氷の王子と秘密の観察日記

藤森瑠璃香

文字の大きさ
18 / 41

第18話:私たちの、はじまりの日

しおりを挟む
「――好きだ」

 屋上で交わした、あの告白と、涙の後の笑顔。
 昨日の出来事が、まるで夢のワンシーンのように、何度も何度も頭の中で再生される。
 翌朝、目を覚ました私の枕元で、スマホが小さく震えた。画面に表示されていたのは、たった一言。

『おはよう』

 怜くんからの、初めてのメッセージだった。その、あまりにも不器用で、素っ気ない挨拶が、今の私には、どんな甘い言葉よりも、心を揺さぶった。

 学校の昇降口で、彼とばったり顔を合わせる。
「お、おはよう、怜くん」
「……ああ。おはよう、陽菜」
 お互いに、どういう顔をして、どういう距離感で歩けばいいのか分からない。昨日までとは、何もかもが違って見える。その甘くて、むず痒い空気が、なんだか可笑しくて、私は俯きながら、一人で笑ってしまった。

 教室に入ると、私たちのそのぎこちない雰囲気を、親友たちは見逃してくれなかった。
「ひな! あんた、昨日、あの後、何かあったでしょ! 顔、真っ赤だよ!」
 美咲が、私の耳元で楽しそうに囁く。
「よぉ、怜。お前、なんか今日、ガチガチじゃねーか。らしくないぞ」
 悠斗が、怜くんの背中をバンバンと叩いている。
 私と怜くんは、顔を見合わせ、そして、同時に、ぷいっと顔を背けてしまった。そのシンクロした動きに、美咲と悠斗が、ニヤリと笑う気配がした。

 授業中も、私は、彼のことが気になって、仕方がなかった。
 ノートを取る、彼の長い指。教科書を読む、真剣な横顔。その全てが、昨日までよりも、ずっとずっと、キラキラして見える。
 休み時間に、私がうっかりペンを床に落としてしまう。私が屈んで拾おうとすると、すぐ隣から、彼の手がすっと伸びてきて、先にそれを拾い上げてくれた。
「……ほら」
「あ、ありがとう……」
 手渡されたペンを受け取る時、ほんの一瞬だけ、彼の指先が、私の指に触れた。
 びりり、と、微かな電気が走る。二人して、慌てて手を引っ込めた。

 昼休み、私たちは、約束したわけでもないのに、自然と、あの屋上へと向かっていた。
 告白の場所。そして、今日からは、私たちだけの、特別な場所。

 お弁当を広げても、しばらくは、どちらも何も話せなかった。昨日までの、賑やかなおしゃべりが嘘みたいだ。
 沈黙に耐えかねて、私が口を開いた。
「そ、それで……。私たちって、その……付き合ってる、ってことで、いいんだよね?」
「……当たり前だろ」
 怜くんは、少し呆れたように、でも、どこか嬉しそうに、そう言った。

 その言葉に、私は、心の底から安堵する。
「そっか。……じゃあ、私の『観察日記』は、今日で終わり、かな?」
 私が、いたずらっぽくそう尋ねると、彼は、初めて、心からの優しい笑顔を見せた。
 そして、おずおずと、私の髪に、そっと触れた。

「もう、『観察』なんてしなくていい」
 彼の、真剣な、低い声。
「ただ、……俺の隣に、いてほしい」

 それは、彼の、新しいお願いだった。
 秘密の協定は、もう終わり。これからは、対等な、恋人として。

 私は、涙が出そうになるのを必死で堪え、満面の笑みで頷いた。
「うん……!」

 彼は、少しだけ満足そうに頷くと、また、視線を逸らして、自分のサンドイッチを一口かじった。
 そして、ぽつりと、呟く。
「……手、繋いでも、いいか?」

 その、あまりにも可愛すぎるお伺いに、私は、思わず噴き出してしまった。
「ふふっ、もちろん!」
 私がそう言って、そっと手を差し出すと、彼は、少しだけ躊躇った後、その大きな手で、私の手を、優しく、でも、力強く握ってくれた。

 屋上の、澄み切った秋空の下。
 私たちは、初めて、恋人として、手を繋いだ。
 私の、秘密の観察から始まった物語は、こうして、本当に甘くて、温かい、恋の物語の、最初の1ページを、ようやく、めくったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

清楚な執事長、常駐位置が“お嬢様の隣”に確定しました

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話・後日談12話⭐︎ 清楚で完璧、屋敷の秩序そのもの——そんな執事長ユリウスの“常駐位置”が、なぜか私の隣に確定しました。 膝掛けは標準装備、角砂糖は二つ、そして「隣にいます」が口癖に。 さらに恐ろしいことに、私が小声で“要求”すると、清楚な笑顔で「承知しました」と甘く返事をしてくるのです。 社交は上品に、恋心は必死に隠したい。 なのに執事長は、恋を“業務改善”みたいに制度化して逃がしてくれない——! むっつり令嬢の乙女心臓が限界を迎える、甘々コメディ恋愛譚。 清楚な顔の執事長が、あなたの心臓まで囲い込みにきます。

《完結》追放令嬢は氷の将軍に嫁ぐ ―25年の呪いを掘り当てた私―

月輝晃
恋愛
25年前、王国の空を覆った“黒い光”。 その日を境に、豊かな鉱脈は枯れ、 人々は「25年ごとに国が凍る」という不吉な伝承を語り継ぐようになった。 そして、今――再びその年が巡ってきた。 王太子の陰謀により、「呪われた鉱石を研究した罪」で断罪された公爵令嬢リゼル。 彼女は追放され、氷原にある北の砦へと送られる。 そこで出会ったのは、感情を失った“氷の将軍”セドリック。 無愛想な将軍、凍てつく土地、崩れゆく国。 けれど、リゼルの手で再び輝きを取り戻した一つの鉱石が、 25年続いた絶望の輪を、少しずつ断ち切っていく。 それは――愛と希望をも掘り当てる、運命の物語。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや

静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。 朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。 「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。 この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか? 甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!

密会~合コン相手はドS社長~

日下奈緒
恋愛
デザイナーとして働く冬佳は、社長である綾斗にこっぴどくしばかれる毎日。そんな中、合コンに行った冬佳の前の席に座ったのは、誰でもない綾斗。誰かどうにかして。

私が素直になったとき……君の甘過ぎる溺愛が止まらない

朝陽七彩
恋愛
十五年ぶりに君に再開して。 止まっていた時が。 再び、動き出す―――。 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦* 衣川遥稀(いがわ はるき) 好きな人に素直になることができない 松尾聖志(まつお さとし) イケメンで人気者 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*

私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)

星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。 団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。 副団長「彼女のご飯は軍事物資です」 私「えっ重い」 胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!? ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。 (月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

処理中です...