しらさわ遥のあやかし紀行

つくねこだま

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岩手 旧家の縁側にて

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岩手県・経立(ふったち)

岩泉小本のホームから見える野原に、
モンシロチョウがたくさん舞っていた。
4月の末、春の真ん中。
三陸鉄道も、その駅その駅に、温かさを運んでいるのだろうか。

昼過ぎ、定食屋でいただいた親子丼がとても美味しかった。
店主に聞けば、なじみの農家が良質の卵を用意してくれているのだという。
腕前より、素材の良さを真っ先にもってくるところが、人の好さを感じさせた。

ここからそう遠くない、とのことで歩き始めたのだが、
よくよく考えれば、「車で」遠くない、のかもしれなかった。

暖かさが「暑さ」へと変わる境界線をさまよいつつ、のどかな畑道を行く。
と、正面に大きな家が現れた。

広い敷地。大きな木で囲われているその様子は、
代々ここに家を構えている風格を感じさせた。
話に聞いた、農家の屋敷だ。

立木の途切れた、扉のない入り口から遠慮がちに中をのぞく。
左手には立派な蔵。正面の母屋。その右側には大きめの小屋が見える。

小屋の前には、低い庭木で囲われた場所がある。
その中で、初老の女性が何やら下を向きながら、せっせと動いていた。

こんにちは、一声かけると、老女は気がつき、低木の囲いから出てきた。
細目がちの顔はよく日に焼けている。
手ぬぐいのほっかむりを外しながら、近寄ってくる。

「ああ、あなたが…」
「?」
「あ、いえ…なんでもないですよ。うちに、ごようですね?」

定食屋のくだりを話すと、縁側でお茶でも、と勧められた。

いつもなら断るところだが、ひと散歩の後。
のどを潤したいと体も応えた。

縁側で飲むお茶など、何年ぶりだろう。
時おり家で飲むときの緑茶とは香りも味も違う。

日の光の中、縁側でいただくお茶には、何か特別感があった。
左手に見える大きな小屋の中では、鶏だろうか
小さな影が動いている。
コッコッっと軽快なリズムの音が、小さく重なっていた。

老女は二敗目のお茶をすすめつつ、このあたりのことや、
そろそろ近くの田圃では田植えが始まるといった、
他愛ない話をしてくれた。
娘も、孫娘たちも元気であること、
そして、今は出かけていること。
話は、この家の家族についても及んだ。

語り口がどことなく上品だからだろうか。
その話に、なにか引き寄せられていく。

会話が途切れた。そうだ、と、卵のことを聞く。

老女は一瞬動きを止めた。細い眼は笑ったままだったが、
少しうつむくと、話し始めた。

「その昔、私が生まれるずっと前のこと、
この家で、子供たちが亡くなったのです。」

春の陽気に似つかわしくない話。思わず、目を見開いた。

「生き残った―いや、亡くならなかった末の娘だけがこの家を継ぎ、
 私もこの世に生を受けることができました。」

老女は、ゆっくりとお茶を注ぎながら続けた。
立ち上る湯気が、ねっとりと絡みつくようだった。

「なんでも、卵を大事にしていたそうです。
 詳しくは、わかりません。」

新しい緑茶の香りが、やけに強く感じられた。

「だから、私も幼いころから鶏を育て、
 その卵を、大切にさせていただいています。」

老女は急須を丁寧に盆に置くと、少し遠い眼をした。
鶏たちの声は相変わらず続いている。

何らかのいわれがあるにせよ、鶏と卵を大切にして、
美味しい糧としていただいているのだ。

愛情深いことに変わりはない。

お礼を告げた帰り際、良ければ明日の朝、卵を採りに来ないかと誘われた。
ここまで関心を寄せてくれたのは、初めでだとのこと。

特に予定もないのだが、この一帯には宿がない。
夕方にはとなり町に行くつもりだった。

その旨を話すと、屋敷の一室に泊めてくれると言う。
突然でご迷惑だろうと、何度か断ったが、
是非にというのでご厚意に甘えることにした。

夕食に湯浴み、広い和室に温かい布団…至れり尽くせりで恐縮だ。
「明日の朝、少し早いですがお声がけしますね。」

すっとふすまを閉じながら、老女はにこやかに頭を下げた。


つづく
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