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第8章 水霊湖編
青き静寂の呼び声
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――夜明けの光が、人工空を照らしていた。
迷宮都市エルグラードの崩壊から三日。
ブレイザーの内部に広がる亜空間都市〈アルカディア・ネクサス〉では、ようやく人々の生活が落ち着きを取り戻していた。
人工太陽がビル群のガラス面を黄金に染め、風が自動循環システムのダクトを抜けて穏やかに吹く。
しかしこの安らぎの裏で、翔と忍、そしてブレイザーたちは次の目的地に向けた準備を進めていた。
《報告。迷宮都市エルグラード周辺の探索を完了。》
《生存者の反応、ゼロ。地表は完全崩落、深度二千メートルまで地層の断裂を確認。》
ブレイザーの報告が室内に響いた。
翔は腕を組み、壁面に投影された地図を見つめる。
「……やっぱり、あの崩壊は止められなかったか。」
忍が静かに目を伏せる。「あの街……人も多かったのに、跡形もないなんて。」
《採掘ドローン二十機による資源回収も完了。魔石・魔導金属・建材・希少鉱物をアルカディア資源庫へ収容済みです。》
「了解。……あそこに生きた証は、ちゃんと残しておこう。」
《八十機の探索ドローン、帰還完了。封印ダンジョン周辺の監視任務も解除。》
翔がモニターを閉じて頷く。「よし、撤収完了だな。」
《なお、王都防衛に残していたドローン三十機を再配置。現在王都上空で防衛巡回を開始しています。》
その直後、通信音が鳴った。
『――翔さん! こちらミアです! ブレイザーの防衛機が突然いなくなって、何があったのですか!? 王都がざわついて……!』
心配そうな声に、翔は思わず苦笑する。
「すまない、ミア。状況は安定してる。ドローンは王都の防衛を維持中だ。俺たちは“次の封印”へ向かう準備をしてる。」
『次の……封印? また危険な場所に行くんですか?』
「行かないと、いずれ王都も同じ運命になる。心配するな、今度はブレイザーがついてる。」
『……必ず、無事で戻ってきてくださいね。ユリウス様も、とても心配しています。』
「伝えてくれ。“俺たちは諦めない”って。」
通信が切れ、静かな電子音が残った。
翔は息を整え、ブレイザーに向かって言った。
「次の目的地は――水霊湖だ。」
《はい。古文書“封印記録第七断片”によれば、水の核石は“アクア=レムナント”と呼ばれる大湖の底に眠るとのこと。》
「距離は?」
《直線距離八千二百キロ。高速航空モードでの移動時間、百六十分。》
「二時間半か。ずいぶん遠いな。」
《しかし、これが最短航路です。魔力嵐帯を三度通過しますが、航行は問題ありません。》
忍が立ち上がり、風の揺らぎを纏うように髪を結んだ。
「行きましょう。……あの崩壊を繰り返さないためにも。」
翔は頷き、手を差し伸べる。「行こう、風の伴侶。」
忍は一瞬だけ微笑み、その手を取った。
《ブレイザー、航空形態に移行。転送ゲート、起動します。》
床の紋章が青く光り、風が渦を巻く。
二人の姿は粒子となって上層――ブレイザーのメインブリッジへと転送された。
透明なキャノピーの外には、〈アルカディア〉の空。
都市の中央塔がゆっくりと遠ざかり、青と白の人工雲が流れていく。
《離脱開始。都市リンク維持、空間隔層突破。高度上昇開始。》
機体が滑るように浮かび、光の帯を引いて上昇する。
「やっぱり不思議だよな……」翔が呟いた。
「ブレイザーの中に街があって、その街の塔の中から、またブレイザーに乗るって……」
「螺旋みたいな世界ね。」忍が小さく笑う。
《現実は多層構造です。ブレイザーの内部は亜空間、しかし外界とのリンクを維持しています。空想と現実の境界にいる感覚、理解できます。》
「難しい話だな……でも嫌いじゃない。」翔が苦笑する。
《速度上昇。マッハ4.5、巡航安定。目的地到達まで百六十分。》
窓の外で雲が流れ、青空が線のように延びる。
そして二時間半後――
《目的地、“アクア=レムナント”視界内に捕捉。》
その瞬間、機内の空気が一変した。
視界一面に広がる青。
それは湖というよりも、“大陸を沈めた空”だった。
雲の影が水面をゆらめかせ、陽光が鏡のように反射している。
遠くの山脈まで青の層に溶け、風が凪いで音ひとつしない。
「……きれい、なんてもんじゃないわね。」忍が呟く。
翔も黙って見つめた。息を飲むような光景だった。
《観測開始。湖面下、深度三百メートルに高濃度魔力反応。封印構造を確認。》
「ここも……“核石”の眠る場所か。」翔が小さく言う。
だが、その時だった。
風でも波音でもない“何か”が、忍の耳に流れ込んだ。
水滴が落ちるような声。静かで、胸の奥を撫でるような響き。
――“……風の伴侶よ……なぜ、封印を解いたのですか……”
忍の肩が震えた。
「……い、今の……」
「忍?」翔が振り向く。
《音波反応なし。精神波通信の可能性があります。》ブレイザーの声が冷静に響く。
忍は瞳を閉じ、胸に手を当てる。
「……あなたは、誰?」
――“我はこの地を護る水霊。風の神の伴侶よ、何ゆえに封印を乱したのです……”
「乱してなんかない!」忍が叫んだ。
「救いたいの。……この世界も、翔も!」
風が止み、湖面がわずかに震えた。
翔が息を呑む。「……湖が、反応してる?」
《魔力波、上昇。深度上昇中。接近します!》
瞬間、湖面が爆ぜた。
天へ向かって立ち上る水柱。
その中心から、透き通る女性の姿がゆっくりと現れる。
長い髪が波のように揺れ、青いヴェールが陽光を反射して煌めいた。
「……我は、水霊アクエリア=セレス。風の神の伴侶よ――その声、確かに届きました。」
その声は、湖の底からも、空の上からも響いているようだった。
「だが確かめさせてください。あなたたちの“真意”を。」
水面が渦を巻き、光が爆ぜた。
《転送反応! 全員、封印層内部に転移されています!》
ブレイザーの声が響いた瞬間、翔たちの姿は光に包まれ、青の深淵へと吸い込まれていった。
残された湖面に、波紋が静かに広がる。
その音は――確かに忍の名を呼んでいた。
迷宮都市エルグラードの崩壊から三日。
ブレイザーの内部に広がる亜空間都市〈アルカディア・ネクサス〉では、ようやく人々の生活が落ち着きを取り戻していた。
人工太陽がビル群のガラス面を黄金に染め、風が自動循環システムのダクトを抜けて穏やかに吹く。
しかしこの安らぎの裏で、翔と忍、そしてブレイザーたちは次の目的地に向けた準備を進めていた。
《報告。迷宮都市エルグラード周辺の探索を完了。》
《生存者の反応、ゼロ。地表は完全崩落、深度二千メートルまで地層の断裂を確認。》
ブレイザーの報告が室内に響いた。
翔は腕を組み、壁面に投影された地図を見つめる。
「……やっぱり、あの崩壊は止められなかったか。」
忍が静かに目を伏せる。「あの街……人も多かったのに、跡形もないなんて。」
《採掘ドローン二十機による資源回収も完了。魔石・魔導金属・建材・希少鉱物をアルカディア資源庫へ収容済みです。》
「了解。……あそこに生きた証は、ちゃんと残しておこう。」
《八十機の探索ドローン、帰還完了。封印ダンジョン周辺の監視任務も解除。》
翔がモニターを閉じて頷く。「よし、撤収完了だな。」
《なお、王都防衛に残していたドローン三十機を再配置。現在王都上空で防衛巡回を開始しています。》
その直後、通信音が鳴った。
『――翔さん! こちらミアです! ブレイザーの防衛機が突然いなくなって、何があったのですか!? 王都がざわついて……!』
心配そうな声に、翔は思わず苦笑する。
「すまない、ミア。状況は安定してる。ドローンは王都の防衛を維持中だ。俺たちは“次の封印”へ向かう準備をしてる。」
『次の……封印? また危険な場所に行くんですか?』
「行かないと、いずれ王都も同じ運命になる。心配するな、今度はブレイザーがついてる。」
『……必ず、無事で戻ってきてくださいね。ユリウス様も、とても心配しています。』
