キャンピングカーで、異世界キャンプ旅

風来坊

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第10章　ラストダンジョン編

地底空洞への降下

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　アルカディアの空が、紅く染まり始めていた。
　それは夕暮れではなく、空気そのものが悲鳴を上げている色だった。
　地殻を巡る魔力が不安定化し、世界の循環が限界を迎えようとしていた。

《報告。大地の魔力流動、臨界値を突破。安定までの猶予、残り十日未満。》

　翔は無言で拳を握り、モニターの光を見つめた。
　映し出されているのは、避難を終えたアルカディアの人々。
　アンドロイドたちの案内で、住民たちは次々と居住区へ入っていく。
　笑う声、泣く声、祈る声が入り混じる――生きる音が戻ってきていた。

「……ここまでは順調ね。」
　忍が言う。
「新しい家で眠る子どもたちの顔、見た？　みんな安心してた。」

　翔は小さく頷いた。
「ようやく、だな。……でも、まだ終わっちゃいない。」

　亮が彼らの背後から静かに言葉を重ねた。
「アルカディアは理の器だ。けれど、このままでは不完全だ。
　根――つまり、世界樹が持つ魔力を再び取り戻さなければ、循環は始まらない。」

　翔が顔を上げる。
「地底空洞の世界樹、だな。」

「ああ。地球とこの大地を再び繋げる“心臓”だ。」

　亮の目が蒼く光る。
　その瞬間、艦内の光がわずかに揺れた。

《航行ルート設定完了。目的地：地底空洞中枢域。深度二万三千メートル。直線距離四八〇〇キロ。》

　翔は短く息を吐く。
「転送は使えない。ブレイザーはでかすぎる。」

《了解。大気圏内飛行モードに移行。全スラスター稼働率120%。》

　艦体が低く唸り、空気が震える。
　ブレイザー号が静かに浮上し、アルカディアの空へと昇っていった。
　その光を、住民たちは祈るように見上げた。

「いってらっしゃい……風の神様……」
　誰かがそう呟く声が、街の広場で小さく響いた。

＊＊＊

　高度二万メートル。
　ブレイザー号は青白い閃光を尾に残しながら、赤く歪む大気を突き進んでいた。
　外の景色は、光と闇の境界そのもの。
　裂ける大地、崩れる山脈、そして沈みかけた海。

「……まるで、世界が自分の終わりを見つめているみたいだ。」
　翔が呟く。

　忍は窓に手を当てて言った。
「でも……こんな状況でも、風はまだ吹いてる。
　止まってない……なら、まだ救える。」

　亮が穏やかに頷く。
「光龍が命を残した理由も、きっとそこだ。
　絶望の中にも流れを絶やすな――それが“理”の掟だ。」

　三時間後、ブレイザー号は分厚い雲を突き抜け、
　森の奥に口を開けた巨大な穴――地底空洞の入口上空へと到達した。

《地底空洞入口、確認。深度推定二万三千メートル。重力波異常を検出。》

　翔が操縦席に手を置く。
「下降開始。」

《了解。重力中和フィールド展開。下降を開始します。》

　艦体がゆっくりと傾き、暗闇の中へ沈んでいく。
　しばらくして、モニターの先に淡い光が見えた。
　それは地底の発光苔、そして――魔力の光だった。

「……信じられない。下の方が明るいなんて。」忍が驚く。

「この空洞自体が、光龍の魔力で満たされてる。
　ここは大地の裏側にある“もう一つの空”だ。」亮が言った。

　やがて視界が開け――その光景に、三人は息を呑む。

　そこには、太古の森があった。
　地底にあるとは思えないほど巨大な樹々が立ち並び、
　葉には光の粒が宿り、風に揺れるたびに微かに歌うような音を奏でている。

　大地を踏む獣の影。
　湖で跳ねる魚。
　そして、枝の上には、花のように光る植物――生命の息吹が溢れていた。

《解析結果。周囲の植物群から微弱な魔力反応を確認。生命活動を維持する独立魔力回路を所持。》

「……植物も、生きてる。」
　忍が呟く。
「風や水の流れを感じて……呼吸してる。まるで、心があるみたい。」

「光龍が生み出した“命の森”だ。」亮が言う。
「彼はただ生命を救っただけじゃない。命そのものに意志を与えた。」

　翔がコンソールに手を置く。
「ブレイザー、転送システムを展開。
　この森ごと、アルカディアに移す。」

《了解。対象範囲、半径八十キロメートル。転送プロトコルを拡張。魔力循環データを解析中。》

　艦体の周囲に光の輪が展開する。
　森の木々がざわめき、葉が光り、幹の根元から青い粒子が空へ舞い上がった。
　小さな花が次々と咲き、まるで別れのように揺れる。

「……ありがとう。必ずまた会える。」
　忍の声に、森の光が応えるように輝いた。

《転送開始――対象、植物群体、生命階層第3層。アルカディア“生命区画”へ送還中。》

　ブレイザー号の周囲が眩く光り、地底の森がゆっくりと消えていく。
　その光は地上のアルカディアへと繋がり、
　都市内部の中庭や公園、運河沿いへと、新しい“命”が芽吹いていった。

　アルカディアの空に、新緑の匂いが広がる。
　住民たちは驚き、手を伸ばして光の雨を掬った。
　その光が掌で溶け、温かな風となって頬を撫でた。

「これが……生きてる街、か。」翔が息を漏らした。

　亮が微笑む。
「風も水も植物も、人も。すべては同じ流れの中にある。
　これが――理の再生だ。」

《転送完了。環境リンク率98%。アルカディア内、生命活動安定化を確認。》

　忍が目を細める。
「……ありがとう、ブレイザー。
　この森の命、絶対に無駄にしない。」

《礼を言われるのは、マスターたちの方でしょう。
　私たちはただ、“流れ”を繋いだだけです。》

　艦内が静かになった。
　だがその静けさの奥で、確かに何かが呼んでいる。

　――根の底から、低く、深く。

　亮が顔を上げる。
「感じるか？　光龍の結界だ。」

　翔が前を見据える。
「行こう。今度こそ、最後だ。」

　ブレイザー号がゆっくりと加速し、光の根の中心へと突き進む。
　艦体が震え、空間が歪む。

　地底全体が、まるで“心臓の鼓動”のように鳴り始めた。

　世界が再び息を吹き返す前触れ――
　すべての命を抱いた船は、光の中心へと沈んでいった。

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