キャンピングカーで、異世界キャンプ旅

風来坊

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第9章 理の紋章編

理の森の守護者

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 ブレイザー号は、氷の地底から生まれた“もう一つの世界”を静かに滑るように進んでいた。
 見上げれば、黄金の光球が大地を照らし、そこから放たれる光はまるで地上の太陽のようだった。
 だが、その空は岩盤の天井に包まれている。ここは、閉ざされた理の胎内――地の底に生まれたもう一つの楽園。

《外部気温、二七度。湿度八〇パーセント。酸素濃度、人間活動領域内。》
 ブレイザーの分析が淡々と響く。
 窓の外では、見たこともない巨木が立ち並び、幹には青白い光を帯びた紋章が走っていた。葉の一枚一枚が薄く発光し、森全体が呼吸しているように見える。

「これ……全部生きてるんだね。」忍が息を呑んだ。
 風が流れ、花々がそっと揺れるたびに、柔らかな光の粒が空中に舞い上がる。
《この森は“理の循環”によって維持されています。大地の魔力が植物を育み、植物が空気を生成している。》

「まるで理そのものが、ここに形をとったみたいだな。」翔がつぶやく。
 その時、ブレイザーの警告音が鳴った。

《警告。前方に多数の生命反応。距離八百。陣形を形成中。》
「敵意?」
《不明。ただし、進行方向を封鎖しています。》

 次の瞬間、森の影から閃光が走った。
 青い軌跡を残して、狼のような金属生命体が飛び出す。
 体表には無数の紋章が刻まれ、全身が魔力の鎧に覆われていた。

「魔導生命体……いや、違う。これは“理”が創った守護者か。」翔が構えを取る。
《識別完了。種別――理の守護獣。古代の魔力構造体。》

 群れが地を蹴り、一斉に跳躍した。
 空気が裂け、青い稲光が車体をかすめる。
《防御シールド展開。》
 光の膜がブレイザー号を包み、攻撃を弾く。衝突のたびに、音ではなく“振動”が響いた。

「こいつら……理の試練ってことね。」忍が低く言う。
「だろうな。なら、やるしかない。」翔が腰の剣を抜く。

《地表安定。降下可能です。》
「よし、行くぞ。」翔が決断すると、ゲートが開き、暖かい風が吹き込んだ。

 地上に降り立つと、空気が濃い。湿気を含んだ風が頬を撫で、植物の香りが鼻をくすぐった。
 それは地上のどんな森よりも“生”を感じる空気だった。

「魔力が濃すぎる……呼吸するだけで、身体の内側に流れ込んでくる。」忍が息をつく。
《理の中心に近い。魔力濃度は地上の約三十五倍。》

 足元の草を踏みしめた瞬間、守護獣たちが姿を現した。
 青い光が尾を引き、無数の爪音が地を打つ。
 風が荒れ、木々がしなった。

「行くぞ!」翔が駆け出す。
 剣が唸りを上げ、風の刃が走る。
 一体の守護獣が翔に飛びかかるが、その瞬間、忍の詠唱が重なる。

「〈氷槍(アイス・ランス)〉!」
 冷気を帯びた水の槍が放たれ、守護獣の脚を凍らせた。
 翔がその隙を突いて切り払い、青い火花が散った。

「くっ……硬ぇな!」翔が歯を食いしばる。
《装甲構成:魔力結晶体。物理攻撃より魔力干渉に弱い傾向を確認。》
「なら、魔法で押す!」忍が詠唱を続ける。
 風と水が交じり、空中で螺旋を描いた。

「〈双流連陣〉――!」
 二人の魔力が共鳴し、巨大な渦が地表を飲み込んだ。
 守護獣たちがその中に呑まれ、動きを止める。
 光の粒が散り、森が静寂を取り戻した。

《敵性反応、消失。警戒レベルを下げます。》
 翔と忍が息を整える。
「ふぅ……やっぱり、あいつら“試すため”に出てきたんだな。」
「ええ。でも、まだ何か……来る。」

 忍の言葉の直後、大地が震えた。
 森の奥から低い唸りが響き、樹々がなぎ倒されていく。
 翔たちは思わず振り返った。

 霧の奥から、巨大な影がゆっくりと姿を現す。
 それは――竜だった。

 全長五十メートルを超えるその体は、半透明の結晶に覆われ、
 内部を魔力の筋が脈打っていた。
 その光は呼吸するように明滅し、まるで“生きた理”そのものだった。

《識別――理竜(りりゅう)。この地を護る“理の化身”。》

 竜の瞳が金色に輝き、翔と忍を同時に見据える。
 その声は、空気ではなく魂へ直接響いた。

――“風の半神、水の半神よ。なぜ、この地に降りた。”

 翔と忍は、互いに目を見交わす。
 竜の言葉には威圧も怒りもなかった。
 ただ、永遠の時を生きた存在の“問い”があった。

「……俺たちは、“理の紋章”を探している。」翔が答える。
――“理の紋章は、この世界の均衡を司るもの。
 それを求める者は、理に試される運命にある。”

「試される、か。」忍が小さく息をつく。
――“かつて、この地を訪れた者は、全て“理に溶けた”。
 風も水も、いずれ理に還る。それがこの地の掟。”

「でも、私たちは還るために来たんじゃない。」忍が一歩踏み出す。
 彼女の瞳が水の光で揺れた。
「風が吹くのは、流れを作るため。水が流れるのは、命を運ぶため。
 私たちは“理を繋ぐため”に来たの。」

 その瞬間、竜の瞳が一瞬だけ揺らいだ。
――“繋ぐ……だと?”

「そうだ。」翔が剣を下ろし、風を纏わせた。
「理を支配するためじゃない。人も精霊も、理も――全部が共に生きるために、俺たちは来た。」

 竜が長い首をゆっくりと傾ける。
 金色の光が彼らの体を包み、まるで“真実”を覗くように見つめた。

――“二つの理が、争わずに並び立つ。
 それは、かつて成しえなかった調和の形。”

 光が強まり、大地が振動する。
 竜の体から放たれる魔力が空気を震わせ、森全体に広がった。

《エネルギー上昇。これは――攻撃ではありません。》ブレイザーの声が響く。

――“風と水の半神よ。お前たちは“理を繋ぐ者”。
 ならば見せよ。お前たちの“調和の力”を。”

 翔と忍が頷き合う。
 風が渦巻き、水が立ち上がり、空中でひとつの輪を描く。
 その輪が光を帯び、竜の胸元の結晶に触れた。

 瞬間――大地全体が光に包まれた。
 風が鳴り、水が歌う。
 そして、竜の声が静かに響く。

――“認めよう。お前たちは、理を越えてなお、命を選ぶ者たちだ。”

《理竜、敵性解除。紋章の位置情報を開示します。》

 空に光の文字が浮かぶ。
 それは、“理の紋章”へ続く道を示す座標だった。

「……試練、突破だな。」翔が息を吐く。
「ええ。でも、“理”はまだ私たちを見てる。」忍が微笑んだ。

 理の竜は目を閉じ、静かに頭を垂れた。
 その姿はまるで、“守護”ではなく“祈り”のようだった。

――“進め。風と水の理を繋ぐ者たちよ。
 お前たちの旅が、やがて新たな理を生むだろう。”

 風が吹き、光が散った。
 翔と忍は空を仰ぎ、確かに感じていた。
 “理”は、まだ終わっていない――。
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