キャンピングカーで、異世界キャンプ旅

風来坊

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第10章 ラストダンジョン編

避難開始

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 王都の夜空には、星が静かに瞬いていた。
 しかし、その下で世界は、目に見えぬ痛みを抱えていた。
 風は弱く、地面の奥からわずかに響く低音――地脈のうなりが聞こえる。
 それは、世界の鼓動が乱れ始めた音だった。

《報告。地殻魔力の流動データ、再測定完了。
 理層の不安定化が進行中。大地の魔力循環は停止に向かっています。
 このままでは百年を待たずして、崩壊フェーズに突入する可能性――高。》

 艦内に静かに響くブレイザーの声。
 翔はその報告を聞きながら、モニターに映る地脈の赤い波形を見つめていた。
 それはまるで、体温を失いかけた心電図のようだった。

「……もう、静かに死んでいってるみたいだな。」

 忍が息を飲む。
「世界が止まるって……こういうことなのね。空気が、息をするみたいに重い。」

 亮は前方を見据え、静かに頷いた。
「理の歪みが進めば、魔力は循環を失い、この大陸全体が崩れる。
 光龍の結界を越えなければ、止めることはできない。」

《補足報告。王都および近隣五都市で、地殻魔力の偏りが観測されました。
 現在は安定圏内ですが、放置すれば臨界に達します。》

「猶予は……長くないな。」翔は短く言った。
 その瞳には焦りではなく、確かな覚悟が宿っていた。

***

 王都では、避難が静かに始まっていた。
 市街地の広場には転送ゲートが展開され、ブレイザーのドローンたちが整然と列を作っていた。
 市民は整列し、淡い光に包まれてひとり、またひとりと姿を消していく。

 それは戦火の中の逃避ではなかった。
 誰もが服を着替える時間すらないほど急を要する状況ではあるが、街はまだ無傷で、空気には平穏が残っている。
 ――ただ、誰もがその静けさの裏にある“終わりの気配”を感じていた。

 転送ゲートの光が消えると、そこに立っていたのは一体のアンドロイド。
 金色の瞳がやわらかく光り、穏やかな声が響く。

「ようこそ、アルカディア・ネクサスへ。
 皆様の住居はすでに整っております。こちらへご案内いたします。」

 人々は互いに顔を見合わせ、戸惑いながらも歩き出す。
 白い通路の先には光の街――整然と並ぶ高層住宅と緑の並木、
 透明な水路には魚が泳ぎ、空は淡く染まった人工の夕暮れ。

 足を踏み入れた途端、空気が変わる。
 ぬくもりのある風が吹き、季節の香りがした。

「……本当に、ここが異世界なのか?」
 若い兵士が呟く。

 アンドロイドは微笑んだ。
「ええ。ここは“あなた方のための都市”です。
 すべての命が再び息を吹き返す場所――アルカディア・ネクサス。」

 通路を進むと、搬送ドローンが荷物を受け取り、
 家族ごとに住居ブロックへと案内していく。
 幼い子どもが母親の袖を掴み、不安そうに聞いた。

「……ここで、暮らせるの?」

 母親が答えるより先に、壁際の光球が明滅し、優しい声が響いた。
《はい。私はアリア。この部屋の管理をしています。
 お腹は空いていますか?温かい食事を用意できますよ。》

 少女の目がまんまるになる。
「しゃべった……!」
 その声に周囲が笑い、空気が和らいだ。

 老女が窓の外を見上げ、涙をこぼす。
「……ここには、風が生きてる。」

《観測データ更新。アルカディア魔力循環率、基準値の15%上昇。
 人々の感情エネルギーによる共鳴反応を検出。》

 ブレイザーの報告に、翔は目を細めた。
「人が希望を抱くだけで、都市が成長していくのか。」

「それが“生きた街”ってことよ。」忍が言う。
「風も、水も、理も、ここでは息をしてる。」

***

 王城司令室――立体投影の地図の上で、各都市の避難進行状況が更新され続けていた。

《報告。十万人規模の都市八ヶ所に各十機、
 五万人規模の都市十ヶ所に各五機――全ドローン転送準備段階に移行。
 王都避難進行率八十七パーセント。完了見込み、残り二時間。》

 王は額に手を当て、深く息を吐いた。
「……こうして見ていると、まるで新しい世界がもう生まれ始めているようだな。」

 王妃が頷く。
「ええ。でも、その光の裏で、この地は確実に静かに死に向かっている。」

 亮の声が通信越しに響いた。
「陛下、王都の避難が完了次第、我々は光龍の結界へ向かいます。」

 王はその言葉にわずかに震える声で答えた。
「……お前たちに、この世界の命運を託すことになるのか。」

 翔が穏やかに言葉を重ねる。
「誰かが行かなくちゃいけない。
 そして、俺たちはもう行く資格を手に入れたんです。」

 忍が微笑む。
「陛下、どうか信じてください。
 この世界の“流れ”を、必ず取り戻します。」

《避難完了率、九十パーセント突破。残り二十万人分の転送を継続中。》

 翔はブレイザーに指示を出した。
「ブレイザー、残りのドローンのうち五機を選抜して、光龍の結界外縁部へ。
 結界解析を開始し、ゲートを展開しろ。」

《了解。作戦コード“GATE OF LIGHT”起動。
 先行ドローン五機、出撃。目標到達までおよそ三時間。》

 亮が深く頷く。
「これで道が開ける。……翔、忍、いよいよだ。」

 翔が静かに拳を握った。
「この手で、流れを取り戻す。」

***

 夜のアルカディア。
 人工空の下、転送を終えた住民たちは窓辺で空を見上げていた。
 そこには巨大なホログラム――翔・忍・亮の姿が映し出されている。

 誰かがつぶやいた。
「風の神さま、水の女神さま……どうか、この街をお守りください。」

 その声が連鎖し、街全体に祈りが広がっていく。
 子どもが両手を合わせ、大人が目を閉じ、
 広場の噴水から立ち上る水柱が淡く光を帯びた。

《観測。感情エネルギー共鳴率上昇。
 アルカディアの魔力循環、安定領域に移行。》

 翔はその光景を見ながら呟いた。
「……これが、希望の形なんだな。」

「終わりじゃなく、始まりなのね。」忍が微笑んだ。
「風が……笑ってる。」

 亮が二人を見て、静かに言った。
「風、水、理――すべての流れが揃った。
 行こう、光龍のもとへ。」

《転送シーケンス起動。三名の生命反応を同期。
 座標、光龍結界外縁部――転送まで三十秒前。》

 翔が笑った。
「キャンプがメインのドライバーが、まさか神の座に行くことになるとはな。」

 忍が小さく吹き出した。
「運転しないタクシードライバーのくせに。」

「おい、それは言うな。」翔が苦笑する。
 亮が小さく笑い、呟いた。
「いいチームだ。」

 光が三人を包み込み、視界が白に染まる。
 王と王妃はバルコニーで両手を合わせ、祈るように見上げた。

「風の半神・翔、水の半神・忍、理の半神・高坂亮。
 この世界の命を――お前たちに託す。」

《転送完了。座標、光龍結界外縁部――固定成功。》

 静寂の中、三人はついに世界の果てへと足を踏み出した。
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