氷の王子と秘密の観察日記

藤森瑠璃香

文字の大きさ
16 / 41

第16話:教室のハロウィンパーティー

しおりを挟む
 彼のブレザーに包まれた、あの屋上での午後から、私の心は、ずっと霧島怜くんへの「好き」という気持ちで満たされていた。
「観察日記」を開くたびに、彼のドジな一面を書き留めたメモの隣に、私自身の高鳴る心臓の音が、文字になって溢れていく。

 そして迎えた、十月の終わり。
 放課後の教室は、カボチャの飾りとオレンジ色のリボンで彩られ、クラスメイトたちの賑やかな笑い声に包まれていた。今日は、私たちが準備してきた、ハロウィンパーティーの当日だ。

「陽菜、魔女の仮装、めっちゃ似合うじゃん!」
 猫耳をつけた美咲が、私の尖った帽子を指さして笑う。
「それより見てよ、怜くん……。次元が違うんだけど」
 美咲の視線の先には、黒いマントを翻す、ヴァンパイア姿の怜くんがいた。白い肌に、黒い衣装が映える。少しだけ前髪を長く下ろしたその姿は、本物の闇の貴族みたいで、女子生徒たちがうっとりと溜息を漏らしていた。
 私の心臓も、彼の非現実的なまでの格好良さに、ぎゅっと鷲掴みにされる。

 パーティーが始まり、お菓子を食べたり、写真を撮ったり、教室は最高潮の盛り上がりを見せていた。
 私は、そんな喧騒の中心にいる怜くんを、少し離れた場所から見つめていた。
(やっぱり、すごいな……)
 彼がそこにいるだけで、空気が華やぐ。でも、私は知っている。彼が、こういう状況を、本当は苦手としていることを。

 その時だった。
 怜くんが、テーブルに置かれたジュースを取ろうとして、近くにあったカボチャの置物に、ほんの少しだけ足を引っ掛けた。
「……っ」
 誰にも気づかれないくらい、小さく、彼は体勢を崩す。そして、何事もなかったかのようにすっと立ち直すと、完璧なポーカーフェイスでジュースを手に取った。
 でも、その一瞬の焦りと、必死で平静を装う姿を、私だけは見逃さなかった。
(可愛い……)
 面白い、という気持ちよりも先に、愛おしい、という感情がこみ上げてくる。これが、恋なんだ。

 そんな彼の元へ、一人の女子生徒が近づいていく。
 西川玲奈さんだった。彼女は、妖艶な黒猫の仮装で、怜くんに妖しく微笑みかけた。
「怜くん、ヴァンパイアの仮装、すごく素敵ね。記念に、ヴァンパイアの王様と一枚、写真を撮ってくださらない?」
 その、あまりにも堂々としたアプローチに、クラス中の視線が二人に集まる。
 私の胸が、ちくりと痛んだ。

 怜くんは、その注目に、少しだけうんざりしたように眉をひそめた。彼は、ぐるりと教室を見渡し、そして、その視線が、私の上で、ぴたりと止まった。
 心配そうに見つめる私と、目が合う。

 すると、彼は、玲奈さんに向かって、静かに、でも、はっきりと告げた。
「……悪い。写真の気分じゃないんだ」
 きっぱりとした、拒絶の言葉。
 そして、彼は玲奈さんに背を向けると、まっすぐに、私の元へと歩いてきたのだ。

「……ここ、うるさい。少し、外の空気、吸いに行かないか?」
 それは、クラス中の注目を振り切って、彼が、私だけを選んでくれた、紛れもない証だった。

 私たちは、パーティーの喧騒を抜け出し、少しだけひんやりとした夜の廊下に出た。
「大丈夫? ああいうの、苦手でしょ」
 私がそう尋ねると、彼は、少しだけ驚いたように私を見た。
「……なんで、わかるんだ」
「それは、私が、怜くんの専属記者だから、かな」
 私が悪戯っぽく笑うと、彼は、ふっと、息を漏らすように笑った。

 そして、彼は、私の魔女の仮装を、まじまじと見つめた。
「……その帽子。似合ってるな。……なんていうか、その……可愛い」

 可愛い。
 彼が、私のことを、初めて、そう言ってくれた。

 私の顔に、一気に熱が集まる。何も言えなくなってしまった私を見て、彼も、自分が言った言葉の重大さに気づいたのだろう。みるみるうちに、顔を真っ赤に染め上げて、慌てて、ぷいっと顔を背けてしまった。

 静かな廊下に、二人分の、ドキドキと高鳴る心臓の音だけが、響いていた。
 私の、秘密の観察から始まった物語は、今、確かに、二人で紡ぐ、恋の物語へと、その姿を変えようとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

清楚な執事長、常駐位置が“お嬢様の隣”に確定しました

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話・後日談12話⭐︎ 清楚で完璧、屋敷の秩序そのもの——そんな執事長ユリウスの“常駐位置”が、なぜか私の隣に確定しました。 膝掛けは標準装備、角砂糖は二つ、そして「隣にいます」が口癖に。 さらに恐ろしいことに、私が小声で“要求”すると、清楚な笑顔で「承知しました」と甘く返事をしてくるのです。 社交は上品に、恋心は必死に隠したい。 なのに執事長は、恋を“業務改善”みたいに制度化して逃がしてくれない——! むっつり令嬢の乙女心臓が限界を迎える、甘々コメディ恋愛譚。 清楚な顔の執事長が、あなたの心臓まで囲い込みにきます。

《完結》追放令嬢は氷の将軍に嫁ぐ ―25年の呪いを掘り当てた私―

月輝晃
恋愛
25年前、王国の空を覆った“黒い光”。 その日を境に、豊かな鉱脈は枯れ、 人々は「25年ごとに国が凍る」という不吉な伝承を語り継ぐようになった。 そして、今――再びその年が巡ってきた。 王太子の陰謀により、「呪われた鉱石を研究した罪」で断罪された公爵令嬢リゼル。 彼女は追放され、氷原にある北の砦へと送られる。 そこで出会ったのは、感情を失った“氷の将軍”セドリック。 無愛想な将軍、凍てつく土地、崩れゆく国。 けれど、リゼルの手で再び輝きを取り戻した一つの鉱石が、 25年続いた絶望の輪を、少しずつ断ち切っていく。 それは――愛と希望をも掘り当てる、運命の物語。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや

静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。 朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。 「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。 この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか? 甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!

密会~合コン相手はドS社長~

日下奈緒
恋愛
デザイナーとして働く冬佳は、社長である綾斗にこっぴどくしばかれる毎日。そんな中、合コンに行った冬佳の前の席に座ったのは、誰でもない綾斗。誰かどうにかして。

私が素直になったとき……君の甘過ぎる溺愛が止まらない

朝陽七彩
恋愛
十五年ぶりに君に再開して。 止まっていた時が。 再び、動き出す―――。 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦* 衣川遥稀(いがわ はるき) 好きな人に素直になることができない 松尾聖志(まつお さとし) イケメンで人気者 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*

私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)

星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。 団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。 副団長「彼女のご飯は軍事物資です」 私「えっ重い」 胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!? ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。 (月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

処理中です...