本物の…

「…なまはげ、さん…?」

よく見れば、その顔は仮装用の面ではなく、
顔そのものだった。
そして、昼間に町中で見た写真とは明らかに違う。

角が、ない。

身じろぎ一つせず、しかし、その瞳は、潤んでいるようにも見えた。
そうだ、思い出した。

「なまはげ」は鬼なんかじゃない。

怠けるものを戒めに山から来る、神の類なのだ。
本来、慈愛に満ちた山の神。人が堕落し、幸せでなくなることを憂い、
それこそ顔を、心を鬼にして、人々を戒めに来てくれる崇高な存在なのだ。

古来より続く、山の神への感謝が、今、この地域に根付く伝統行事として、
連綿と受け継がれている。

優しい夜の潮風が髪を撫でる。

「…火を焚げど、心が冷えでぢゃ、意味がねぇ。」
「怠げるなぁ、人の心じゃ。魂じゃ。」

ゆれる鬼火が、心なしか強く燃え上がったような気がした。

「そう、ですね。」

風に遮られ、届いたのかすらわからない。
しかし、確かにそう呟いていた。

その瞬間、強いつむじ風が鬼火と男たちを巻き込むと、
辺りは暗くなった。
風は音を立てて、遠く離れた山を目掛け、吹き去っていく。
柔らかな風と波の音が、あたりに満ちた。
町から、戒めの大声と、子供の泣き声が聞こえた気がした。

元旦。

早朝の町中には、まだ人の気配はない。
なまはげの戒めにより、昨年の行いを悔いたであろう子供たちは、
新年に向けて立てた誓いを胸に、夢の中だ。

あの「なまはげ」たちは、今でもその心の炎で、
人々の魂の堕落を、救い続けているのだろう。
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