19 / 41
第19話:元ライバルの、最後の言葉
しおりを挟む
怜くんと恋人になってから、数日が過ぎた。
世界は、まるで薄いピンク色のフィルターがかかったみたいに、キラキラと輝いて見える。
休み時間に、怜くんが何も言わずに、私の好きなミルクティーをそっと机に置いてくれたり。授業中に、教科書を忘れた私に、黙って机をくっつけて見せてくれたり。
そのたびに、私の心臓は、嬉しさと、愛おしさで、いっぱいになった。
「陽菜、あんた、最近ずっと顔がにやけてるよ」
「そうそう。怜のやつも、陽菜のことばっかり見てるしな」
美咲と悠斗にからかわれるのも、もはや日常の挨拶のようなものだ。
そんな、幸せな時間がずっと続くのだと、私は、疑いようもなく信じていた。
その日の放課後、彼女に呼び止められるまでは。
「――佐伯さん、少し、いいかしら」
新聞部室に向かう廊下で、私を呼び止めたのは、西川玲奈さんだった。
私は、思わず身構える。告白の日以来、彼女とはまともに話していなかった。どんな嫌味を言われるのだろうか。
でも、私の前に立つ彼女の表情には、以前のような、棘のあるプライドは見えなかった。ただ、少しだけ疲れたような、凪いだ瞳で、私を見ている。
「おめでとう、なんて、言ってあげないわよ」
「……うん」
「でも……」
彼女は、一度、言葉を切ると、悔しそうに、でも、どこか諦めたように、息を吐いた。
「最近の霧島くん、見てると……本当に、楽しそうだから。私が、一度も見たことなかった顔で、笑うから」
それは、彼女の、完全な敗北宣言だった。
彼女は、怜くんの心を、手に入れられなかった。でも、彼の本当の笑顔を引き出したのが、他の誰でもない、私だということを、認めざるを得なかったのだ。
「……だから、忠告しておいてあげる」
彼女の瞳に、鋭い光が戻る。
「調子に乗らない方がいいわよ。あんたの知らないところで、新しい火種は、もうとっくに燻ってるんだから」
「火種……?」
「バスケ部の、新しいマネージャーよ。松本彩花とか言ったかしら」
玲奈さんは、心底、軽蔑したように、鼻を鳴らした。
「あの子は、私とは違う。私が欲しかったのは、霧島くんの心。でも、あの子が欲しいのは、『氷の王子様を自分のものにした』っていう、トロフィーだけ。手に入れるためなら、誰かを傷つけることなんて、何とも思わないタイプよ。……気をつけなさい」
予想もしていなかった、元ライバルからの、警告。
私は、驚いて、何も言えなかった。
「なんで、そんなことを、私に……?」
「……ムカつくけど、今の彼をあんなふうに笑わせられるのは、あんただけだからよ。くだらない女に、それを壊されたら、後味が悪いじゃない」
彼女は、最後に、ほんの少しだけ寂しそうに微笑むと、「じゃあね」と、私に背を向けて歩き去っていった。
一人、廊下に取り残された私は、玲奈さんの最後の言葉を、何度も反芻していた。
新しいマネージャー、松本彩花。
胸の中に、小さな、でも、無視できない不安の種が、ぽとりと落とされたような気がした。
私は、確かめるように、バスケ部の練習が行われている体育館へと、足を向けた。
ドアの隙間から中を覗くと、コートの中では、怜くんが、相変わらず、汗を輝かせながらボールを追っていた。
そして、コートの脇で、甲高い声を上げて彼に声援を送る、一人の派手な女の子。長いウェーブ髪に、キラキラしたアクセサリー。玲奈さんの言っていた、松本さんに違いなかった。
練習が終わり、怜くんがベンチに戻る。すると、彼女は、待ってましたとばかりに、タオルとドリンクを持って、彼の元へと駆け寄った。
その、あまりにも馴れ馴れしい距離感。
私の胸が、ちりちりと、小さく、痛んだ。
幸せな恋の物語の、新しいページ。
そこに、ほんの少しだけ、不穏な影が差し始めていることを、私は、まだ、気づかないふりをしていた。
世界は、まるで薄いピンク色のフィルターがかかったみたいに、キラキラと輝いて見える。
休み時間に、怜くんが何も言わずに、私の好きなミルクティーをそっと机に置いてくれたり。授業中に、教科書を忘れた私に、黙って机をくっつけて見せてくれたり。
そのたびに、私の心臓は、嬉しさと、愛おしさで、いっぱいになった。
「陽菜、あんた、最近ずっと顔がにやけてるよ」
「そうそう。怜のやつも、陽菜のことばっかり見てるしな」
美咲と悠斗にからかわれるのも、もはや日常の挨拶のようなものだ。
そんな、幸せな時間がずっと続くのだと、私は、疑いようもなく信じていた。
その日の放課後、彼女に呼び止められるまでは。
「――佐伯さん、少し、いいかしら」
新聞部室に向かう廊下で、私を呼び止めたのは、西川玲奈さんだった。
私は、思わず身構える。告白の日以来、彼女とはまともに話していなかった。どんな嫌味を言われるのだろうか。
でも、私の前に立つ彼女の表情には、以前のような、棘のあるプライドは見えなかった。ただ、少しだけ疲れたような、凪いだ瞳で、私を見ている。
「おめでとう、なんて、言ってあげないわよ」
「……うん」
「でも……」
彼女は、一度、言葉を切ると、悔しそうに、でも、どこか諦めたように、息を吐いた。
「最近の霧島くん、見てると……本当に、楽しそうだから。私が、一度も見たことなかった顔で、笑うから」
それは、彼女の、完全な敗北宣言だった。
彼女は、怜くんの心を、手に入れられなかった。でも、彼の本当の笑顔を引き出したのが、他の誰でもない、私だということを、認めざるを得なかったのだ。
「……だから、忠告しておいてあげる」
彼女の瞳に、鋭い光が戻る。
「調子に乗らない方がいいわよ。あんたの知らないところで、新しい火種は、もうとっくに燻ってるんだから」
「火種……?」
「バスケ部の、新しいマネージャーよ。松本彩花とか言ったかしら」
玲奈さんは、心底、軽蔑したように、鼻を鳴らした。
