キャンピングカーで、異世界キャンプ旅

風来坊

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第5章 王都への道

静寂の下に潜むもの ― 医と知の共鳴 ―

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 ――轟音が止んだ。
 咆哮も、剣戟も、血の噴き上がる音も。
 ただ、残ったのは焼け焦げた肉の臭いと、ひどく重い呼吸の音だけだった。

 翔は剣を地面に突き立て、肩で息をつく。
「……ふぅ……終わった、な」

 石床の上には、無数の傷跡と焦げ跡、砕けた棍棒。
 そして、屍の山――オークとオーガたちが黒く焼け焦げ、床を赤く染めていた。
 戦場の名残がまだ熱を持っている。

 ブルーノが壁に背を預け、苦笑しながら呻いた。
「はっ……死ぬかと思ったぜ。オーガの奴ら、皮膚が岩みてぇに硬かった……」

 リーナが杖を握り直しながらため息をつく。
「……でも、全員生きてる。それだけで十分よ」

 忍は静かに頷き、仲間の状態を確認して回る。
「ブルーノさん、傷の具合は?」
「かすり傷だ。だが、骨がきしむな……」
「動かないで。はい、リジェネレーション」

 柔らかな光がブルーノの腕を包み、温かい風が肌を撫でた。
 血が止まり、痛みが溶けるように引いていく。
「……おお……こりゃ……癖になりそうだ」
「それ、医者に言うセリフじゃないですよ」忍が苦笑する。

 隣ではヨアヒムが薬草を刻んでいた。
「忍殿、このリクス草、見覚えがありますが……形が違う」
「ダンジョン特有の変異ね。魔力濃度で構造が変化してる。混ぜてみましょう」

 2人は瓶を取り出し、薬草と薬液を慎重に混ぜ合わせた。
 ポン、と音を立てて緑の光が弾け、透明な液体ができあがる。
「これは……再生促進剤? 即効性が高い……!」
「現代医療と魔法薬の融合です。理論は後で説明しますね」
「ふふ……忍殿、本当に研究者気質ですな」
「お互い様です」

 そんな二人の姿に、ガルドが大声で笑った。
「おいおい、戦場の真ん中で研究会か! だが嫌いじゃねぇ!」

「……ほんと、これが“迷い人”のやり方なのね」
リーナが苦笑しながら髪をかき上げる。
翔は剣を肩に担ぎ、みんなを見渡した。
「戦うだけが生きる術じゃない。こういう時間も、大事だ」

 ――その時。
 通信機からブレイザーの声が響いた。

《戦闘記録完了。敵性反応は消失。現在、全員の体力・魔力値を測定中。》
《提案。この階層で休息と食事を取ることを推奨。体力回復率40%未満。》

 翔は即座に頷いた。
「そうだな。全員、少し休もう。ブレイザー、食事の準備を頼む」

《了解。自動調理モード、起動。》

 静寂に包まれた石の大広間に、ドローンが次々と飛び込んできた。
 携帯式のテーブルと椅子が組み立てられ、照明が灯る。
 温かいオレンジの光が広間を包み、まるで地上のキャンプ場のような穏やかさが生まれる。

 カトリーナが思わず口にした。
「……まるで、ここだけ別世界みたい」

「いや、別世界じゃなくて、“ブレイザーの世界”なんだろうな」翔が笑う。

 ドローンが並べる料理の数々に、空気が一変する。
 天ぷらの香ばしい匂い。肉の焼ける音。味噌汁の湯気。
 疲労で重かった体が、自然と立ち上がるようだった。

《本日のメニュー:主菜・照り焼きチキン、副菜・野菜天ぷら、汁物・味噌汁、主食・白米またはパン、飲料・自由選択。》

 リーナが目を見開いた。
「……白米? この真っ白な粒、これが……!」
「米だよ。噛むと甘くなるんだ」翔が微笑む。
 ミアがスプーンを持ち上げ、恐る恐る口にした。
「……甘い……! なのに香ばしい……あ、止まらない……!」
「おかわりはありますよ」忍が笑う。

 ブルーノが大口で肉を頬張り、感嘆の声を上げた。
「うっま! この照り焼きってやつ、甘いのに……酒に合う!」
「“醤油”って調味料を使ってるの。塩分と甘味のバランスが絶妙なのよ」忍が説明する。

「発酵食品だろう? まさか、腐らせて旨味を出すなんて……」
「腐らせるんじゃなく、“育てる”の。時間の魔法よ」

 その言葉に全員が笑った。
 戦場の緊張が、ほんの少しだけ溶けていく。

 翔がジョッキを掲げた。
「じゃあ――生き残ったことに、そしてこの奇跡の晩餐に!」
「かんぱーい!!!」

 金属のぶつかる音、笑い声、食器の鳴る音。
 ダンジョンの石壁にそれらが反響し、まるで祝祭のように広がった。



 食後。
 ブレイザーのドローンが静かにティーセットを並べ、香り高い湯気が漂う。
 紅茶、コーヒー、ハーブティー――異世界に似つかわしくない贅沢な香り。

 リーナが一口飲んで目を細めた。
「……落ち着くわね……この香り、癖になりそう」
「ブレイザー特製の“癒しのハーブブレンド”だ」翔が答える。

「ブレイザー、お前ほんとに万能だな」
《褒め言葉として登録。ありがとうございます、マスター》
「……マスターって、やめろ。照れる」
「ふふっ、嬉しそうですよ、翔さん」忍が微笑む。

 ヨアヒムは茶を飲みながら、薬瓶を眺めて呟いた。
「これほどの魔力環境……薬草も未知の成分を含んでいるはずだ。明日採取して調べてみよう」
「じゃあ、私は魔石の波長を調べてみるわ」リーナが続く。
「その間、俺は装備の修復をやっておく」ガルドが工具を取り出した。

 みんなが自分の役割を確認しながら、それぞれの時間を過ごす。
 その光景に、翔はふと微笑んだ。
「……いいチームになったな」

《補足:全員の体力回復率60%突破。簡易睡眠ポッドを展開可能です》

「寝る準備もしてくれるのか?」ユリウスが驚く。
《はい。体温自動調整・快眠モード・安眠音楽付きです》
「音楽まで!? もう王都の宿屋が霞んで見えるな!」

 笑いが起きる。
 疲れ切っていた心と身体が、少しずつ回復していく。



 灯りが落とされ、仄かな光だけが石の空間を照らす。
 全員が寝袋やポッドに入り、静かな息だけが響いた。

 忍が小さく呟く。
「……戦場のすぐ隣で、こんなに穏やかに眠れるなんて、信じられないわね」
 翔は目を閉じたまま笑った。
「戦いと休息、どっちも旅の一部さ」

 遠く、階段の奥から――冷たい風が吹いた。
 まるで、底に潜む“何か”が息をしているかのように。

 翔はその気配を感じながら、胸の中で呟いた。
(……封印、か。
 何を閉じ込めてるんだ……?)

 答えは、まだ誰も知らなかった。

 そして――静寂の夜が、ゆっくりと更けていった。
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