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岩手 朝焼けの庭先にて
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ぐっすり眠っていたのだろう。
疲れがすっかり抜けていた。
目を開けると、欄間から朝焼けの薄い光が見える。
おもむろに体を起こし、手早く着替えを済ませた。
老女の声掛けより早く部屋を出ることに少しためらいを覚えつつ、
ふすまを開け、表に出た。
玄関の引き戸が、カラカラと軽快な音を立てる。
春先とはいえ、空気はひんやりとしている。
思わず身震いを一つ…左手の鶏小屋に思わず目をやった。
鶏たちは起き始めているのだろう。
コッコッと小さな泣き声が聞こえる。
小屋のわきに、人影があった。
先の老女か…と思いきや、きれいな着物を着こなした女性だった。
年のころはわからない。
若くも、長くを生きたようにも見えた。
白く整った顔立ちは、不思議な色気を感じさせた。
その表情は、愁いを帯びつつ、まっすぐこちらを見つめている。
「…経立さん…?」
昨日の流れが、一つにつながった。
それゆえ、不意に言葉が口をついて出た。
長くを生きすぎたために、多くを理解してしまった―。
たくさんの想いが、その目に映っているように感じた。
言葉が届いたのかはわからない。
しかし、彼女―経立の瞳が少し、潤んだように見えた。
朝日が次第に昇る中、小屋と経立は徐々に赤く照らされていく。
「そういうつもりじゃ、なかったんですよね。」
一日を照らし始める朝日のように、やわらかく言葉が流れていく。
経立は何も語らない。
「ずっと、これからもずっと…みんなを見守っていくんですね。」
罪滅ぼしなのか、感謝なのか、理由はわからない。
しかし、経立はその想いを全て抱えて、これからもここに居続けるのだ。
鶏たちと、優しくしてくれた子の末裔を守りながら。
昇りゆく朝日に合わせ、とけるように経立は見えなくなった。
心なしか、消えゆく表情は安堵を含んでいた。
「ああ、ここにいらしたんですね。」
振り返ると、老女が玄関から声をかけてくれていた。
先に庭へ出た非礼をお詫びして、また、小屋のほうを見る。
経立はもういない。
いや、もう見えない。
老女は小屋の中へと案内してくれた。
起きだしたたくさんの鶏たちが、せわしなく動き回っている。
「今日も、ありがとうね。美味しくいただくね。」
「大切にさせてもらうよ、ありがとうね。」
老女は、敷き詰められた藁の間から、慣れた手つきで卵を拾い集める。
一羽一羽に、丁寧に声をかける様子は、優しさにあふれていた。
両手に抱えた厚手の紙袋からは、ころころと優しい音がする。
帰り際、「実は…」と老女が切り出したことを思い出す。
「人がたずねてくるから、おもてなしをしてくださいね、と…。」
夢うつつの中、着物の女性に言われたそうだ。
なんでも、ごくたまに「会う」のだという。
それが誰なのかは、知らなくてもよいのだ、と老女は話してくれた。
そこに、優しさと感謝があるなら、とも。
電車に揺られながら、紙袋を抱えなおす。
ほんのり、温かさが感じられるような気がした。
おしまい
疲れがすっかり抜けていた。
目を開けると、欄間から朝焼けの薄い光が見える。
おもむろに体を起こし、手早く着替えを済ませた。
老女の声掛けより早く部屋を出ることに少しためらいを覚えつつ、
ふすまを開け、表に出た。
玄関の引き戸が、カラカラと軽快な音を立てる。
春先とはいえ、空気はひんやりとしている。
思わず身震いを一つ…左手の鶏小屋に思わず目をやった。
鶏たちは起き始めているのだろう。
コッコッと小さな泣き声が聞こえる。
小屋のわきに、人影があった。
先の老女か…と思いきや、きれいな着物を着こなした女性だった。
年のころはわからない。
若くも、長くを生きたようにも見えた。
白く整った顔立ちは、不思議な色気を感じさせた。
その表情は、愁いを帯びつつ、まっすぐこちらを見つめている。
「…経立さん…?」
昨日の流れが、一つにつながった。
それゆえ、不意に言葉が口をついて出た。
長くを生きすぎたために、多くを理解してしまった―。
たくさんの想いが、その目に映っているように感じた。
言葉が届いたのかはわからない。
しかし、彼女―経立の瞳が少し、潤んだように見えた。
朝日が次第に昇る中、小屋と経立は徐々に赤く照らされていく。
「そういうつもりじゃ、なかったんですよね。」
一日を照らし始める朝日のように、やわらかく言葉が流れていく。
経立は何も語らない。
「ずっと、これからもずっと…みんなを見守っていくんですね。」
罪滅ぼしなのか、感謝なのか、理由はわからない。
しかし、経立はその想いを全て抱えて、これからもここに居続けるのだ。
鶏たちと、優しくしてくれた子の末裔を守りながら。
昇りゆく朝日に合わせ、とけるように経立は見えなくなった。
心なしか、消えゆく表情は安堵を含んでいた。
「ああ、ここにいらしたんですね。」
振り返ると、老女が玄関から声をかけてくれていた。
先に庭へ出た非礼をお詫びして、また、小屋のほうを見る。
経立はもういない。
いや、もう見えない。
老女は小屋の中へと案内してくれた。
起きだしたたくさんの鶏たちが、せわしなく動き回っている。
「今日も、ありがとうね。美味しくいただくね。」
「大切にさせてもらうよ、ありがとうね。」
老女は、敷き詰められた藁の間から、慣れた手つきで卵を拾い集める。
一羽一羽に、丁寧に声をかける様子は、優しさにあふれていた。
両手に抱えた厚手の紙袋からは、ころころと優しい音がする。
帰り際、「実は…」と老女が切り出したことを思い出す。
「人がたずねてくるから、おもてなしをしてくださいね、と…。」
夢うつつの中、着物の女性に言われたそうだ。
なんでも、ごくたまに「会う」のだという。
それが誰なのかは、知らなくてもよいのだ、と老女は話してくれた。
そこに、優しさと感謝があるなら、とも。
電車に揺られながら、紙袋を抱えなおす。
ほんのり、温かさが感じられるような気がした。
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