キャンピングカーで、異世界キャンプ旅

風来坊

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第7章 迷宮都市編

黄金の泡、異世界に満ちる夜

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  朝陽が金色に輝く中、ブレイザー車は王都ローデリアを静かに後にした。
 城壁の向こうでユリウスとカトリーナ、そして王と王妃の姿が小さくなるまで手を振り、
 その光景が霞の中に消えると、翔はゆっくりと息を吐いた。

「……さて。ようやく本格的に旅が再開ってわけだな」

 助手席の忍がタブレットを操作しながら微笑む。
「目的地は迷宮都市《グラン・フェルド》。ブレイザーの解析によると、ここから南東に約七百キロ。
 普通の馬車なら十日はかかる距離だけど――」

「ブレイザー車なら、二日で到着可能です」
 運転席のホログラム体――黒髪に整った執事服のブレイザーが、穏やかに応じた。

「へっへっへ! 二日間も酒が飲み放題ってわけだ!」
 後部座席のガルドが、早速ジョッキを掲げて豪快に笑う。
「ブレイザー、この日本酒を少しぬるめにしてくれ!」

「了解しました。アルコールを飛ばさず、人肌温度に調整します」

「朝っぱらから飲むの!?」
 ヨアヒムが慌てて叫ぶが、ガルドは意に介さない。
「冒険者の朝は燃料補給から始まるんだよ!」

 忍が小さくため息をつきながら笑う。
「まぁ、ドワーフ流ってことね。でも飲みすぎたら回復薬出すからね」

「へっへっへ、肝に銘じとくぜ!」

 車内はいつもどおりの賑やかさに包まれ、窓の外では草原が風に揺れて流れていく。
 その様子を見ながら、翔がふと呟いた。
「……やっぱり、空が広いな。日本じゃ、こんな風景なかなか見れねぇ」

 忍が微笑む。
「こっちの世界の空は、ちゃんと“地平線”が見えるの。どこまでも続くって感じ」

「その先に、俺たちの未来があるってことだな」

 ブレイザーの声が響く。
「本日の天候、晴天。追い風により巡航速度時速百五十キロ。現在予定より四十二分早く進行中です」

「おいおい……もう文明どころか、国家が一つ進化してんじゃねぇのか?」
 ガルドが大笑いしながらジョッキを傾けた。



道中 文明と自然の狭間で

 昼過ぎ、丘陵地帯を抜けたブレイザー車は、緑深い森の手前で停車した。
 そのまま軽く休憩を取ることになり、翔は車外へ出る。
 吹き抜ける風が涼しく、太陽の光が葉を透かして揺れていた。

「ブレイザー、この辺で一泊しよう。結界の展開を頼む」
「了解しました。展開半径三百メートル。完全防護結界、起動します」

 透明な波紋のような光が周囲を包み込み、音が静まる。
 まるで世界が一瞬で守られたような感覚。忍が小さく感嘆の息を漏らす。
「……これ、本当に心強いね」

「完全防音・防振結界です。魔物はおろか、音波探知にも反応しません」
 ブレイザーが誇らしげに言うと、ヨアヒムが感嘆の声を上げた。
「これ、研究施設とかに導入したら革命じゃないですか……!」

「いや、まずは腹ごしらえだろ!」
 ガルドが鍋と包丁を取り出し、木製テーブルをどん、と設置する。
「さて、今日は何を食わせてくれるんだ?」

 翔は笑って答えた。
「今日は――山菜の天ぷら、炊き込みご飯、鹿肉の味噌煮。それに……少し面白いことをやってみようかと思ってさ」

「ほう?」ガルドが興味津々で眉を上げる。

「こっちの世界には“ビール”って酒がないんだよな?」
「聞いたこともねぇな。酒といえばエールか葡萄酒が定番だ」
「だろ? じゃあ――“黄金の泡”を作ってみるか」



異世界初のクラフトビール誕生

 翔と忍は、ブレイザーのキッチンユニットを展開させた。
 ホログラムが光り、発酵タンクと冷却槽、温度管理パネルが並ぶ。

「これが発酵装置。材料は麦とホップ、それに酵母だ」
 翔が説明すると、ガルドは目を丸くした。
「こいつで……酒ができるのか? 火も使わねぇで?」

「うん、温度管理と発酵。これが肝だ」
 忍が笑顔で補足する。
「酵母っていう生き物が、麦の糖分を食べてアルコールを作るのよ」

「生き物が酒を……だと……!? 鍛冶よりも神秘じゃねぇか!」
 ガルドがごつい指でタンクをつつきながら、目を輝かせた。

「温度は25度で維持。発酵は24時間」
 ブレイザーが淡々と説明する。

 ヨアヒムも興味津々で覗き込む。
「なるほど……これ、酵母の培養法次第で味が変わるんですね。薬学にも応用できそうです!」

 翔が笑いながら頷く。
「だろ? 医学的にも面白い分野なんだ。微生物って、使いようによっては薬にもなる」

 忍がくすっと笑う。
「翔、あんたの説明、やっぱり先生っぽいわね」

「……いや、ただのタクシードライバーだって」

 笑い声が焚き火の音に混じり、穏やかな夜が訪れる。
 ブレイザーの照明が柔らかく灯り、夜空の星がその光に溶けていた。



翌夜、黄金の一杯

 翌晩。
 ブレイザーが冷却モードを解除し、透明なジョッキに黄金色の液体を注いだ。
 きめ細やかな泡が立ち上がり、ふわりと香ばしい麦の香りが漂う。

「……できたぞ。異世界初のクラフトビールだ」

 翔がジョッキを掲げると、ガルドが嬉しそうにそれを受け取る。
 そして一口――ごくりと喉を鳴らした瞬間、目を見開き、爆発したように笑った。

「ぐっはははは!! なんだこりゃあ!! 喉が生き返るじゃねぇか!!」
「気に入ってもらえたみたいね」忍が笑う。

 「翔、忍! この製法を俺に教えてくれ! ドワーフの里でも作ってみせる!
  “ブレイザー式黄金麦酒”としてな!」

 翔が笑いながら頷いた。
 「もちろん。発酵用の樽はガルドに任せた」
 《設計図作成を開始します。素材選定、ガルド様に一任》

 「おうよ! 俺の名を刻んだ最高の樽を作ってやる!」
 ガルドの瞳は、まるで少年のように輝いていた。



 その夜、焚き火のそばで全員が笑い合う。
 ジョッキを掲げ、互いの旅路と未来に乾杯した。

 ブレイザーが静かに告げる。
「――この瞬間、異世界に新たな文化が誕生しましたね」

 翔が微笑んで頷く。
「そうだな。たった一杯の酒でも、人の心を繋ぐことができる。
 それが……俺たちがここに来た意味なのかもしれないな」

 夜空に泡のような星が瞬き、黄金の香りが風に乗って広がった。
 ――その香りは、確かに“未来”の匂いだった。
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