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第19話:元ライバルの、最後の言葉
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怜くんと恋人になってから、数日が過ぎた。
世界は、まるで薄いピンク色のフィルターがかかったみたいに、キラキラと輝いて見える。
休み時間に、怜くんが何も言わずに、私の好きなミルクティーをそっと机に置いてくれたり。授業中に、教科書を忘れた私に、黙って机をくっつけて見せてくれたり。
そのたびに、私の心臓は、嬉しさと、愛おしさで、いっぱいになった。
「陽菜、あんた、最近ずっと顔がにやけてるよ」
「そうそう。怜のやつも、陽菜のことばっかり見てるしな」
美咲と悠斗にからかわれるのも、もはや日常の挨拶のようなものだ。
そんな、幸せな時間がずっと続くのだと、私は、疑いようもなく信じていた。
その日の放課後、彼女に呼び止められるまでは。
「――佐伯さん、少し、いいかしら」
新聞部室に向かう廊下で、私を呼び止めたのは、西川玲奈さんだった。
私は、思わず身構える。告白の日以来、彼女とはまともに話していなかった。どんな嫌味を言われるのだろうか。
でも、私の前に立つ彼女の表情には、以前のような、棘のあるプライドは見えなかった。ただ、少しだけ疲れたような、凪いだ瞳で、私を見ている。
「おめでとう、なんて、言ってあげないわよ」
「……うん」
「でも……」
彼女は、一度、言葉を切ると、悔しそうに、でも、どこか諦めたように、息を吐いた。
「最近の霧島くん、見てると……本当に、楽しそうだから。私が、一度も見たことなかった顔で、笑うから」
それは、彼女の、完全な敗北宣言だった。
彼女は、怜くんの心を、手に入れられなかった。でも、彼の本当の笑顔を引き出したのが、他の誰でもない、私だということを、認めざるを得なかったのだ。
「……だから、忠告しておいてあげる」
彼女の瞳に、鋭い光が戻る。
「調子に乗らない方がいいわよ。あんたの知らないところで、新しい火種は、もうとっくに燻ってるんだから」
「火種……?」
「バスケ部の、新しいマネージャーよ。松本彩花とか言ったかしら」
玲奈さんは、心底、軽蔑したように、鼻を鳴らした。
「あの子は、私とは違う。私が欲しかったのは、霧島くんの心。でも、あの子が欲しいのは、『氷の王子様を自分のものにした』っていう、トロフィーだけ。手に入れるためなら、誰かを傷つけることなんて、何とも思わないタイプよ。……気をつけなさい」
予想もしていなかった、元ライバルからの、警告。
私は、驚いて、何も言えなかった。
「なんで、そんなことを、私に……?」
「……ムカつくけど、今の彼をあんなふうに笑わせられるのは、あんただけだからよ。くだらない女に、それを壊されたら、後味が悪いじゃない」
彼女は、最後に、ほんの少しだけ寂しそうに微笑むと、「じゃあね」と、私に背を向けて歩き去っていった。
一人、廊下に取り残された私は、玲奈さんの最後の言葉を、何度も反芻していた。
新しいマネージャー、松本彩花。
胸の中に、小さな、でも、無視できない不安の種が、ぽとりと落とされたような気がした。
私は、確かめるように、バスケ部の練習が行われている体育館へと、足を向けた。
ドアの隙間から中を覗くと、コートの中では、怜くんが、相変わらず、汗を輝かせながらボールを追っていた。
そして、コートの脇で、甲高い声を上げて彼に声援を送る、一人の派手な女の子。長いウェーブ髪に、キラキラしたアクセサリー。玲奈さんの言っていた、松本さんに違いなかった。
練習が終わり、怜くんがベンチに戻る。すると、彼女は、待ってましたとばかりに、タオルとドリンクを持って、彼の元へと駆け寄った。
その、あまりにも馴れ馴れしい距離感。
私の胸が、ちりちりと、小さく、痛んだ。
幸せな恋の物語の、新しいページ。
