お見合い相手は、袈裟が似合いすぎるお坊さんでした~「俗世に疎い僕ですが、あなたとなら幸せになれる気がするんです」~

藤森瑠璃香

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第3話:芽生える恋心と、「お寺の嫁」というプレッシャー

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 高遠蒼馬さんと出会ってから、私の日常は少しずつ、だけれど確実に色づき始めていた。週末のデートは、彼のお寺「龍泉寺」で季節の移ろいを感じたり、草加の古い町並みを二人で散策したり、時には私のリクエストで都心の美術館へ出かけたり。その度に、彼の純粋さや優しさに触れ、私の心は温かいもので満たされていった。

 彼の天然な言動に笑ったり、僧侶としての真摯な姿に感心したり、私服姿のギャップにドキドキしたり。そんな時間を重ねるうち、彼への気持ちは、単なる興味や好意から、はっきりとした恋愛感情へと変わっていることを、私はもう認めざるを得なかった。

 ある秋の日の夕暮れ時、私たちはいつものようにお寺の縁側に並んで座り、赤く色づき始めた紅葉を眺めていた。
「結衣さん」
 ふと、蒼馬さんが私の名前を呼んだ。その声は、いつもより少しだけ真剣な響きを帯びている。
「あなたとこうして過ごす時間は、私にとって、何よりも心が安らぐひとときでございます。あなたの笑顔を見ていると、私の心の中の迷いや不安が、すうっと晴れていくような気がするのです」
 彼は、真っ直ぐな瞳で私を見つめ、そして、少し照れたように続けた。
「僕は、あなたともっと一緒にいたい。そして、叶うことならば、これからの人生を、あなたと共に歩んでいきたいと…そう、願っております」
 それは、遠回しでありながらも、彼の精一杯の、そして何よりも誠実な告白だった。燃えるような紅葉が、彼の言葉に彩りを添えているように見える。私の心臓は、喜びと驚きで、今にも張り裂けそうだった。
「蒼馬さん…」
 私も、彼のことが好きだ。その気持ちを、今すぐ伝えたかった。しかし、その言葉を口にする直前、私の頭を一つの現実がよぎった。

 ――「お寺の嫁」

 その言葉が、今まで見て見ぬふりをしていた重い扉を開け、私の前に立ちはだかったのだ。
 蒼馬さんとの結婚。それは、彼の実家であるこの龍泉寺に嫁ぎ、お寺の奥様になるということ。早朝からのお勤め、たくさんの厳しいしきたり、そして何よりも、檀家さんたちとの複雑なお付き合い。自由気ままなOL生活に慣れた私に、そんな大役が務まるのだろうか。

 私のそんな不安を煽るように、周囲からの声も聞こえ始めた。親友に蒼馬さんのことを打ち明けると、「え、お坊さんと!? 大変じゃない? 休みもなさそうだし、色々窮屈そう…」と、心配そうな顔をされた。
 先日、お寺の行事を少しだけ手伝った際には、蒼馬さんのお母様に「結衣さんは、書道や華道のご経験は?」と、にこやかに尋ねられた。もちろん、私にあるのは学生時代の授業でかじった程度の知識だけ。その場の笑顔の裏にある、お寺の嫁としての資質を問われているような空気に、私は思わず身を固くしてしまった。
 さらに、檀家総代だという厳格そうなお爺さんからは、「若様も、そろそろ身を固めていただかねばなりませんが、お相手には、この龍泉寺をしっかりと守っていこうという覚悟が必要でございますな」と、釘を刺される始末。

 みんな、悪気がないのは分かっている。お寺と、そして蒼馬さんのことを大切に想っているからこその言葉なのだろう。でも、その一つ一つが、私の肩に重くのしかかってくる。「私には無理かもしれない」という弱音が、心の隅でどんどん大きくなっていく。
 蒼馬さんは、そんな私の心の変化に、敏感に気づいていた。
「結衣さん、近頃、何かお悩みでございますか? あなたの笑顔に、少しだけ曇りが見えるような気がいたします」
 デートの最中に、彼が心配そうにそう尋ねてきた時、私は咄嗟に「ううん、何でもないよ!仕事が少し忙しいだけ」と、嘘をついてしまった。本当のことを話して、彼を困らせたくなかった。そして何より、彼に幻滅されるのが怖かったのだ。

 その日を境に、私は無意識のうちに、蒼馬さんからの連絡に少し間を置いて返信したり、次のデートの誘いを「仕事が忙しくて…」と断ってしまったりしていた。彼への気持ちは変わらないのに、お寺の嫁という重圧から逃げたい一心で、彼自身からも距離を置こうとしてしまっていたのだ。
 そんな私の態度に、彼が傷つかないはずがない。メッセージの文面からも、電話の声からも、彼の戸惑いや悲しみが伝わってきて、私の胸はさらに痛んだ。

 週末の夜、一人で部屋にいると、スマートフォンが静かに震えた。蒼馬さんからのメッセージだった。
『結衣さん。もし、僕の至らなさであなたを苦しませているのでしたら、本当に申し訳ございません。ですが、あなたが一人で何かを抱え込んでいるのなら、どうか、僕に話していただけませんか。僕は、あなたの力になりたいのです』
 その真摯で、優しさに満ちた言葉が、私の心の壁をいとも簡単に突き崩した。画面が滲んで、文字が読めなくなる。
(違う…蒼馬さんは、何も悪くないのに…)
 私が一人で勝手に悩み、彼を傷つけている。その事実に、自己嫌悪で胸が張り裂けそうだった。
 私は、涙で濡れたスマートフォンの画面をただ見つめながら、どうすればいいのか分からずに、ただ彼の名前を心の中で繰り返すことしかできなかった。
 私たちの間に初めて差した、冷たい影。このままでは、彼との未来どころか、築き上げてきた時間さえも失ってしまうかもしれない。そんな恐怖に、私はただ震えていた。
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