氷の王子と秘密の観察日記

藤森瑠璃香

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第6話:文化祭準備と、夕日の教室

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「お前、俺の何が知りたいんだ?」
 ――廊下で霧島くんにそう問い詰められてから、私の心は、期待と、ほんの少しの恐怖で揺れていた。
 彼は気づいている。私の視線が、ただのクラスメイトに向けるものではないことに。そして、私の好奇心が、彼のテリトリーの、かなり深いところまで踏み込もうとしていることに。

 その日の放課後、私は一人、新聞部室で今日の出来事を「観察日記」に書きつけていた。
(核心に触れる質問をした時の、彼の動揺。そして、全てを見透かすような、あの冷たい瞳……)
 思い出すだけで、心臓がドキドキする。これはもう、ただの観察じゃない。彼との、静かな心理戦だ。

 その時だった。
 ガチャリ、と静かに部室のドアが開いた。そこに立っていたのは、制服のブレザーを羽織った、霧島怜くんだった。
「……佐伯」
 彼の声は、いつもよりずっと低く、有無を言わせぬ響きを持っていた。
「ちょっと、話がある」

 彼は、ゆっくりと部室に入ってくると、私の目の前の椅子に腰を下ろした。夕日が差し込む部室に、長い沈黙が落ちる。私は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「な、何の用かな? 新聞部の取材なら、いつでも歓迎するけど……」
 いつものようにおどけてみせるが、彼の真剣な眼差しに、私の笑顔はすぐに引きつってしまう。

「悠斗の卒業アルバム、見たんだろ」

 単刀直入な、ストレートな言葉だった。もう、ごまかしは効かない。
「……何がしたいんだ。俺の過去を暴いて、記事にでもするつもりか?」
 彼の声には、静かな怒りと、諦めのような響きが混じっていた。中学時代、きっと彼は、こんな風に、心無い好奇の目に晒されてきたのだろう。
 その痛みを想像すると、胸が締め付けられた。

 私は、いつものおちゃらけを封印し、彼に真っ直ぐ向き直った。
「違うよ」
 私のきっぱりとした声に、彼は少しだけ驚いたように目を見開く。
「最初は、そうだったかもしれない。霧島くんは、あまりにも完璧だから。何か面白いスクープが隠れてるんじゃないかなって。……それは、認める。ごめんなさい」
 私は、一度、深く頭を下げた。

 そして、顔を上げて、続ける。
「でも、あの写真を見て、考えが変わったの」
「……何がだ」
「だって、すごいじゃない!」
 私の言葉に、今度こそ彼は、心底、意味がわからないという顔をした。
「あの頃の自分から、今の自分になるために、霧島くんが、どれだけ努力したのかってこと。それは、誰かに馬鹿にされるようなことじゃない。むしろ、すごく、かっこいいことだって、私は思った」

 それは、私の偽りのない、本心だった。
 彼の努力を、私は、純粋に尊敬していたのだ。

 私の言葉に、怜くんは、完全に虚を突かれたという顔をしていた。
 彼の瞳から、警戒の色が少しずつ解けていく。代わりに、今まで見たことのない、戸惑いの色が浮かんでいた。
 これまで彼は、過去を知られれば、馬戒にされるか、あるいは気味悪がられるか、そのどちらかだったのかもしれない。
 でも、私の反応は、そのどちらでもなかった。

「……お前、ほんと、変なやつだな」
 長い沈黙の後、彼は、ぽつりとそう呟いた。その声には、もう、さっきまでの棘はなかった。
「よく言われる!」
 私は、少しだけいつもの調子を取り戻して、にっと笑ってみせる。

 怜くんは、立ち上がると、部室のドアへと向かった。
「……勝手にしろ」
 彼は、まだぶっきらぼうな口調を崩さない。
「ただし、余計なことを書いたら、どうなるか、わかってるな」
 そう鋭い一言を残して、彼は部室から出て行った。

 一人残された部室で、私は、大きく息を吐いた。
(私の言葉、少しは、届いたかな……)
 彼の心を覆っていた氷の壁を、ほんの少しだけ、溶かすことができたような気がした。

 私と彼の関係は、今日、確実に新しいステージへと進んだのだ。
 ただの観察対象じゃない。秘密を共有する、共犯者。
 そう思うと、これからの毎日が、もっとずっと、スリリングで、面白くなるような気がした。
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