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第10話:体育祭と最初の“共犯”
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九月の終わり。突き抜けるような秋晴れの空の下、星陵高校の体育祭が開催された。
クラスごとにデザインされたTシャツがグラウンドに彩りを添え、生徒たちの歓声が青空に響き渡る。もちろん、私も新聞部員として、カメラを片手にスクープを探して駆け回っていた。……というのは建前で、その実、私のレンズは、ほとんど一人の人物にだけ向けられていた。
クラス対抗リレー。そのアンカーという大役に、運動神経抜群の霧島怜くんが選ばれたのは、当然の流れだった。
クラスメイトたちが「霧島なら絶対勝てる!」「頼むぞ、エース!」と彼の背中を叩く。彼は「……ああ」とクールに頷いているけれど、私にはわかった。
大勢の注目を一身に浴びるその状況に、彼が極度のプレッシャーを感じていることを。表面上は冷静を装いながらも、指先が微かに震え、呼吸が少しだけ速くなっている。
(大丈夫かな……)
悠斗から聞いた、彼の血の滲むような努力。その努力が、こんなプレッシャーなんかに負けてほしくない。私は、気づけばカメラを置き、アンカーのスタート位置に立つ彼の元へと駆け出していた。
「怜くん!」
私の声に、彼は驚いてこちらを振り返った。その瞳には、隠しきれない緊張の色が浮かんでいる。
私は、息を切らしながら、彼にしか聞こえない声で、そっと囁いた。
「みんなのことなんて、見なくていいよ」
「……え?」
「私だけ、見てて。私が、ちゃんと、最後まで見ててあげるから」
それは、ただの応援じゃない。
彼の弱さを知っている、私だけが贈ることのできる、秘密の魔法の言葉だった。「大勢の視線」という彼の呪いを、「私一人の視線」というお守りに変えるための。
私の言葉に、怜くんは、一瞬、息を呑んだように目を見開いた。
そして、次の瞬間、彼の瞳から、すうっと緊張の色が消えていく。代わりに宿ったのは、静かで、どこまでも澄んだ、強い光だった。
彼は、何も言わずに、一度だけ、力強く頷いた。
パン、と乾いたピストルの音が響く。
三番手の悠斗から、怜くんへと、赤いバトンが渡された。その瞬間、彼の体が、まるで解き放たれたように、前へと飛び出す。
速い。他の選手たちとは、まるで次元が違う。しなやかなストライドで、一人、また一人と、前の走者を抜き去っていく。
グラウンド中の視線が、彼一人に釘付けになっていた。でも、もう、彼はそれを恐れていない。むしろ、その全てを力に変えて、風のように走っている。
そして、彼が一位でゴールテープを切った瞬間、彼の視線は、歓声を上げるクラスメイトたちではなく、ただ一人、トラックの脇で彼を見つめる、私にだけ、真っ直ぐに注がれていた。
クラスメイトたちにもみくちゃにされ、祝福の渦の中にいる彼。
私は、その輪から少し離れた場所で、胸がいっぱいになりながら、その光景を眺めていた。
すると、人混みの中から、怜くんが私を見つけ出し、誰にも気づかれないように、ほんの少しだけ、口の端を上げてみせた。
それは、他の誰も知らない、私と彼だけの、勝利の微笑みだった。
(これはもう、ただの観察じゃない)
私は、高鳴る胸を押さえながら、確信する。
(私と彼の、二人だけの、秘密の物語だ)
今日、私たちは、ただの観察者と被観察者から、秘密と、勝利を分かち合う、「共犯者」になったのだ。
クラスごとにデザインされたTシャツがグラウンドに彩りを添え、生徒たちの歓声が青空に響き渡る。もちろん、私も新聞部員として、カメラを片手にスクープを探して駆け回っていた。……というのは建前で、その実、私のレンズは、ほとんど一人の人物にだけ向けられていた。
クラス対抗リレー。そのアンカーという大役に、運動神経抜群の霧島怜くんが選ばれたのは、当然の流れだった。
クラスメイトたちが「霧島なら絶対勝てる!」「頼むぞ、エース!」と彼の背中を叩く。彼は「……ああ」とクールに頷いているけれど、私にはわかった。
大勢の注目を一身に浴びるその状況に、彼が極度のプレッシャーを感じていることを。表面上は冷静を装いながらも、指先が微かに震え、呼吸が少しだけ速くなっている。
(大丈夫かな……)
悠斗から聞いた、彼の血の滲むような努力。その努力が、こんなプレッシャーなんかに負けてほしくない。私は、気づけばカメラを置き、アンカーのスタート位置に立つ彼の元へと駆け出していた。
「怜くん!」
私の声に、彼は驚いてこちらを振り返った。その瞳には、隠しきれない緊張の色が浮かんでいる。
私は、息を切らしながら、彼にしか聞こえない声で、そっと囁いた。
「みんなのことなんて、見なくていいよ」
「……え?」
「私だけ、見てて。私が、ちゃんと、最後まで見ててあげるから」
それは、ただの応援じゃない。
彼の弱さを知っている、私だけが贈ることのできる、秘密の魔法の言葉だった。「大勢の視線」という彼の呪いを、「私一人の視線」というお守りに変えるための。
私の言葉に、怜くんは、一瞬、息を呑んだように目を見開いた。
そして、次の瞬間、彼の瞳から、すうっと緊張の色が消えていく。代わりに宿ったのは、静かで、どこまでも澄んだ、強い光だった。
彼は、何も言わずに、一度だけ、力強く頷いた。
パン、と乾いたピストルの音が響く。
三番手の悠斗から、怜くんへと、赤いバトンが渡された。その瞬間、彼の体が、まるで解き放たれたように、前へと飛び出す。
速い。他の選手たちとは、まるで次元が違う。しなやかなストライドで、一人、また一人と、前の走者を抜き去っていく。
グラウンド中の視線が、彼一人に釘付けになっていた。でも、もう、彼はそれを恐れていない。むしろ、その全てを力に変えて、風のように走っている。
そして、彼が一位でゴールテープを切った瞬間、彼の視線は、歓声を上げるクラスメイトたちではなく、ただ一人、トラックの脇で彼を見つめる、私にだけ、真っ直ぐに注がれていた。
クラスメイトたちにもみくちゃにされ、祝福の渦の中にいる彼。
私は、その輪から少し離れた場所で、胸がいっぱいになりながら、その光景を眺めていた。
すると、人混みの中から、怜くんが私を見つけ出し、誰にも気づかれないように、ほんの少しだけ、口の端を上げてみせた。
それは、他の誰も知らない、私と彼だけの、勝利の微笑みだった。
(これはもう、ただの観察じゃない)
私は、高鳴る胸を押さえながら、確信する。
(私と彼の、二人だけの、秘密の物語だ)
今日、私たちは、ただの観察者と被観察者から、秘密と、勝利を分かち合う、「共犯者」になったのだ。
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