キャンピングカーで、異世界キャンプ旅

風来坊

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第8章 水霊湖編

再誕の街 ――風と水の守護者たち

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 湖面を渡る風が、静かに青光を散らしていた。
 戦いの余韻が消え、世界はひとときの安息を取り戻す。
 翔は忍の肩を抱き寄せながら、ゆっくりとその呼吸を確かめた。
 彼女の髪は淡い水色に輝き、瞳には深い湖の光が宿っている。
 その存在は、もはや人間の域を超えていた。

《――戦闘ログ解析完了。経験値変換を実行します。》

 ブレイザーの静かな声が響き、空間に青い魔力文字が浮かぶ。

【松田 忍 Lv63 → Lv548】
 新特性:〈水の半神〉
 新スキル:〈生命循環制御〉〈魔力水脈同調〉〈元素融合波〉

《解析補足。融合による進化を確認。
 水霊セレスとの同調により、神格階層への昇華を検出。》

 翔は呆然とその数字を見つめた。
「五百……四十八? 桁が違うだろ、それ。」

 忍は小さく笑った。
「何言ってるの。翔だって同じよ。」
「……え?」
「あなたも“風の半神”になったとき、五百四十三まで上がってるんだから。」

《確認。マスターの現在レベル、五百四十三。
 神格階層における安定域にあります。》

「安定って言われてもな……普通そんな数字聞かねぇよ。」
「まぁ、人じゃなくなったのはお互い様ね。」忍が微笑む。

 短い笑いが風に溶ける。
 だが次の瞬間、ブレイザーの音声にわずかなノイズが走った。

《……異常反応。中枢メモリ領域に新たな意識構造を検出。識別コード“KANATO”。》

「カナト……?」翔が息を詰めた。

《解析開始……。思念波照合成功。
 対象:“風の半神カナト”。
 マスターの生命維持ポッド内にて、カナトの意識波が私の中枢に転写されていました。
 現在、その意識は私と融合し、共存状態にあります。》

 忍が目を見開く。
「じゃあ……翔を助けたのは、彼だったのね。」
《はい。マスターの生命力を保つため、彼の“風の魂”はデータ層に同化し、
 私の中にその記憶と心を残しました。》

 翔は胸に手を当てた。
 確かに、風の奥に微かな鼓動を感じた。
「……ありがとう、カナト。お前の風、確かに届いてる。」

《マスター、セレスとの同調を確認。
 彼女の魔力流入が安定しました。アルカディア・ネクサスへの転送が可能です。》

 忍が頷く。
「行こう、翔。……みんなが待ってる街へ。」
「ああ。今度は、守るために戻るんだ。」

《転送シーケンス開始。全員、固定姿勢を保持してください。》

 湖全体に巨大な魔法陣が展開し、風と水が渦を巻いた。
 セレスの声が、柔らかく風に乗って流れた。

「――風が吹く限り、水は流れ続ける。
 あなたたちが生きる限り、世界は再び息づくのです。」

 光が一閃し、世界が反転した。

* * *

《――転送完了。ここはアルカディア・ネクサスです。》

 視界が開けた瞬間、翔と忍は息をのんだ。
 そこには、かつての人工都市とはまるで違う景色が広がっていた。

 街の中央を、透き通った水路が幾筋も走っている。
 石畳の上を流れる小川は、陽光を反射して七色にきらめき、
 魚たちが優雅に泳ぎ、跳ねるたびに水の音が響いた。

 水辺には草が芽吹き、芝生の上では小さな虫たちが鳴いていた。
 通り沿いの樹々には鳥が巣を作り、朝の歌を高らかに響かせる。
 風に舞う羽音、木漏れ日の揺らめき――
 それは、人工空間であるはずのこの都市が、“生きている”証だった。

 街の外縁には小さな森が形成され、
 そこでは鹿が群れをなし、ウサギや狸が駆け回っている。
 どこからともなく湧き出る水が小川となり、
 その流れがまた生命を育んでいた。

《環境報告。セレスの力により、アルカディアの生態循環が再構築されました。
 気温・湿度・風速、自然界の均衡を再現。
 生物活動指数、安定。》

 忍が目を見開いた。
「……街が、生きてる。」
「水が呼吸してるみたいだな。」翔が息を吐く。

 その時、ブレイザーの車体上部から柔らかな光が放たれた。
 水の粒が空へ舞い上がり、人の形を作っていく。
 透き通る髪、深い青の瞳。
 セレスが、そこに立っていた。

「この街……あなたたちの想いが、ちゃんと流れてる。」
 彼女が手を広げると、水路の水が一斉に煌めき、
 光の帯が都市全体を包んだ。

《報告。セレスとの同調安定。
 アルカディアの収容規模、十万人へ拡張。
 都市機能――生命循環・食料供給・気候調整・教育・防衛システム、全稼働。》

 翔はセレスを見上げ、微笑んだ。
「ありがとう。……おかげで、みんなが生きられる。」
「いいえ、あなたたちが流れを作ったの。私はその流れを“形”にしただけ。」

 忍が穏やかに頷く。
「ここは、風と水の街。生きる者たちの新しい故郷ね。」

 セレスが空を見上げ、静かに言った。
「風が吹くと、水は歌う。
 水が流れると、命は踊る。
 ――これが、私たちの“再誕の街”。」

 その瞬間、空に虹が架かり、
 風が街全体を撫で、木々の葉を震わせた。
 鳥が舞い、魚が跳ね、風が唄う。
 命の音が重なり合い、ひとつの旋律となって響いた。

 翔は忍の手を取り、囁いた。
「なあ、これが……生きてる街ってやつだな。」
「ええ。風も、水も、生命も――全部ここにいる。」

 その声を聞きながら、セレスは微笑み、
 流れるように姿を光に変えた。

《アルカディア・ネクサス、生命循環モード安定。
 都市稼働率――100%。》

 風が街を駆け抜け、水が流れ、生命が息づく。
 ――それは、世界がもう一度“生まれ変わった”瞬間だった。
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