キャンピングカーで、異世界キャンプ旅

風来坊

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第7章 迷宮都市編

風が還る場所

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 ――かつて迷宮都市エルグラードと呼ばれた地に、もう街の姿はなかった。

 陽光は灰色の雲に遮られ、風は砂を巻き上げて吹き抜ける。
 そこに広がるのは、直径数キロに及ぶ巨大な陥没跡。
 崩れ落ちた塔の残骸は溶け、黒い煙が地の底から立ち上っている。
 塔の中心――風の核石があった場所には、ぽっかりと空いた台座だけが残っていた。

 その姿はまるで、
 “神話の終わり”を告げる墓標のようだった。

《地表構造、完全崩壊。地盤安定、不能。》
 ブレイザーの冷静な報告が、虚空に響く。
《この地を“居住不可能領域”として登録します。》

 風が砂を巻き上げ、塔の残骸をさらっていく。
 誰もいない――ただ、風だけがこの地に残った。



 そのわずか上空。
 ブレイザーが展開した亜空間「アルカディア・ネクサス」では、
 避難してきた五万人弱の人々が、まだ現実を受け止めきれずにいた。

 空は人工の青、温度は安定していても、心は追いつかない。
 誰もが何も持たずに逃げてきた。
 焼けた服、泥にまみれた手、裸足のままの子ども。
 それでも、生きている――その事実だけが、心を支えていた。

 上空では、ブレイザーのドローン群が縦横無尽に動き回っている。
 運搬、組立、照明、電力供給――110機すべてが建設作業に従事していた。

《全ドローン稼働率97%。建設進行度78%。完成予測まで残り五時間。》

 街の骨格が、光の筋となって少しずつ立ち上がっていく。
 その光景を見上げ、避難民たちは言葉を失った。

「……空の中に……街ができていく……」
「神の機械だ……」
「生きてるだけで、もう十分だ……」

 人々の声はかすかで、それでも確かに希望を含んでいた。



 ブレイザー医療区画――白い光が満ちる静寂の部屋。
 そこには透明なメディカルポッドがひとつ。
 その中で、翔が横たわっていた。

 右脇腹は半分以上抉れ、背骨が露出していた。
 メディカルポッドが細胞単位の再生を試みるが、損傷が深すぎる。
 心拍はわずかに維持されているが、意識は戻らない。
 ――もう、半日が経っていた。

 忍はポッドの透明な外殻に手を添え、じっと見つめていた。
 触れることもできず、ただ見守るしかない。
 それでも、そこにいるという事実だけで、彼女は祈り続けた。

「……まだ、生きてるんだよね……?」
《心拍は維持されています。しかし、魔力反応は限界域。あと数時間で――》
「言わないで!」忍の声が震える。
《……了解。》

 静寂が戻る。
 忍は目を閉じ、ポッドに額を寄せた。
「……お願い、帰ってきて……翔……」

 そのとき、微かな風が生まれた。
 密閉空間の中で、あり得ないはずの気流が流れる。
 風の核石が、柔らかく光を放ち始めた。

《魔力波形、上昇中! 核石が反応しています!》

 光が翔の胸から脇腹へと流れ、細胞が再構築されていく。
 裂けた筋肉が繋がり、骨が伸び、皮膚が再生する。
 その光景に、忍は息を呑んだ。

《核石との融合反応確認。魔力同調率、上昇――臨界突破。》
「……臨界?」
《再生ではありません。……進化です。》

 光が弾けた。
 翔の全身から風の紋章が浮かび上がり、空気が揺れる。
《レベル上昇確認……上昇幅、五百を超過。現在、レベル五四三。》
 忍は震える声で呟いた。
「……翔……あなた……人間じゃない……。鑑定結果、“半神(デミゴッド)”……!」

 ブレイザーが静かに言葉を継いだ。
《種族変化を確認。人間から半神へ――融合、完了です。》

 光が収まり、ポッドの内部に静寂が戻る。
 そして――翔のまぶたが、わずかに震えた。

 忍の目から涙があふれた。
「翔っ……!」

 翔はゆっくりと目を開け、
 ぼんやりと忍の顔を見た。

「……忍……泣くなよ……」
 かすれた声で、笑いながら言った。
 忍は嗚咽をこらえながら、首を振る。
「バカ……どれだけ心配したと思ってるの……!」

 ポッドの蓋が開き、翔がゆっくりと体を起こす。
 忍が駆け寄り、震える手で彼の頬に触れた。
 翔はその手を握り返し、静かに言う。
「……ごめんな。心配、かけたな……」

 忍の涙が止まらなかった。
「もう……いいの。生きててくれたら、それで……」

 翔はそのまま彼女を抱きしめ、
 小さく息を吸い込んで、唇を重ねた。

 それは――“死を越えて戻った”者と、“待ち続けた”者の約束。
 ふたりを包むように、優しい風が流れた。



 同じ頃、アルカディア・ネクサスの広場では、
 ブレイザーが避難民の支援を開始していた。

《ドローン・フードユニット展開。ハンバーガーとコーンスープを全区画へ配給開始。》

 無数のドローンが空を飛び回り、温かな湯気を漂わせながら人々の前に降りていく。
「……食べ物だ……!」
「温かい……スープだ……!」
 老人が泣きながらスープを口にし、子どもが両手でハンバーガーを抱えて頬張る。
 それを見て、ガルドとヨアヒムは安堵の息をついた。

「よし……これでなんとかなるか」
「建設も順調です。あと五時間で主要居住区が完成します」
 二人はドローンに指示を送りながら、地上の状況を逐一確認していた。
「……忍のやつ、ずっと翔の側にいるんだろうな」
「ああ。あいつにしかできないことだ。」



 ブレイザーの声が室内に響いた。
《マスター、魔力安定。身体機能すべて正常。》
 翔は深く息を吸い、忍の髪を撫でながら呟く。
「……ここが、俺たちの街になるんだな。」
《はい。地上は完全崩壊。アルカディア・ネクサスが唯一の居住圏です。》

「なら……ここから始めよう。風の都市として。」
《正式登録更新――アルカディア・ネクサス、風の都市。》

 人工の空が深い青に染まり、柔らかな風が二人の頬を撫でた。

「翔、これからどうするの?」
「――次は、水だ。」
 翔の視線の先に、ブレイザーが投影した立体地図が浮かぶ。
《北方の“水霊湖(すいれいこ)”。古代記録によると、そこに“水の核石”が封印されています。》

「封印ダンジョン……?」
《はい。風と同格の存在です。》
 忍が小さく息を呑む。
「……また、誰かが待ってるのかもしれないね。」
「ああ。――あの封印を解くために、俺たちは進む。」

 翔の瞳に宿る光は、もはや人のものではなかった。
 それでも、そこにあったのは確かに“人間の意志”だった。

《風が止まりました。次は――水の導きです。》
 ブレイザーの声とともに、風が静かに流れを変える。
 人工の空に、新たな航路が描かれた。

 翔は忍の手を取り、静かに微笑む。
「行こう。次の封印へ――水の都へ。」

 風が彼らを包み、アルカディア・ネクサスの空に光が満ちる。
 こうして、風の核石を手に入れた翔達の、新たな旅が始まった。
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