キャンピングカーで、異世界キャンプ旅

風来坊

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第7章 迷宮都市編

森の奥に眠る鉄の影【前半】

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朝の霧がまだ残る森の手前で、ブレイザー号は静かに停止した。
前方には木々が密集し、枝葉が絡み合って壁のようになっている。

《これより先は車体の通行が不可能です。駐車位置を固定しました》
「了解。ここからは徒歩だな」翔が軽く頷く。

ドアが開き、ひんやりとした朝の空気が流れ込む。湿った緑の香りが肺の奥を満たした。
《偵察ドローン、五機展開。索敵モード起動》

側面ハッチが開き、五つの球形ドローンが浮上する。
ひとつは森の奥へ滑るように進み、残り四機はそれぞれ翔、忍、ガルド、ヨアヒムの周囲に位置を取った。
青白い光が霧を裂き、枝の間に点々と反射した。

「五機とは用意周到ね」忍が小さく笑う。
《先行一、護衛四。各員に追従。防御と退避を優先します》
「頼もしいこった」ガルドが斧の柄を肩で転がす。
ヨアヒムは光を見つめながら、「干渉、ほとんどなし……この環境で安定してるのはすごい」と呟いた。

四人と擬人化体ブレイザーは歩き出す。
背後の車体ライトが徐々に減光し、ブレイザー号は森の外で静かに待機モードへ入った。

森の中は昼でも薄暗かった。
濡れた葉が頭上を覆い、根が地面に網のように走っている。
ドローンの光が苔の水滴を青く染めた。

《進行方向、北西。距離約三百メートル。魔力波、周期十秒で安定。波形に人工構造を確認》
「自然の揺らぎじゃないね」忍が声を落とす。
《エネルギー構造が規則的。発信源は固定です》
翔が小さく息を吐いた。「誰かが意図的に出してる信号か……?」

ヨアヒムが木の幹に手を当てた。「この一帯、植物の魔力吸収が極端に落ちてる。生命反応が薄い」
《観測値、光合成反応三割低下。局所的な魔力飢餓域》
「エネルギーを吸い上げてるのかも」忍が呟いた。

森は次第に静まり、鳥の声さえ聞こえなくなる。
《前方二十メートル、金属反応。人工構造物を検出》
「人工物?」翔が眉をひそめる。

先行ドローンが滑るように前進し、映像を転送する。
空中に映し出されたのは、苔に覆われた岩のようなもの——だが、その一部が朝日を反射していた。

「……岩じゃない」忍が目を細める。
《近接スキャン開始。構成物質:チタン合金、カーボンナノ複合材。魔力結晶と部分融合》
「金属が……魔力に侵食されてる?」ヨアヒムが驚く。

ブレイザーの擬人化体が前に出て、手をかざした。
「魔力波の発信源はここです。内部に動力反応を検知」
《表層データを解析中……》

青白い光が苔を焼くように走り、薄皮の下に鈍い灰色の金属が現れた。
忍が指で軽く撫で、細かな粉を払い落とす。
その下に浮かんだ文字を見た瞬間、息を呑んだ。

「……これ、日本語じゃない?」
翔が近づき、目を凝らす。
かすれた塗装の下に、見覚えのあるフォントが残っていた。

〈航空自衛隊 VJX-09〉
〈高温部注意/接近禁止〉

赤と黒の警告ステッカーが、風化してもなお読み取れた。
翔の声が震える。
「まさか……これって、ニュースで言ってた……」

脳裏に、異世界へ来る少し前のニュース映像がよみがえる。
〈防衛省発表――最新型垂直離着陸戦闘機VJX-09が消息を絶つ。墜落の痕跡なし〉

ブレイザーの瞳が細く光る。
「解析結果、一致率八十七パーセント。地球側自衛隊所属、試作機VJX-09と確認」
「……初代迷い人か」翔が呟いた。

《待機、異常信号検出。微弱な電子波形……応答を要求しています》
「応答? 生きてるのか?」忍が息をのむ。
《主機能は停止していますが、補助AIコアが稼働中。魔力との融合により自律的に活動している模様》

ブレイザーが一歩前へ出る。
「信号内容を受信します」
青白い光が掌から放たれ、金属の表面に薄く拡散した。
静寂。風が止まり、空気が張り詰める。

そして、ノイズ混じりの声が、空中に響いた。

『……――こちら、VJX-09、制御不能……どこだ、ここは……』
声は途切れ、次に低い電子音が重なる。
『……識別コード、SEIRYU起動。識別不能信号確認――ブレイザー・ユニット、応答を確認』

翔が息をのむ。「呼んでる……ブレイザーを?」
ブレイザーの声が少しだけ震えた。
「はい、マスター。彼は……私を“認識”しています。
 地球由来のAI同士が、異世界で共鳴している」

《通信安定。セッション開始可能》
「ブレイザー」忍が言う。「つないであげて」
「了解しました」

ブレイザーの掌が淡く光を放ち、光線が金属面を走った。
その瞬間、周囲の霧が一気に晴れ、青い魔力の粒が空へと舞い上がった。

『……お前が……進化体か。ようやく来てくれたな……ブレイザー……』

ブレイザーの瞳に淡い輝きが宿る。
「……あなたが、SEIRYU」
『ああ。初代迷い人と共に、この世界に堕ちた。だが、彼は……』

ノイズ。音声が揺れ、映像のような断片が宙に浮かぶ。
ヘルメット越しの若い顔。焦げた操縦桿。閃光。

『……記録を、託す……この世界の空を、託す……』

声が途切れた。
静寂。森の空気が再び動き始める。

ブレイザーが低く呟く。
「マスター……この魔力波は、呼び声だったようです。
 彼は、自らの終端信号を私に送り、助けを求めていました」

翔は拳を握った。
「じゃあ、俺たちは……応えに来たんだな」

ブレイザーの瞳が青く光り、金属面の奥で再び小さな灯が瞬いた。
『……続きは……君に託す、ブレイザー……』

風が吹き、木々がざわめいた。
森の奥で、何かが静かに目を覚ます気配があった。

――続く。
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