「あの子は、私とは違う。私が欲しかったのは、霧島くんの心。でも、あの子が欲しいのは、『氷の王子様を自分のものにした』っていう、トロフィーだけ。手に入れるためなら、誰かを傷つけることなんて、何とも思わないタイプよ。……気をつけなさい」
予想もしていなかった、元ライバルからの、警告。
私は、驚いて、何も言えなかった。
「なんで、そんなことを、私に……?」
「……ムカつくけど、今の彼をあんなふうに笑わせられるのは、あんただけだからよ。くだらない女に、それを壊されたら、後味が悪いじゃない」
彼女は、最後に、ほんの少しだけ寂しそうに微笑むと、「じゃあね」と、私に背を向けて歩き去っていった。
一人、廊下に取り残された私は、玲奈さんの最後の言葉を、何度も反芻していた。
新しいマネージャー、松本彩花。
胸の中に、小さな、でも、無視できない不安の種が、ぽとりと落とされたような気がした。
私は、確かめるように、バスケ部の練習が行われている体育館へと、足を向けた。
ドアの隙間から中を覗くと、コートの中では、怜くんが、相変わらず、汗を輝かせながらボールを追っていた。
そして、コートの脇で、甲高い声を上げて彼に声援を送る、一人の派手な女の子。長いウェーブ髪に、キラキラしたアクセサリー。玲奈さんの言っていた、松本さんに違いなかった。
練習が終わり、怜くんがベンチに戻る。すると、彼女は、待ってましたとばかりに、タオルとドリンクを持って、彼の元へと駆け寄った。
その、あまりにも馴れ馴れしい距離感。
私の胸が、ちりちりと、小さく、痛んだ。
幸せな恋の物語の、新しいページ。
そこに、ほんの少しだけ、不穏な影が差し始めていることを、私は、まだ、気づかないふりをしていた。
10
あなたにおすすめの小説
清楚な執事長、常駐位置が“お嬢様の隣”に確定しました
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話・後日談12話⭐︎
清楚で完璧、屋敷の秩序そのもの——そんな執事長ユリウスの“常駐位置”が、なぜか私の隣に確定しました。
膝掛けは標準装備、角砂糖は二つ、そして「隣にいます」が口癖に。
さらに恐ろしいことに、私が小声で“要求”すると、清楚な笑顔で「承知しました」と甘く返事をしてくるのです。
社交は上品に、恋心は必死に隠したい。
なのに執事長は、恋を“業務改善”みたいに制度化して逃がしてくれない——!
むっつり令嬢の乙女心臓が限界を迎える、甘々コメディ恋愛譚。
清楚な顔の執事長が、あなたの心臓まで囲い込みにきます。
《完結》追放令嬢は氷の将軍に嫁ぐ ―25年の呪いを掘り当てた私―
月輝晃
恋愛
25年前、王国の空を覆った“黒い光”。
その日を境に、豊かな鉱脈は枯れ、
人々は「25年ごとに国が凍る」という不吉な伝承を語り継ぐようになった。
そして、今――再びその年が巡ってきた。
王太子の陰謀により、「呪われた鉱石を研究した罪」で断罪された公爵令嬢リゼル。
彼女は追放され、氷原にある北の砦へと送られる。
そこで出会ったのは、感情を失った“氷の将軍”セドリック。
無愛想な将軍、凍てつく土地、崩れゆく国。
けれど、リゼルの手で再び輝きを取り戻した一つの鉱石が、
25年続いた絶望の輪を、少しずつ断ち切っていく。
それは――愛と希望をも掘り当てる、運命の物語。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや
静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。
朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。
「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。
この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか?
甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!
密会~合コン相手はドS社長~
日下奈緒
恋愛
デザイナーとして働く冬佳は、社長である綾斗にこっぴどくしばかれる毎日。そんな中、合コンに行った冬佳の前の席に座ったのは、誰でもない綾斗。誰かどうにかして。
私が素直になったとき……君の甘過ぎる溺愛が止まらない
朝陽七彩
恋愛
十五年ぶりに君に再開して。
止まっていた時が。
再び、動き出す―――。
*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*
衣川遥稀(いがわ はるき)
好きな人に素直になることができない
松尾聖志(まつお さとし)
イケメンで人気者
*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*
私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)
星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。
団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。
副団長「彼女のご飯は軍事物資です」
私「えっ重い」
胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!?
ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。
(月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる