キャンピングカーで、異世界キャンプ旅

風来坊

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第4章 新たな波紋

街をあげての祝宴の幕開け

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領主館・執務室にて

翔の胸元に下げられたペンダント型の通信具が、ふいに小さく光を帯びた。
《……翔、聞こえるか?》
 ブレイザーの落ち着いた声が室内に響き、全員が一斉にそちらへ視線を向ける。

「おう、どうした?」翔が答えると、ブレイザーは淡々と告げた。
《そちらで話し合っている間に、兵士やギルド職員が何度も来た。そこで保管していたオーク肉を調理しやすい大きさに加工し、既に提供を始めている。他にも野菜や調味料を補充しておいた。宴の準備は万全だ》

「お、おい……勝手に出したのか?」翔は思わず眉を上げる。
《皆、喜んでいたぞ。どうやら相当助かったらしい》

その報告に執務室の面々は顔を見合わせ、そしてどっと笑いが起こった。
「……さすが守護車だな」
「宴会がますます盛大になるな」



そんな中、ユリウス王子はというと、もう落ち着かない様子で椅子に座ったり立ち上がったり。
「……なあ、もう市民の声が外から聞こえてくるぞ? 祝宴は始まっているのではないか? 俺たちも早く――」
まるで少年のように目を輝かせ、外のざわめきを耳をそばだてている。

「殿下」
 カトリーナが深いため息をつき、きっぱりと言った。
「祝宴も大事ですが……その前に寝床を決めなければなりません」

「おお、それならもう決めてある!」ユリウスが胸を張る。
「今夜はブレイザーの車内に泊まる! あれほど安全な場所はないだろう?」

「……また勝手に決めて」
カトリーナはこめかみに指を当て、鋭い視線を投げると翔と忍の方に向き直った。
「翔殿、忍殿。殿下が申されましたが……本当にお借りしてよろしいのでしょうか?」

翔は苦笑し、肩をすくめる。
「もちろんだ。結界もあるし、魔物も悪意ある者も寄せつけない。安心してくれ」

「ありがとうございます」
 カトリーナが丁寧に頭を下げた、その直後。

「ほら見ろ! やはり俺の判断は正しかった!」
 ユリウスは得意げに声を張った。

「殿下!!」
 カトリーナの叱責が室内に響き渡る。
「また独断専行を……! 殿下はいつもそうなのです! 護衛の方々も世話役も、どれだけ振り回されてきたか!」

「ひ、ひぃ……す、すまんカトリーナ……!」
 ユリウスは肩を縮め、情けない顔で謝る。その姿に周囲の英雄たちも、ギルマスや領主までも吹き出した。

「やっぱり尻に敷かれてるな!」
「殿下、未来の王配は安泰だな!」
「お似合いの夫婦だ」

執務室は笑いに包まれ、重かった空気はすっかり和らいだ。
赤面したユリウスはそれでもどこか誇らしげで、カトリーナは頬を染めながらも毅然と立っている。



「では――祝宴の場へ参ろう」
 領主が立ち上がり、皆も続いた。

執務室を出ると、外からは既に人々の歓声と楽の音が聞こえてくる。
英雄たちを迎える祝宴の夜が、今まさに始まろうとしていた。


祝宴、英雄たちの名乗り

 夕暮れの赤が夜の紺へと変わり、バルドの街中央広場には無数の篝火が灯っていた。
 肉を焼く香ばしい匂い、酒樽を開ける音、果実酒やジュースを注ぐ声が広場を満たし、人々の笑顔がそこかしこにあふれている。

 やがて、壇上に領主バルド男爵が姿を現すと、広場のざわめきが潮を引くように静まった。
「――市民よ、聞いてほしい!」
 声に力を込め、領主が語り始めた。

「この街を脅かしていたオークの集落……その奥には、恐るべきオークキングがいた。しかし――それを討ち滅ぼした者たちが、いまここにいる!」

 広場にどよめきが走る。
「オークキングを……?」「ありえん! 冒険者の一団ですら全滅する相手だぞ!」

 バルド男爵は頷き、壇上の背後に控えている翔と忍を指し示した。
「この二人だ! 清水翔、松田忍――迷い人として現れ、この街を守り抜いた者たちだ!」

 一瞬の沈黙。次いで、嵐のような拍手と歓声が広がった。

「すごい……!」「あの二人が……!」
「英雄だ!」「俺たちの街を救った英雄だ!」

 その熱狂の中、壇上に一歩進み出た若き青年がいた。
ユリウス王子――その顔を見て、数人の市民が驚きに息を呑む。
「……まさか、王族の……?」

 ユリウスは胸元から印籠を掲げ、高らかに名乗った。
「王国第二王子、ユリウス・フォン・ハイゼンである! 私もまた、オークに囚われていた一人だ。だが、彼らに救われた。ここにいる私の命は、翔と忍が繋いでくれた命だ!」

 広場が再びどよめき、やがて割れんばかりの歓声となった。

 続いて、カトリーナが一歩進み出る。
長いドレスの裾を摘まみ、優雅に一礼する。
「辺境伯エルンスト家の娘、カトリーナと申します。皆様と同じく、この二人に命を救われました。わたくしの家は決してこの御恩を忘れません」

