キャンピングカーで、異世界キャンプ旅

風来坊

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第5章 王都への道

ブレイザー体験会 前編

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 ドアが開く音がして、薄い金属の匂いが一瞬だけ鼻の奥をかすめた。
 最初に足を踏み入れたのはバルド男爵だった。靴底が床を叩く乾いた音、その直後――

《ようこそ。内部照明を来賓モードへ。眩しさ三割抑制、色温度は“昼光”》

 胸元の小型スピーカーから、ブレイザーの渋い声。ふわりと天井が白く息を吐くように明るくなり、影がやさしく消えていく。

「……火がないのに、明るい……」
 男爵は思わず天を仰いだ。
「煤も煙もない。暖かくも熱くもない……“光”だけだ……」

 ギルドマスターのバルガスは、指で壁をつついて眉をひそめる。
「魔力の波が見えん。――見えんのに明るい、だと?」

《光は魔力を電力へ変換し、さらに粒へ分解・再構築している。人の目にやさしい周波数だけを残す仕様だ》

 ヘルマンが眼鏡越しに天井を凝視して、ぽつり。
「王都の魔導灯より、影が柔らかい……本を読むのに理想的だ」

 カトリーナは両の掌をひらひらとかざし、微笑んだ。
「風もないのに、空気が軽い。――匂いがしませんわ。旅の匂いも、血の匂いも」

《換気は常時微量。におい成分を捕まえて分解している》

 空気の清らかさに、皆の肩からふっと力が抜ける。緊張が溶けた瞬間、ブレイザーは案内を続けた。

《まずは衛生から。こちらへ》

◆ トイレエリア――“恥”を超える清潔

 磨かれた白磁。銀のレバー。壁には小さな絵と、見慣れない記号。
 誰もが一歩、ためらう。沈黙を破ったのはギルマスだった。

「……これは、便壺ではないな。器……なのか?」

《“ウォッシュレット”。用足し後は水流で洗浄、温風で乾燥。においは装置内で吸引・分解。床も壁も汚れが残らない》

「水で……“あそこ”を……?」
 男爵の声が裏返る。

 翔が苦笑して、袖をまくった。
「言葉で説明するより、一度“手”で試すのが早い。こうだ」

 彼は手のひらを便器の真上に出し、忍が壁の絵のボタンを押す。
 ――ぬるく、やさしい水の矢が、指の間をくすぐった。

「おおっ……!」
 バルガスが思わず身を乗り出す。
「強すぎない。だが芯まで届く。温かい。……これは、恥を越える清潔だ」

《水圧・温度・位置は個人に合わせて記憶可能だ》

「じ、記憶するのか、尻を!?」
 ヘルマンが片手で額を押さえる。
「文明とは、羞恥の先にあるのだな……」

 カトリーナは小声で囁いた。
「最初は驚いたけれど、もう戻れませんわ。――女性には、なおさら」

 皆が小さく頷いたとき、ブレイザーが続ける。

《手洗いはこちら。温水・冷水の切り替えはこのレバー。布で拭かず、温風で乾かすのが推奨》

 掌を包む温風に、王子ユリウスが感嘆を漏らした。
「軍の行軍で、これが一台あるだけで病が減る。……戦わずして兵の力が上がる」

 清潔は贅沢ではなく、戦力だ――と、全員が静かに理解する。
 恥じらいと驚きが、納得へ変わっていく気配。そこに、次の扉が開いた。

《次は“癒やし”だ。浴室へ》

◆ 浴室エリア

次に案内されたのは浴室。
扉を開けた瞬間、湯気がふわりとあふれ、全員が息を呑んだ。

「こ、これは……! まるで回復の泉のようだ!」
ヘルマンが目を見開く。

ブレイザーの声が誇らしげに響いた。
《【小傷回復の湯】。入浴により傷や疲労を軽減。さらに壁にある“シャワー”を使えば、体全体を流すことも可能》

カトリーナが恐る恐るレバーを捻る。
次の瞬間、頭上から温かな水が勢いよく降り注いだ。

「きゃっ!? な、なにこれ!?」
水が髪を濡らし、しっとりと流れ落ちる。

「頭から水が……! しかも心地いい……!」
エリナが手を伸ばして浴び、感嘆の声を上げる。



忍が壁の棚から瓶を取り出した。
「これは“シャンプー”。髪を洗うものです」

とろりと液体を手に垂らし、水と混ぜると、もこもこと泡が立った。
「うわぁ……!」と女性陣が声を上げる。

忍が髪に泡を馴染ませると、甘く爽やかな香りが浴室に広がる。
「香りが……! 薬草湯とも違う……!」
「髪が……指通りがまるで別物です!」

流し終えると、髪は艶やかに輝いていた。

《さらに、乾燥機――“ドライヤー”》
ブレイザーの案内で、筒状の機械から温風が吹き出す。

「ひゃっ……!? 髪が……一瞬で乾いていく……!」
エリナの髪がふわりと広がり、絹のように柔らかく揺れた。

女性陣は歓声を上げ、手で髪を撫でては「すべすべ!」「信じられない!」と声を弾ませた。



次に翔が銀色に光る器具を取り出す。
「これは“髭剃り”。男なら必須だな」

バルド男爵が顎を撫でながら興味津々で近寄る。
「毎朝、剃刀で血をにじませておるのだが……?」

翔がスイッチを入れ、頬に当てる。
軽い振動音と共に、剃り跡が一瞬で消えた。

「なっ……! 切れぬ……血も出ぬ……!」
男爵は腰を抜かしかけ、ギルマスも目を剥いた。

「毎日これで……!? 私の執務時間がどれほど楽になるか!」



さらに忍が小箱を掲げる。
「こちらは女性用のケア道具……ムダ毛処理に使います」

浴室の空気が一瞬止まり、女性陣が真っ赤になった。

「そ、そんなものまで……!」
「恥ずかしい……でも……気になる……!」

勇気を出したカトリーナが腕に当てると――
「……ひゃっ!? い、痛くない! しかも……つるつるに……!」

「きゃああ!」とエリナが歓声を上げ、女性陣がどよめいた。

「これは……女性にとって革命ですわ!」
「これを知れば、貴族の婦人たちが宝を積んでも欲しがるでしょう!」

領主とギルマスは赤面しつつも、耳を真っ赤に染めながら顔を背けた。



翔が苦笑混じりに言った。
「飯や寝床だけじゃない。俺たちの世界の生活は、ここまで快適なんだ」

全員が呆然と立ち尽くし、領主は壁に寄りかかりながら震える声を漏らした。
「……常識を覆す……まさに伝承の迷い人……」

ギルマスは両手を上げ、大声で笑った。
「参った! もう完全に腰を抜かしたわ!」

浴室を出る時には、誰もがふらつきながらも、ブレイザーと迷い人に対する畏敬の念を隠せなかった。

《体が軽くなったはずだ。次は“作る”場所――キッチンへ》 
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