氷の王子と秘密の観察日記

藤森瑠璃香

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第15話:名前のない気持ち

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 あの買い出しデートからというもの、私の「観察日記」は、その様相をすっかり変えていた。
 怜くんのドジな一面や、意外な好物を書き連ねる客観的な記録欄の隣に、『私の気持ち』という新しい項目が作られていたからだ。
『彼が荷物を持ってくれた時、心臓がうるさかった』
『夕日に照らされた横顔が、綺麗で、ずっと見ていたかった』
 それはもう、新聞部員の取材記録なんかじゃない。ただの、恋する乙女の日記だった。

 教室での私たちを見る、周りの目も、心なしか生温かいものに変わってきている。
「陽菜、あんた、最近、怜くんのこと、ただのスクープ対象として見てないでしょ」
 美咲が、私の心を見透かしたように、ニヤリと笑う。
「ち、違うってば!」
「ふーん。まあ、頑張りなさいよ、新聞部員さん?」
 その応援が、今の私には、何よりも心強かった。

 怜くんも、私に対する態度が、明らかに変わってきていた。
 私が他の男子と少しでも楽しそうに話していると、どこからか、じっと、静かな視線を感じる。振り返ると、彼は、いつも何でもないような顔で、ぷいっと顔を背けてしまうけれど。
(もしかして、少しは、私のこと……)
 そんな、甘い期待が、胸の中でむくむくと育っていく。

 その日の昼休み、私は、屋上で一人、お弁当を食べていた。
 秋の風が、少しだけ肌寒い。
「……ここ、いたのか」
 低い声に振り返ると、怜くんが、少しだけ息を切らして立っていた。私を探してくれたのだろうか。そう思うだけで、胸がきゅん、と鳴る。
 彼は、私の隣に、当たり前のように腰を下ろした。二人だけの、静かな時間。

「……陽菜」
「ん?」
「さっき、高木と、何話してたんだ」
「え? ああ、悠斗? 次のバスケの試合のことだよ。新聞で特集組もうと思って」
「……ふーん」
 彼の、少しだけ不機嫌そうな相槌。その理由に、私は、気づいてしまった。
(もしかして……やきもち、焼いてくれてる?)

 その可能性に、顔が一気に熱くなる。心臓が、ドキドキと、早鐘を打つ。
 秋風が、ひゅう、と私たちの間を吹き抜けた。私が、思わず「さむっ」と肩をすくめた、その瞬間。
 ふわり、と、肩に温かい重みがかかった。

 見ると、怜くんが、自分の着ていたブレザーを、私の肩にかけてくれていたのだ。
 それは、あまりにも自然で、優しくて、そして、どうしようもなく、恋人みたいな仕草だった。
 ブレザーから、彼の匂いがする。少しだけ大きくて、温かい。

「……風邪ひくだろ、馬鹿」
 彼は、屋上のフェンスの向こうの空を見つめたまま、ぶっきらぼうにそう言った。でも、その耳は、真っ赤に染まっている。

 もう、ごまかせない。
 私のこの気持ちは、ただの好奇心なんかじゃない。
 面白いスクープ対象だと思っていただけじゃない。

 完璧な仮面の下に、不器用で、優しくて、どうしようもなく愛おしい心を隠している、彼のことが。
 私は、どうしようもなく、好きだ。

 その、あまりにも単純で、でも、どうしようもなく確かな答えに、私はようやく、たどり着いたのだ。
「……ありがとう、怜くん」
 彼のブレザーを、私は、ぎゅっと握りしめた。
 私の声が、少しだけ震えていたことに、彼は、気づいてくれただろうか。
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