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第11話:図書室での接近
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体育祭の熱気が過ぎ去り、十月に入った星陵高校は、すっかり中間テスト前の静かな緊張感に包まれていた。
私と怜くんの「共犯関係」は、あの日以来、より確かなものになっていた。教室で目が合えば、彼は少しだけ困ったような、でも、どこかまんざらでもないような、複雑な表情を浮かべるようになった。その反応の一つ一つが、私の「観察日記」の新しいページを飾っていく。
しかし、今の私にとっての最大の敵は、氷の王子様ではなく、二次関数だった。
放課後、私は山のような問題集を抱え、学校の図書室の机に突っ伏していた。
(もう無理、全然わからない……)
このままでは、赤点間違いなしだ。
「……こんな所で、何してるんだ」
頭上から、呆れたような、でも聞き慣れた低い声が降ってきた。顔を上げると、そこには、数冊の参考書を抱えた怜くんが立っていた。
彼は、私が広げている数学の問題集を一瞥すると、大きなため息をついた。
「まさか、まだこんな最初のページで苦戦してるのか」
「うっ……。だって、数学は苦手なんだもん!」
「だろうな」
彼はそう言うと、こともなげに私の向かいの席に座った。そして、静かに自分の勉強を始める。
(チャンスだ!)
私は、ペンを握り直し、机を乗り出すようにして彼に話しかけた。
「ねえ、怜くん! 取材、取材! テスト勉強の秘訣を教えてください!」
「……自分で考えろ」
「えー、協定違反だよー」
私がそう言うと、彼はまた深いため息をついた。
「……で、どこがわからないんだ」
「え?」
「わからないところを、教えろって言ってるんだ。その代わり、俺の勉強の邪魔はするなよ」
その申し出は、まさに地獄に仏だった。
私は、恐る恐る、分からない問題が書かれたページを彼に見せる。すると、彼は私の隣の椅子を引き寄せ、すぐ隣に座った。
どくん、と心臓が大きく跳ねる。
彼が、体を傾けて私のノートを覗き込む。肩と肩が、触れそうなくらい近い。彼のシャンプーの、爽やかで優しい香りが、ふわりと鼻腔をくすぐった。
「いいか、陽菜。この公式は……」
「……!」
初めて、彼が、私のことを下の名前で呼んだ。
「な、なに……?」
「……? だから、この公式は、こっちの式に代入するんだ。聞いてるか?」
彼は、私が名前のことで動揺しているなんて、微塵も気づいていない様子で、淡々と解説を続ける。
その低い声が、すぐ耳元で響く。もう、数学の内容なんて、何一つ頭に入ってこない。
「……なるほど! そういうことだったんだ!」
彼の、驚くほど丁寧で分かりやすい解説のおかげで、あれほど分からなかった問題が、すんなりと解けてしまった。
「怜くん、すごい! ありがとう!」
私が素直な気持ちを伝えると、彼は「……別に。このくらい、できて当然だろ」と、ぶっきらぼうに言って、顔を背けた。
でも、夕日が差し込む図書室の窓明かりに照らされた彼の耳が、ほんのりと赤く染まっているのを、私は、見逃さなかった。
(優しい、んだ……)
ただクールなだけじゃない。ぶっきらぼうだけど、根はすごく面倒見が良くて、優しい。
私の「観察日記」に、また新しい、そして、今までで一番温かい記録が書き加えられる。
この静かで、少しだけ甘い図書室の時間が、どんなスクープよりも、ずっと価値のあるものに思えた。
私の心臓が、こんなにも速く鳴っているのは、もう、ただの好奇心のせいだけではないのかもしれない。
そんな、新しい感情の芽生えに、私は、気づき始めていた。
私と怜くんの「共犯関係」は、あの日以来、より確かなものになっていた。教室で目が合えば、彼は少しだけ困ったような、でも、どこかまんざらでもないような、複雑な表情を浮かべるようになった。その反応の一つ一つが、私の「観察日記」の新しいページを飾っていく。
しかし、今の私にとっての最大の敵は、氷の王子様ではなく、二次関数だった。
放課後、私は山のような問題集を抱え、学校の図書室の机に突っ伏していた。
(もう無理、全然わからない……)
このままでは、赤点間違いなしだ。
「……こんな所で、何してるんだ」
頭上から、呆れたような、でも聞き慣れた低い声が降ってきた。顔を上げると、そこには、数冊の参考書を抱えた怜くんが立っていた。
彼は、私が広げている数学の問題集を一瞥すると、大きなため息をついた。
「まさか、まだこんな最初のページで苦戦してるのか」
「うっ……。だって、数学は苦手なんだもん!」
「だろうな」
彼はそう言うと、こともなげに私の向かいの席に座った。そして、静かに自分の勉強を始める。
(チャンスだ!)
私は、ペンを握り直し、机を乗り出すようにして彼に話しかけた。
「ねえ、怜くん! 取材、取材! テスト勉強の秘訣を教えてください!」
「……自分で考えろ」
「えー、協定違反だよー」
私がそう言うと、彼はまた深いため息をついた。
「……で、どこがわからないんだ」
「え?」
「わからないところを、教えろって言ってるんだ。その代わり、俺の勉強の邪魔はするなよ」
その申し出は、まさに地獄に仏だった。
私は、恐る恐る、分からない問題が書かれたページを彼に見せる。すると、彼は私の隣の椅子を引き寄せ、すぐ隣に座った。
どくん、と心臓が大きく跳ねる。
彼が、体を傾けて私のノートを覗き込む。肩と肩が、触れそうなくらい近い。彼のシャンプーの、爽やかで優しい香りが、ふわりと鼻腔をくすぐった。
「いいか、陽菜。この公式は……」
「……!」
初めて、彼が、私のことを下の名前で呼んだ。
「な、なに……?」
「……? だから、この公式は、こっちの式に代入するんだ。聞いてるか?」
彼は、私が名前のことで動揺しているなんて、微塵も気づいていない様子で、淡々と解説を続ける。
その低い声が、すぐ耳元で響く。もう、数学の内容なんて、何一つ頭に入ってこない。
「……なるほど! そういうことだったんだ!」
彼の、驚くほど丁寧で分かりやすい解説のおかげで、あれほど分からなかった問題が、すんなりと解けてしまった。
「怜くん、すごい! ありがとう!」
私が素直な気持ちを伝えると、彼は「……別に。このくらい、できて当然だろ」と、ぶっきらぼうに言って、顔を背けた。
でも、夕日が差し込む図書室の窓明かりに照らされた彼の耳が、ほんのりと赤く染まっているのを、私は、見逃さなかった。
(優しい、んだ……)
ただクールなだけじゃない。ぶっきらぼうだけど、根はすごく面倒見が良くて、優しい。
私の「観察日記」に、また新しい、そして、今までで一番温かい記録が書き加えられる。
この静かで、少しだけ甘い図書室の時間が、どんなスクープよりも、ずっと価値のあるものに思えた。
私の心臓が、こんなにも速く鳴っているのは、もう、ただの好奇心のせいだけではないのかもしれない。
そんな、新しい感情の芽生えに、私は、気づき始めていた。
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