氷の王子と秘密の観察日記

藤森瑠璃香

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第20話:忍び寄る、甘い時間の影

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 恋人、という新しい関係。
 その響きに、私は、まだ慣れないでいた。
 でも、放課後、当たり前のように一緒に帰る道すがら、彼が不器用に、でも、しっかりと私の手を握ってくれるたび、夢じゃないんだ、と実感する。

「陽菜」
「ん?」
「……今日の小テスト、数学、ちゃんと解けたか?」
「うん! 怜くんが教えてくれたところ、全部出たよ!」
「……そうか。なら、よかった」

 そんな、何気ない会話の一つ一つが、宝物みたいにキラキラと輝いて見える。
 彼の氷の仮面は、私の前では、もうすっかり溶けてしまっていた。

 その日も、私たちは、いつものように並んで、夕日に染まる道を歩いていた。
「――あ、怜せんぱーい!」
 背後から、猫なで声のような、甲高い声が聞こえた。
 振り返ると、そこに、バスケ部の新マネージャー、松本彩花さんが立っていた。長いウェーブ髪を揺らし、大きな瞳で、彼女は怜くんのことだけを見つめている。

「それに、陽菜せんぱいも! お二人って、いつも一緒ですねー。まるで、本当のカップルみたい!」
 その言葉は、一見すると無邪気なものに聞こえる。でも、その裏には、私たちの関係を探るような、鋭い棘が隠されているのを、私は感じ取った。

「……松本。何か用か」
 怜くんは、いつも通り、ぶっきらぼうに返す。
「はい! マネージャーのお仕事のことで、相談したいことがあって! もしよかったら、今度の週末あたり、二人でゆっくり……」
「断る」
 怜くんは、彼女の言葉を、一刀両断に切り捨てた。
「仕事のことは、悠斗か他の先輩に聞け。俺は、週末、忙しい」

 その、あまりにもきっぱりとした拒絶。私の心に、安堵と、少しの優越感が広がる。
 でも、彩花さんは、少しも堪えた様子を見せなかった。
「そっかー、残念! 先輩、冷たいところも、すっごくクールで素敵です!」
 彼女は、きゃはは、と明るく笑うと、その視線を、私の方へと向けた。
 その笑顔は、なぜか、少しも笑っているようには見えなかった。

「陽菜せんぱいって、幸せ者ですね。でも、ちゃんと、捕まえておかないと、ダメですよ?」
 それは、忠告のふりをした、明確な、挑戦状だった。
 玲奈さんが言っていた言葉が、私の頭の中で蘇る。――『あの子が欲しいのは、トロフィーだけ』。

 彩花さんが嵐のように去った後、怜くんが、私の顔を覗き込んだ。
「……どうした? 浮かない顔して」
「う、ううん! なんでもない! ただ、あの子、すごいエネルギーだなって!」
 私が無理に明るくそう言うと、彼は、心底面倒くさそうに、ため息をついた。
「鬱陶しいだけだ。気にするな」
 そう言って、彼は、私の手を、さっきよりも少しだけ、強く握り直してくれた。

 彼の優しさが、温かさが、私の不安を溶かしてくれる。
 でも、心のどこかに、小さな影が落ちたのは、事実だった。
 恋人になれたからといって、物語がハッピーエンドで終わるわけじゃない。むしろ、ここからが、本当のスタートなのだ。
 氷の王子様の「彼女」でいるということは、こういう、見えない棘と、戦い続けることなのかもしれない。

 その夜、私は、久しぶりに「観察日記」を開いた。
 もう、彼の秘密を書き留める必要はない。でも、代わりに、私は、新しいページに、今日の出来事と、自分の不安な気持ちを、正直に書き記した。

 これはもう、彼の観察日記じゃない。
 氷の王子様を好きになってしまった、私の、恋の戦いの記録だ。
 負けない。絶対に。
 私は、ペンをぎゅっと握りしめ、そう、強く、心に誓った。
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