「伯爵令嬢……!?」「本物か……!」
観衆が息を呑み、拍手の波が再び広がる。

 続いて、英雄たちが次々と壇上に並ぶ。

「リーナ・フォン・ルーメン。王城に仕える宮廷魔法指南役です」
「ヨアヒム・エッケルト。王宮薬士にして、かつて地方で疫病を鎮めた者だ」
「ブルーノだ。冒険者ランクはA、次はSに届くところだったが……あの二人に救われなければ、今ここに立ってはいない」
「ガルド・ハーゲン。ハーフドワーフの鍛冶師にして、王都で“名工”と呼ばれた者だ」
「そして私が、ヘルマン・クロイツ。王都魔導学院の指南役だった者だ」

 彼らが名乗るたびに、観衆から驚きの声が上がる。
「宮廷の……!」「伝説級の鍛冶師……!」
「これほどの面々が……全員、翔と忍に救われたというのか!?」

 そして最後に、翔と忍が並んで壇上に立った。
熱狂の渦の中、翔はゆっくりと手を挙げて静かに口を開いた。

「俺は清水翔。タクシードライバーだったが……今は迷い人として、この街と仲間を守る者だ」

「私は松田忍。もとは大学院で薬学を学んでいました。けれど今は、ここでみんなと共に生きていきます」

 二人の声が広場を包むと、次の瞬間――万雷の拍手と歓声が爆発した。
その音はまるで大地を揺るがすかのようで、夜空にまで響き渡った。

「翔様! 忍様!」「英雄だ!」「ありがとう!」
涙を浮かべる市民、拳を掲げて叫ぶ若者、子供を抱いて泣き笑う母親――広場は祝福の嵐に包まれた。

 その瞬間、翔と忍は確かに感じていた。
自分たちは迷い人だ。だが、いまこの街に生きる者たちと共に――英雄と呼ばれるに足る一歩を、踏み出したのだと。


 夜の帳が降り、街の広場は無数の灯火で輝いていた。
 香ばしい肉の匂い、焼きたての白いパン、色鮮やかな野菜料理。大樽から注がれる黄金色のビール、琥珀色に輝くバーボン、爽やかな果実水や炭酸飲料まで、ブレイザーが提供した品々が、住民たちの手に次々と行き渡っていく。

 広場全体がまるで祭りそのもので、熱気と笑い声が絶え間なく響き渡っていた。



「かんぱーい!」
 最初に声を上げたのは翔だった。手には冷えたビールのジョッキ。忍も隣で微笑みながら、同じくビールを掲げていた。
「うん……! 苦いけど、すごく爽快!」
「だろ? これが戦い抜いた後の一杯だ」
 二人が笑い合うと、周りの市民からも「かんぱーい!」の声が連鎖のように広がっていく。



 ガルドは既に頬を赤く染め、バーボンのグラスを握りしめていた。
「うぉお……! この琥珀の液体は……甘みと熱が喉を通り、腹に響く……! こんな酒、飲んだことがねぇ! 翔殿! これを毎日くれるなら、どんな武具でも作ってやるぞ!」
 大声で豪快に笑うガルドに、市民からも「飲みすぎるなよ!」と笑いが飛ぶ。



 リーナは冷たいアイスティーを口にし、ほっと微笑んだ。
「……なんて透き通った香り……。頭が冴えるようです」
 横でヨアヒムが湯気を立てるハーブティーを飲みながら頷く。
「この香草……ただの飲み物じゃないな。疲労回復の効果がある。市販されれば王都の医務院でも争奪戦だろう」
 学者ヘルマンが眼鏡を押し上げ、すかさず口を挟む。
「まさに迷い人の産物……文明の革新そのものだ」



 ユリウス王子は豪快にビールを煽り、口を泡まみれにして笑った。
「はははっ! 最高だ! これぞ戦勝の宴! 翔、忍! お前たちのおかげだ!」
「殿下、はしたないです!」
 カトリーナが慌ててハンカチで口元を拭い、呆れ顔でため息をつく。
「まったく……。こうして周りに迷惑をかけるのは、いつものことです」
 そのやりとりに市民も仲間も笑い、誰かが言った。
「王子様はカトリーナ嬢の尻に敷かれるな!」
 一斉に笑いが巻き起こり、場がさらに賑わった。



 ブルーノはジョッキを掲げ、冒険者たちに向かって叫んだ。
「おい見ろよ! こんな宴、生きてきて初めてだ! 肉も酒も無尽蔵! 戦った甲斐があったってもんだろ!」
「うおおお!」
 冒険者たちが一斉に叫び、拳を突き上げる。



 ギルドマスター・バルガスは静かにビールを掲げた。
「……この街を守ってくれた英雄たちに、心から感謝する。乾杯だ!」
 その声に、広場全体から再び「乾杯!」の大合唱が沸き起こる。



 領主バルド男爵も壇上でジョッキを掲げた。
「バルドの街は、二人と守護車、そしてその仲間たちによって救われた! この宴は街を挙げての感謝だ! 皆、今宵は飲め! 食え! 笑え!」

 雷鳴のような拍手と歓声。
 翔と忍は壇上で、互いに見つめ合いながら、静かに微笑んだ。
「……いいな、忍」
「はい、翔さん。生きてて、よかったですね」

 その瞬間、広場は笑いと歌と歓喜で揺れ、祝宴は夜更けまで続いていった。
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