お見合い相手は、袈裟が似合いすぎるお坊さんでした~「俗世に疎い僕ですが、あなたとなら幸せになれる気がするんです」~

藤森瑠璃香

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第4話(最終話):二人で紡ぐ新しいお寺の形と、未来への誓い

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『僕は、あなたの力になりたいのです』

 スマートフォンの画面に浮かぶ、高遠蒼馬さんの真っ直ぐな言葉。その優しさが、私の心の奥底まで沁み渡り、一人で勝手に作り上げていた固い壁を溶かしていった。私はもう、逃げるのをやめよう。彼と、そして私自身の気持ちと、正直に向き合おう。そう決意した私は、震える指で「お会いして、お話ししたいことがあります」と返信した。

 週末、私たちは初めて出会ったホテルのラウンジではなく、彼のお寺「龍泉寺」の、静かな客間で向かい合っていた。私は、深呼吸を一つして、ここ数週間ずっと胸の内に溜め込んでいた不安やプレッシャーを、一つ一つ言葉にして彼に伝えた。
「…私、蒼馬さんのことが好きです。でも、お寺の嫁になる自信が、どうしても持てなくて…。お勤めも、しきたりも、檀家さんとのお付き合いも、何もかもが私にとっては未知の世界で…私なんかが、この龍泉寺の奥様になるなんて、到底無理なんじゃないかって…」
 情けないことに、話しているうちに涙が溢れてきてしまった。

 蒼馬さんは、私の話を黙って、ただ静かに聞いてくれていた。そして、私が話し終えると、彼は私の涙をそっと指で拭い、穏やかだが力強い声で言った。
「結衣さん。あなたの不安な気持ち、打ち明けてくださって、ありがとうございます。そして、そのような気持ちにさせてしまったこと、僕の配慮が足りず、申し訳ございませんでした」
 彼は深々と頭を下げた。
「でも、僕は、結衣さんに自分らしさを失ってほしくなどありません。僕が惹かれたのは、お寺の奥様として完璧な人ではなく、カフェ巡りが好きで、時々仕事の愚痴をこぼして、そして、僕の知らない世界の話を、キラキラした目で語ってくれる、今のままのあなたなのですから」
 彼の言葉に、私はハッとして顔を上げた。
「お寺の伝統はもちろん大切です。ですが、時代と共に、お寺のあり方も変わっていくべきだと、僕は考えています。どうか、僕と一緒に、新しい龍泉寺の形を作っていってはいただけませんか。結衣さんの現代的な感覚や、優しい視点が、きっとこのお寺に新しい風を吹き込んでくれると、僕は信じています」

 彼の言葉は、私の心を縛り付けていた重い鎖を、いとも簡単に解き放ってくれた。そうだ、私は一人で勝手に「お寺の嫁」という型にはまろうとして、苦しくなっていたのだ。彼と一緒に、二人で作っていけばいいんだ。
「蒼馬さん…ありがとう…。私、蒼馬さんと一緒にいたい。そして、蒼馬さんと一緒に、このお寺の未来を考えていきたいです」
 私の答えに、彼は心の底から嬉しそうに微笑み、私の手を強く握りしめてくれた。その温かさが、私たちの未来を明るく照らしてくれるように感じられた。

 その日から、私たちの挑戦が始まった。まず、蒼馬さんは私を「婚約者です」と、ご両親や檀家総代の方々に改めて紹介してくれた。そして、「これからは、結衣さんの力も借りて、より地域に開かれたお寺にしていきたい」と、堂々と宣言してくれたのだ。
 最初は戸惑っていたお母様や、厳しい顔をしていた檀家さんたちも、蒼馬さんの真摯な覚悟と、私の「お寺の知識はゼロですが、皆さんと一緒に学ばせてください!」という、ある意味開き直った宣言に、少しずつ心を開いてくれた。

 私の得意なパソコンスキルを活かして、龍泉寺の公式ホームページやSNSアカウントを開設し、行事の案内や、お寺の美しい風景を発信し始めると、若い世代からの問い合わせが少しずつ増えていった。
 さらに、私の趣味であるカフェ巡りの経験からヒントを得て、お寺の広い書院を開放し、週末限定の「寺カフェ」をオープンさせた。メニューは、蒼馬さんが淹れる本格的な抹茶と、私が作る季節の和スイーツ。これが思いのほか好評で、地域の人々の新しい憩いの場となったのだ。
 もちろん、失敗もあったし、古いやり方を重んじる方々からお叱りを受けることもあった。でも、その度に、蒼馬さんが私の盾となり、二人で話し合い、一つ一つ乗り越えていった。私たちの絆は、そうしてより一層強く、確かなものになっていった。

 そして、桜の花が満開に咲き誇る春の日。
 龍泉寺の本堂で、私たちの仏前結婚式が執り行われた。厳かな読経の中、美しい白無垢に身を包んだ私と、凛々しい黒の衣に袈裟をまとった蒼馬さんが、仏様に永遠の愛を誓う。たくさんの檀家さんや、友人たち、そして両家の家族が、温かい眼差しで私たちを見守ってくれていた。
「これからは、妻として、そして龍泉寺の一員として、蒼馬さんと共に歩んでいきます」
 その誓いの言葉に、もう迷いや不安はなかった。

 式が終わった後、二人で縁側に座り、満開の桜を眺めた。
「結衣さん。あなたは、僕にとっての観音様でございますね」
「もう、蒼馬さんったら。からかってるでしょ?」
「いいえ、本心です。あなたの慈愛に満ちた心に、僕は救われました」
 彼は、私の手をそっと握り、その手の甲に唇を寄せた。その瞬間、お寺の鐘が、ゴーン、と祝福するように高らかに鳴り響いた。

「お寺の嫁」という型にはまらず、私らしく、彼を支え、共に笑い、時には悩みながら、新しいお寺の形を紡いでいく。それが、私と、袈裟が似合いすぎる、少し天然で、でも世界一優しい旦那様との、幸せの形。
 私たちの未来は、この草加の空の下で、満開の桜のように、明るく輝き始めていた。
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