そこに、ほんの少しだけ、不穏な影が差し始めていることを、私は、まだ、気づかないふりをしていた。
世界は、まるで薄いピンク色のフィルターがかかったみたいに、キラキラと輝いて見える。
休み時間に、怜くんが何も言わずに、私の好きなミルクティーをそっと机に置いてくれたり。授業中に、教科書を忘れた私に、黙って机をくっつけて見せてくれたり。
そのたびに、私の心臓は、嬉しさと、愛おしさで、いっぱいになった。
「陽菜、あんた、最近ずっと顔がにやけてるよ」
「そうそう。怜のやつも、陽菜のことばっかり見てるしな」
美咲と悠斗にからかわれるのも、もはや日常の挨拶のようなものだ。
そんな、幸せな時間がずっと続くのだと、私は、疑いようもなく信じていた。
その日の放課後、彼女に呼び止められるまでは。
「――佐伯さん、少し、いいかしら」
新聞部室に向かう廊下で、私を呼び止めたのは、西川玲奈さんだった。
私は、思わず身構える。告白の日以来、彼女とはまともに話していなかった。どんな嫌味を言われるのだろうか。
でも、私の前に立つ彼女の表情には、以前のような、棘のあるプライドは見えなかった。ただ、少しだけ疲れたような、凪いだ瞳で、私を見ている。
「おめでとう、なんて、言ってあげないわよ」
「……うん」
「でも……」
彼女は、一度、言葉を切ると、悔しそうに、でも、どこか諦めたように、息を吐いた。
「最近の霧島くん、見てると……本当に、楽しそうだから。私が、一度も見たことなかった顔で、笑うから」
それは、彼女の、完全な敗北宣言だった。
彼女は、怜くんの心を、手に入れられなかった。でも、彼の本当の笑顔を引き出したのが、他の誰でもない、私だということを、認めざるを得なかったのだ。
「……だから、忠告しておいてあげる」
彼女の瞳に、鋭い光が戻る。
「調子に乗らない方がいいわよ。あんたの知らないところで、新しい火種は、もうとっくに燻ってるんだから」
「火種……?」
「バスケ部の、新しいマネージャーよ。松本彩花とか言ったかしら」
玲奈さんは、心底、軽蔑したように、鼻を鳴らした。
「あの子は、私とは違う。私が欲しかったのは、霧島くんの心。でも、あの子が欲しいのは、『氷の王子様を自分のものにした』っていう、トロフィーだけ。手に入れるためなら、誰かを傷つけることなんて、何とも思わないタイプよ。……気をつけなさい」
予想もしていなかった、元ライバルからの、警告。
私は、驚いて、何も言えなかった。
「なんで、そんなことを、私に……?」
「……ムカつくけど、今の彼をあんなふうに笑わせられるのは、あんただけだからよ。くだらない女に、それを壊されたら、後味が悪いじゃない」
彼女は、最後に、ほんの少しだけ寂しそうに微笑むと、「じゃあね」と、私に背を向けて歩き去っていった。
一人、廊下に取り残された私は、玲奈さんの最後の言葉を、何度も反芻していた。
新しいマネージャー、松本彩花。
胸の中に、小さな、でも、無視できない不安の種が、ぽとりと落とされたような気がした。
私は、確かめるように、バスケ部の練習が行われている体育館へと、足を向けた。
ドアの隙間から中を覗くと、コートの中では、怜くんが、相変わらず、汗を輝かせながらボールを追っていた。
そして、コートの脇で、甲高い声を上げて彼に声援を送る、一人の派手な女の子。長いウェーブ髪に、キラキラしたアクセサリー。玲奈さんの言っていた、松本さんに違いなかった。
練習が終わり、怜くんがベンチに戻る。すると、彼女は、待ってましたとばかりに、タオルとドリンクを持って、彼の元へと駆け寄った。
その、あまりにも馴れ馴れしい距離感。
私の胸が、ちりちりと、小さく、痛んだ。
幸せな恋の物語の、新しいページ。
そこに、ほんの少しだけ、不穏な影が差し始めていることを、私は、まだ、気づかないふりをしていた。
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