「伝えてくれ。“俺たちは諦めない”って。」
通信が切れ、静かな電子音が残った。
翔は息を整え、ブレイザーに向かって言った。
「次の目的地は――水霊湖だ。」
《はい。古文書“封印記録第七断片”によれば、水の核石は“アクア=レムナント”と呼ばれる大湖の底に眠るとのこと。》
「距離は?」
《直線距離八千二百キロ。高速航空モードでの移動時間、百六十分。》
「二時間半か。ずいぶん遠いな。」
《しかし、これが最短航路です。魔力嵐帯を三度通過しますが、航行は問題ありません。》
忍が立ち上がり、風の揺らぎを纏うように髪を結んだ。
「行きましょう。……あの崩壊を繰り返さないためにも。」
翔は頷き、手を差し伸べる。「行こう、風の伴侶。」
忍は一瞬だけ微笑み、その手を取った。
《ブレイザー、航空形態に移行。転送ゲート、起動します。》
床の紋章が青く光り、風が渦を巻く。
二人の姿は粒子となって上層――ブレイザーのメインブリッジへと転送された。
透明なキャノピーの外には、〈アルカディア〉の空。
都市の中央塔がゆっくりと遠ざかり、青と白の人工雲が流れていく。
《離脱開始。都市リンク維持、空間隔層突破。高度上昇開始。》
機体が滑るように浮かび、光の帯を引いて上昇する。
「やっぱり不思議だよな……」翔が呟いた。
「ブレイザーの中に街があって、その街の塔の中から、またブレイザーに乗るって……」
「螺旋みたいな世界ね。」忍が小さく笑う。
《現実は多層構造です。ブレイザーの内部は亜空間、しかし外界とのリンクを維持しています。空想と現実の境界にいる感覚、理解できます。》
「難しい話だな……でも嫌いじゃない。」翔が苦笑する。
《速度上昇。マッハ4.5、巡航安定。目的地到達まで百六十分。》
窓の外で雲が流れ、青空が線のように延びる。
そして二時間半後――
《目的地、“アクア=レムナント”視界内に捕捉。》
その瞬間、機内の空気が一変した。
視界一面に広がる青。
それは湖というよりも、“大陸を沈めた空”だった。
雲の影が水面をゆらめかせ、陽光が鏡のように反射している。
遠くの山脈まで青の層に溶け、風が凪いで音ひとつしない。
「……きれい、なんてもんじゃないわね。」忍が呟く。
翔も黙って見つめた。息を飲むような光景だった。
《観測開始。湖面下、深度三百メートルに高濃度魔力反応。封印構造を確認。》
「ここも……“核石”の眠る場所か。」翔が小さく言う。
だが、その時だった。
風でも波音でもない“何か”が、忍の耳に流れ込んだ。
水滴が落ちるような声。静かで、胸の奥を撫でるような響き。
――“……風の伴侶よ……なぜ、封印を解いたのですか……”
忍の肩が震えた。
「……い、今の……」
「忍?」翔が振り向く。
《音波反応なし。精神波通信の可能性があります。》ブレイザーの声が冷静に響く。
忍は瞳を閉じ、胸に手を当てる。
「……あなたは、誰?」
――“我はこの地を護る水霊。風の神の伴侶よ、何ゆえに封印を乱したのです……”
「乱してなんかない!」忍が叫んだ。
「救いたいの。……この世界も、翔も!」
風が止み、湖面がわずかに震えた。
翔が息を呑む。「……湖が、反応してる?」
《魔力波、上昇。深度上昇中。接近します!》
瞬間、湖面が爆ぜた。
天へ向かって立ち上る水柱。
その中心から、透き通る女性の姿がゆっくりと現れる。
長い髪が波のように揺れ、青いヴェールが陽光を反射して煌めいた。
「……我は、水霊アクエリア=セレス。風の神の伴侶よ――その声、確かに届きました。」
その声は、湖の底からも、空の上からも響いているようだった。
「だが確かめさせてください。あなたたちの“真意”を。」
水面が渦を巻き、光が爆ぜた。
《転送反応! 全員、封印層内部に転移されています!》
ブレイザーの声が響いた瞬間、翔たちの姿は光に包まれ、青の深淵へと吸い込まれていった。
残された湖面に、波紋が静かに広がる。
その音は――確かに忍の名を呼んでいた。
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