キャンピングカーで、異世界キャンプ旅

風来坊

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第8章 水霊湖編

水霊セレス、再び愛を知る

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 夜明けの光が、霧を割りながら湖を照らしていた。
 世界が息を潜め、時間さえも凍りついたように静かだった。
 翔と忍は、水際に立ち尽くしていた。

 風が吹いていないのに、髪がわずかに揺れた。
 その理由を問うまでもなく――湖が、呼吸していた。
 水面がふう、と吐息のように膨らみ、次の瞬間、
 湖底から青白い光が、心臓の鼓動のようにゆっくりと打ち始めた。

「……感じる?」忍が小さく囁く。
「湖の奥から、何かが……呼んでる。」翔の声もまた低く震えていた。

 空気が変わった。
 冷たくも、どこか懐かしい――涙の匂いがした。
 そして、霧が静かに裂け、そこからひとつの人影が現れた。

 透明な水をそのまま人の形にしたような女性だった。
 髪は銀と青が交わる色で、肌は月光のように淡く光る。
 目に宿るのは深い湖の底の静けさ。
 どこまでも穏やかで、それでいて、永遠の孤独を湛えていた。

「あなたが……セレス?」忍が息を飲む。
 女性はゆっくりと頷いた。
「そう。かつて水霊と呼ばれ、この地を護った者。」

 声は澄みきった鈴の音のようで、
 聞くだけで胸が痛むほど、優しい響きをしていた。

「けれど、私はこの湖に囚われていたの。
 罰を受けるように――自分の罪と共に、永遠に。」

「罪?」翔が問う。
 セレスは小さく微笑んだ。
「私は……“風の半神”を愛してしまった。
 神々の掟を越え、ひとりの人として、彼を愛したの。」

 湖面に小さな波が立った。
 セレスの声は静かだが、その奥には、溢れ出す想いがあった。

「けれど、永遠を生きる者にとって、“失う”ということは恐怖なの。
 愛すれば、終わりが来る。
 終わりが来れば、私は壊れてしまう。
 だから、彼を――封じたの。」

 忍の目が大きく揺れた。
「……愛していたのに、封じた?」

「ええ。愛が怖かった。
 彼を失うぐらいなら、閉じ込めた方がいいと思ったの。
 それが、どれほど愚かだったかも知らずに。」

 その声に、湖面の光が震えた。
 まるで彼女の涙が水そのものを震わせているようだった。

「封じられた彼は静かに笑っていたわ。
 “君が泣かないなら、それでいい”って。
 私はその笑顔が、今も忘れられない。」

 セレスは手を胸に当て、空を見上げた。
「私は、この湖に自分を縛ったの。
 彼のいない世界で、風の音を聞きながら、永遠に罪を償うために。」

 翔は息を呑んでいた。
 風の中に、懐かしい鼓動が混ざるのを感じていた。
 セレスの語る“風の半神”――それは、
 彼の中で微かに眠る“自分のもうひとつの記憶”に共鳴していた。

 忍が一歩進み出た。
「あなた……ずっとひとりだったのね。」
「ええ。でも、あなたたちを見て思い出したの。
 “愛は恐れるものではなく、育てるもの”だと。」

 セレスの胸元が光り始めた。
 水の中に眠るように、青く透き通る結晶が浮かび上がる。
 〈水の核石〉――その光は、心臓の鼓動と同じリズムで脈打っていた。

「この石は、命を循環させる源。
 世界の水脈と繋がる、記憶の結晶。
 けれど、今の私には……もはや抱えきれない。
 あなたの中に、流れを見たの。」

 セレスの視線が忍に向く。
「あなたの心の奥で、“風”が呼んでいる。
 失うことを恐れず、愛することを選んだ者。
 その魂こそ、水と風を繋ぐ鍵。」

 忍は震えながらも前へ出た。
「……わたしに、できるの?」
「できるわ。あなたには“流れ”がある。
 翔の風に寄り添い、支え、包み、時に逆らう――
 まるで、風と波のように。」

 セレスが両手を広げた。
 水の核石が静かに浮き、忍の胸元へ導かれる。
 風が巻き起こり、水がその流れを受け入れた。

「恐れずに受け止めて。
 あなたの想いが、世界を変えるわ。」

 忍がそっと目を閉じる。
 指先が核石に触れた。
 瞬間――世界が青と白の光に包まれた。

 水が風に溶け、風が水に抱かれた。
 空と大地が反転し、
 湖全体がまるでひとつの心臓のように脈打つ。

《警告:高密度魔力共鳴。異種融合反応を検知――》
《対象:松田忍。変異率、安定化に移行。進化傾向を確認。》

 ブレイザーの声が響く。
 翔は手を伸ばす。
「忍っ!」

 眩しい光の中、忍の姿が浮かび上がる。
 髪が淡い青に染まり、瞳は水底のように深く澄んでいた。
 頬を伝う雫が、光に変わって消えていく。

「……翔。」
 その声はまるで、泉の底から響く歌のようだった。

《分析完了。松田忍、進化を確認。新種族――“水の半神”。》

 翔は息を詰めた。
 彼女の周囲の空気が、ただの風ではなかった。
 湿り気を帯び、香りを持ち、生命そのものの循環を感じさせる。

「きれいだ……でも、それ以上に……強い。」
 忍は微笑んだ。
「あなたが、わたしを信じてくれたから。」

 セレスが静かに近づいた。
 その姿はもう、半ば光の粒となっていた。
「あなたたちを見て、もう一度信じたの。
 風と水は決して敵じゃない。
 交わることで、世界は息を吹き返す。」

 その言葉とともに、湖面が揺れた。
 セレスの身体が粒子となって舞い上がり、
 やがてブレイザーの前で青い光に変わった。

《高位魔力体より同調信号。転移要請を受信。》
《セレス――“ダンジョンコア”として再構築可能。アルカディア・ネクサスへの統合を申請中。》

「……一緒に来てくれるのか?」翔が問う。
 光の中から、セレスの声が答えた。
「この流れを、もう一度見ていたいの。
 止まっていた水に、あなたたちは風をくれた。
 なら、私はその風に導かれよう。」

 光が彼らを包み、風が渦を巻く。
 翔が忍の手を握る。
 冷たい水の感触が、まるで彼女の温もりのようだった。

「行こう、忍。」
「ええ。風と水の流れる方へ。」

 水面が大きく渦を巻き、
 二人の姿を飲み込んだ。
 霧が晴れ、静けさが戻る。
 湖は何も語らない――けれど確かに“笑っていた”。

《転送完了。水霊セレス、コアモジュールとして登録。
 次元ゲート、アルカディア・ネクサスへ展開。》

 青白い光の柱が立ち上り、
 その中に風と水の紋章が交わった。

 それは、失われた神話が再び動き出した瞬間だった。
 そして、彼らの旅は次の世界へ――
 再生と希望の新たな航路を、風と水が導いていく。
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